第五章 時計塔の奸

不満が募る。

なぜ私ばかり。


くだらぬ雑務から、下民の後始末まで。

他の者でもいいだろう。

役立たずの同僚はわんさかいる筈だ。



奸は高級ワインを呷ると無骨な杯をテーブルに叩きつけた。

腹立たしい。このワインも最高級品ではない。

一番高い等級の品は、塔の最上階にある部屋。仕切りの向こうのシルエットに献上される。

周囲からはマキナ様と呼ばれ崇められている。


奴は全く動こうとしない。

報告がある場合のみ謁見が許される。

その指示はかなり的確で、かつ残忍なことが多い。

無機質でどこか楽しげに聞こえるその声は、背筋を凍らせる迫力がある。


そして命令に逆らう者には容赦がない。

存在ごと抹消されることは、時計塔において日常茶飯事だ。

消えた人員は周囲の住人を掻っ攫って、中身を弄くり倒して補充する。

永久機関。

正に鬼畜の所業。


そのくせオッドアイの猫を飼っていたりする。

しかも仕切りをくぐる許可もある。

我々は猫以下の扱いというわけだ。



皆不服ではないのか。

私は……。


その時、私室をノックする音が聞こえた。

「失礼します」


「……入れ」


入ってきた青年は私の直属の部下。

ずっとそうだ。

生を受けたその瞬間から、こいつは部下であろうとし、私は上司であろうとした。

在ろうとし続ければ、いずれ中身も伴い始める。


「暴徒鎮圧の件で……」


「またか……!」

奸は報告を聞くやいなや、苦虫を噛み潰したような顔になった。

もう飽き飽きだ。

数十にも登る暴徒の対応に追われ、心休まる暇もない。

次から次へと。


最初の方こそ下民共の泣き叫ぶショーは笑えた。

だが何度も繰り返すと流石に飽きが来る。

赤髪の女の最期などは哀れに思えたがな。



「申し訳ありません」


実に申し訳無さそうに謝っているコイツも『機械人間』だ。

それも私と同じ特別製。知恵も、知識もある。

巷では『冷血』と呼ばれている連中より上位の存在。



「しかし、マキナ様からのご指名ですので」


「わかっている」


誰もマキナには逆らえない。

塔に住む者なら誰でも知っている。

いや、理解させられる。



「それで? 今度はどこだ?」

ふんぞり返りながら、足を乱暴にテーブルにのせた。


「東地区の外郭付近です」


「東地区の外れ? 赤髪の女のアジトがあった所だろう。お仲間は本人が根こそぎ掃除したんじゃなかったか? ハハハ!」

奸はワインを更に注ぎ、太った腹を大きく震わせる。


「いえ、現在はもう外れではありません」


「は? 私は検分に付き合わされて現場まで行ったんだぞ」


「しかし、現在はもう外れではありません」


「もういい。報告書を置いて下がれ」


「かしこまりました。失礼します」


ロクに働きもせず仕事を押し付ける同僚。

中途半端な等級の酒や品々。

記憶もまともに出来ないポンコツな部下。


やってられるか。



奸は自分が頂点に立つ計画を立て始めた。





――――――――





私は『小太りの中年貴族』として改造された。

あまりにも元の自分と掛け離れすぎていた為、戸惑うことは多かった。

いくらの食事をせずとも痩せず、飲み食いしようとも太ることはなかった。

若返ることはもちろん、老いることもない。


そんな私に命じられたことは機械人間達を指揮すること。

奴らの上に立ちコントロールすることが役目だった。

なぜ?と口にする寸前、隣に立っていた同じ境遇の男がその疑問を声に出した。


首が飛び、離れた首と胴はどこかへ持ち去られた。


瞬間、理解した。

疑問を口にすることすら許されない、自分たちは傀儡なのだと。



最初は恐怖で演じていた『小太りの中年貴族』も、時間の経過で脳に馴染み、いつしか本当の自分を忘れた。

鏡を見れば明らかにソレらしいし、口調も周囲の反応も私の中身の変化を促した。





――――――――





ある少年にその猫は撫でられていた。

特段リラックスしている、ということはなさそうだ。

もぞもぞと目深に被られた帽子の仲間で潜り込むと、小さな声で啼いた。



「私達がこの街を開放するのだ!」



勇ましい女の叫び声が響く。

どうやらなにか決意がされたらしい。

活気に溢れている。



少年は腰を上げ、会議に混ざるやいなや、


「ならとっておきの情報がある」


と嬉しそうに語った。



その様子を見届けた猫は、地下から地上へ出た。

ついに、と言わんばかりの笑みを浮かべて。


その猫のために作られた、人工で天然の街のキャットウォークを歩く。

左右比の完全なる均等。唯一異なるはその瞳。


また1つ、成長の糧となる出来事に胸が踊る。



猫が時計塔に帰る頃には、既に客人を迎え入れる準備が中年貴族によってなされていた。



革命軍と『冷血』による一連の戯れを観覧した猫は、次なる食べ頃を探した。

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