第四章 革命軍の女の末路
準備は日が昇ってから行われた。
作戦は日が沈んでから行われた。
筋からの情報によれば、今夜は時計塔周りの警備が普段よりも薄いらしい。
西側にある貧民地区の暴動を未然に防ぐための巡回がなされる。
どうやら飛行船発着場周辺で一悶着あったようだ。
蒸気機関街各地で不満が噴出している証拠だろう。
出来ることなら西地区とも連携したかったものだが……。
我らが拠点にしているのは東地区。
徒に地区を行き来すれば必ず奴らの目につく。
未然に露見するわけにはいかなかった。
作戦は順調に進んでいた。
『情報通』の得た情報通り、平時より東地区における『冷血』の数は少なく、我々の戦力を持って降せていた。
中でも、私や大男の持つ戦鎚は猛威を振るった。これが我らの秘密兵器だと言わんばかりの活躍。
蒸気機関を逆噴射させ推進力を増すことで、『冷血』の金属の骨組みを破壊するに至る。
大男も複数の敵を相手取り、圧倒している。
怪力を持たぬ者は、高温に熱した剣を突きつけ溶かす算段だ。
これでも十分機能を停止させることが出来る。
幾度か群れていた奴らを破った。
小競り合いを制すこと数度、ついに時計塔の扉前の警備隊と衝突した。
士気が高く、戦闘に慣れつつある我々があっという間に優勢の形を取る。
私は常に先陣に立っていた。
蒸気機関式戦鎚で『冷血』を粉砕する。
機械を破壊しているだけではない、ナマモノを殴りつける感触が時折手に伝う。
気持ちのいいものではなかったが、後には引けない。
『冷血』の正体が何であろうと最早関係ないのだ。
「突入だ! 親玉さえ倒せば我々の勝利だ!」
時計塔東側の大きな扉を戦鎚でこじ開けると、中へ急いだ。
外観から想像するよりも遥かに広く、そして小綺麗だった。
洋館を思わせる内装に澄んだ空気が満ちていた。
「なんだここは……まるで別世界だ……」
赤い絨毯だと?美術品だと?
煤や油で汚れながら、『冷血』に怯え、ガスマスク無しでは空気も吸えなかった。
そんな我々の暮らしとどこまでも対照的な様に、目の当たりにした革命軍たちには怒りが湧いていた。
「おやおや、扉まで壊して入って来るなど……よっぽどお急ぎのご要件ですかな?」
綺羅びやかな服装をした、小太りの中年が階段を降りてきた。
「それとも、薄汚れた奴隷たちは礼儀をしらないのか……。いずれにせよ汚染された空気が流れ込むのは非常に不愉快だ」
丁寧に手入れがなされたヒゲを触りながら顎で扉を指した。
何体かの『冷血』がどこからともなく現れ、扉の破損部分に積み上がった。
意味の分からない行動に、一行の注目が集まる。
突然動きを止めて大人しくなったかと思った次の瞬間。
……そのまま、奴らは扉の一部となった。
隊に動揺が走る。扉がまるで生き物のように『冷血』を吸収し、補修を終えた。
この世ならざる光景に、恐怖を感じてしまうのは致し方ないだろう。
継ぎ目なども見当たらず、先程まで『冷血』だったとは言伝には誰も信じない出来事だった。
「それと、ご苦労だったな。おかげで反乱分子をここまで誘導するのが楽だった」
隊から声を上げる者が一人。
「蒸気機関街に繁栄あれ」
それは帽子を目深に被った情報通だった。
「そんな……!どういうことだ!」
大男が叫ぶ。
「どうもこうも、そいつは最初からブリキだよ。ハハハ!」
手摺に寄り掛かりながら、下卑た高笑いを上げる。
「君たちからの信用を得るのは容易いことだっただろう。なにせほとんど正しい情報だっただろう?」
未だ状況が飲み込めずいる我々に、中年貴族は続ける。
「コツは嘘をほんの少しだけ混ぜることだ。丁度、君たち人間の中にブリキ野郎を混ぜるみたいにな」
「嘘……?」
今までの情報通の中に嘘は無かった。信用を得ていたのも当然だろう。
バディ制は機能していなかったのか……。
いや今は省みている場合ではない。切り替えろ。
偽情報というのは……つまり……。
「皆、撤退だ! どこでもいい、逃げてくれ! これは罠だ!」
私は咄嗟に振り返りながら叫んだ。
親玉のような奴が悠長に姿を現した時点で気付くべきだった。
情報通の唯一の偽情報は、この計画の要、時計塔が手薄であるという点で間違いない。
その時、『冷血』の金属片を持ち帰った『情報通』の口角が上がったことを思い出した。
あれは……あれは役に立てたから笑っていたのではない。
信用を得るのがあまりにも容易く、己の作戦が軌道に乗った喜びだったのだ。
扉の方へ振り返った我々と扉の間には夥しい数の『冷血』がすでに待機していた。
皆が一様に、絶望に染まるのを感じた。
抵抗できたのはごく僅かな時間のみだった。
奮戦虚しく、圧倒的な物量の前に跪いた。
一人、また一人と地に伏せる。
皆、散った。
最後に残った私の首に剣が突きつけられる。
「……早く私も殺せ」
「それは出来ないねぇ。首謀者にはもっと深い絶望を楽しんでもらわなくてはな。それにまだ仲間がいる筈だ。残りはどこだ?」
ニヤリと笑うと、髪を乱暴に掴んだ。
「喋るとでも?」
諦めたように髪を離すと、貴族はこう呟いた。
「まあ仕方あるまい。ネズミの巣穴はネズミに聞くのが早いだろう」
そして思い切り後頭部を殴りつけられると、私は意識を失った。
――――――――
中年貴族は常々この部屋が苦手だった。
時計塔の最上階で風通しはいいにも関わらず、サビのような鉄臭さが蔓延している。
「『私』の見聞きした情報と一致します。東地区の外れの地下ですね」
平坦な声色で告げられる。
跪く中年貴族は極度に緊張しているのか、体が震えている。
仕切りで完全に姿が目視できないにも関わらず、冷や汗は止まらない。
だが観察は忘れない。
「どうやらそのようです。では早速配下達をそこに差し向け……」
持ってもいない敬意を取り繕いつつ、持っている叛心をひた隠す。
強い者に謙り、弱い者には驕る。
中年貴族は己の求められた本分を理解して動いていた。
「いいえ待ってください、その方お一人で向かわせてはどうでしょうか。そのほうが面白いと思いませんか?」
一拍、部屋が静まり返る。
「か、かしこまりました」
あまりにも無慈悲な、提案に慄きつつなんとか返事を返した。
「一度目は客人、二度目は傀儡――」
――――――――
東地区。革命軍本部入口。見張小屋。
赤い髪。手には二本の蒸気機関式戦鎚。それぞれ引き摺っている。
俯くその顔に表情はない。
「リ、リーダー?! 帰還されたということは成功したんですかい? 俺、地下の皆に伝え」
突如アジトの見張りの顔面を蒸気機関式戦鎚で吹き飛ばした。
もう、肉の感触に微動だにもしない。
小屋が血で染まる。
そして、徐ろに地下へとつながる隠し階段をこじ開けた。
ポツリと呟いた。
「私が直接伝えましょう」
「失敗を」
涙はもう、出る筈も無かった。
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