novel.8 連絡先を渡される状況

「だから私は貴方に声をかけてみたくなったのだ。尋ねてみたかった、貴方から見た百合ラノベの世界はどんなものなのかを」


 と、天沢さんはとても大げさに百合ラノベの世界について語り始めてしまい、私は目を丸くするしかなかった。その、つまりは、真面目だと思っていた私が百合ラノベを借りているところを見て、俄然天沢さんの中で興味が湧いて、今日声をかけてくれた、ということなのだろうか。そう言ってもらえるとなんだか嬉しい気持ちもあるが、でも、正直それでも不思議なところがある。だって天沢さんは誰もが目を惹く学園の王子様で、私はただの生徒会でちょっと頑張っている先輩。何の共通点もないし、天沢さんの興味を引くようなことは何もないはずなのに。


「そんな、大げさだよ。もしかしたら天沢さんが聞いたら残念に思うかもしれないけれど、私にとって百合ラノベは私の小さな視野を広げてくれた本の世界の光、ってぐらいで、天沢さんが面白いと思うようなことは何も……」


「それがもうすでに面白いじゃないか」


「……え?」


「私にとって百合ラノベは面白いただのジャンルだ。語れば長くなるが、でもただの私の好きなジャンルでしかないのだ。でも汐宮先輩には視野を広げてくれた大きなものなんだろう?百合ラノベにそこまでの思いを抱く人はそういないよ」


 その言葉に私は拍子抜けしてしまった。だけれども天沢さんは何気ないように言葉を続ける。


「やはり汐宮先輩は私が見込んだ通りの方だ。私が思った通りの素敵なお方だ。今日会えたことで尚更確信したよ」


 そう言って天沢さんは状況がまだ掴めていない私に、スマホを差し出した。


「ス、スマホが、どうかしたの……?」


「汐宮先輩、良かったら連絡先を交換してくれないか?」


「……誰と天沢さんが?」


「ここには汐宮先輩と私しかいないが?」


 私は数秒考えた。もしかして連絡先交換しようって、


「……え、あ、私に言ってるの!?」


「さっきからそうだと言っているじゃないか」


 な、なんで、なんで私と天沢さんが連絡先を交換するような流れになったんだ!?私、天沢さんに何かしたっけ?何か好かれるようなことなんて、連絡先交換するようなこと何も私……。と、私が頭をぐるぐる悩ませていた時、天沢さんは私の反応を見てかはっとして、スマホを机に置いた。ああ、なんだ、もしかして勘違いだったのかも、と私が胸を撫でおろしていると、天沢さんはテーブルに置かれていたナプキンとアンケート用のボールペンを取り出して、何かを書き始めた。


「あ、あの、天沢さん……?」


「確かに、まだ親しくもない先輩にいきなり連絡先を聞くのは無粋だった、失敬。そこにあったもので申し訳ないが連絡先を渡しておくので、好きな時に連絡してくれ。基本、電話には出る」


 そう言って天沢さんはナプキンに連絡先を書き終えると、私に手渡した。


「あと、勘違いしないでほしいから言っておくが、私は誰にでもこういうことをしているわけではない。貴方だからしているのだ、汐宮先輩」


 その言葉に、私は何も返せなかった。だってあまりにも天沢さんが真面目にそう言うから。

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