第三章 革命軍の女

また一人、人間としては殺された、という報告が飛び込んできたのは革命軍内で細々と夕食を摂っている時だった。


薄暗いアジトに蝋燭の火が映える。

揺らめく光だけが忙しく動いているように感じた。

乾いたパンを掴む手が震える。

もうこれ以上は我慢できそうになかった。


「私はかねてよりの作戦を実行に移す。これ以上の犠牲を出す前にだ!」


椅子を倒しながら勢いよく立ち上がる。真っ赤な長い髪が大きく揺れる。

パンを握りしめたままテーブルを殴りつけた。


「状況は悪くなる一方だ…… 仲間は減り、敵は増える……」

同志たちは固唾を呑んで我らがリーダーの紡ぐ言葉を待っていた。


凛々しく辺りを見回すと、高らかにこう告げた。

「私達がこの街を開放するのだ!」


周囲の同志たちがそれに続く。

雄叫びを上げるもの、姉御と慕い称えるもの、ようやく戦えることを喜ぶもの。

「うおーっ!」

「姉御について行きますぜ!」

「腕が鳴る」


地下にある秘密の隠れ家は熱気に包まれた。

本格的な作戦会議が始まり、革命軍の人間たちは忙しく動き始めた。

慌ただしい空気を察知してか、猫は蝋燭の前を横切り、そしてどこかへ消えた。

光と影が人や猫に合わせて踊る。


女も、握りつぶしかけたパンを口に放おると会議に溶け込んだ。


目下の標的はあの『冷血』たちである。

今まで収集した情報を元に、巡回ルートや行動パターンの共有が迅速に行われた。

長きに渡る観察の結果、一つの結論を得ている。


――奴らは人ではない。

かつて人だったもの、だ。


分厚い防護服と黒いフードを目深に被っている。

その素顔を見たものはほとんどいない。

が、メンバーの中に目撃したものがいた。

曰く、顔はなく、骨組みのような骨格と歯車のようなものがフードの下に見えたという。


そして近づくとより鮮明に聞こえる「カチ、カチ、カチ、カチ」という音。

おそらく奴らは機械仕掛けの絡繰り人形のようなものだろう。


『冷血』という通り名。

誰が発案したのかもう知る由もないが、血の通っていない奴らには皮肉の籠もった呼称だ。

嘲笑の一つでも向けてやろう。



奴らには厄介な点がある。

それは我々の皮を被り人間に紛れることがある、と言うことだ。

いつの間にか本人と入れ替わっているという恐怖。それは想像を絶する負担を精神にきたす。


短気な人間が突然穏和になる。――性格の急変。

一人称の変更、口癖の急変、利き手が以前と違う。――話し方や仕草の不一致。

細かい事柄の積み重ねで発覚した。寒気がする。


成り代わった後は普通にそれらしい生活を卒なくこなすらしい。

定刻通りに決まった行動をするようだ。

白い格好のあからさまな『冷血』と、民衆といつの間にか中身が変わっているおそらく『冷血』。

これらの違いは未だ明確になっていない。



私達革命軍に潜伏していないとも限らないが……――

二人組みを組ませて互いに異常がないかの確認の徹底、『冷血』に革命軍本部であるこのアジトを襲われていない、この二点で現状は保証されているといえよう。

もし露見しているとしたら、数分も経たずに連行あるいは処刑がされていてもおかしくない。



対抗手段は用意してある。全てはこの日のためだ。

以前、時計塔の貴族と繋がりを持つという青年、通称『情報通』から『冷血』の投棄場所についての情報を得ていた。

人や闇に紛れるといったことが得意な彼に、破棄された『冷血』の部品を入手し持ち帰らせたのだ。

ほんの一欠片、破片程度しか集まらなかったが、十分な収穫だった。

久々の進捗に革命軍たちは色めき立ち、皆の反応をみた『情報通』も喜んでいた。

新入りながらも役に立てたことが嬉しかったのだろう。


肝心の金属片だが、おそらくこちらで用意できる武器と大差ない金属強度であるだろうことが解っている。

つまりぶつかりあえば互角になるだろう。

だが、蒸気機関街で過ごした時間も短くない。徒に時を無駄にしていた訳では無い。

機構を利用して改良を重ねた新兵器が革命軍にはある。



問題点を挙げるとするならば、時計塔内部の情報が全くない。

街に潜む『冷血』を撃破した後は、もちろん時計塔も制圧しなければならない。

『冷血』の総数もわからなければ、奴らの上に立つ者の影も掴んでいない。

本来ならば、このような無謀としか表現できない段階での決行は避けるはずだった。

しかし、いくら探りを入れても尻尾の先も掴めず、どころかそのまま帰ってこないことも度々あった。

日に日に翳る革命軍の表情や、相次ぐ脱落の報告が女の思考に焦りを生じさせた。

だが誰が彼女を責めることができようか。

親族を『冷血』の退屈凌ぎで失っている、と革命軍の属するものならば知らない者はいない。

復讐の炎を誰よりも燻ぶらせていたのは彼女だ。

同じ境遇の者を集い、同志を募り、協力を仰いだのはそういった過去からだろう。


今の革命軍の戦力ならば、『冷血』の目を掻い潜り、蒸気機関街の外郭を破壊し脱走できる可能性はある。

だがそれで逃げられるのは一部の人間だけになってしまう。

多くの者の賛同と協力を得たが故、時計塔で踏ん反り返っている首謀者を討たねばならなかった。

この蒸気機関街の下層に住まう者たち全員を救いたいと志していた。

悲惨な自分の境遇が、ここでは特段珍しくない事を心で感じ取っていたからだ。

それは窮地に陥っていようが焦りが生じてようが、揺らぐことはなかった。



軍団員たちの会議が一段落し、各々が眠りにつき始めた頃ようやく幹部との話し合いが終わった。

明日、女に随伴する予定の武勇に優れた大男。

物資の調達のまとめ役、留守部隊の長。


改めて彼らの顔を見回す。

短い付き合いではない。

誰もが明日の作戦に希望を抱き、私に預けている。


女はゆっくりと頷くと、床についた。

作戦を頭で反芻しつつ、希望や怒りを胸に仕舞い込んだ。



そして、アジトは再び静寂に包まれた。

彼女の燃えるような赤髪が、皆を照らす蝋燭になると信じて。





――――――――





ソレは嘲笑を湛えながら、机上の蝋燭のロウが燃え尽きるまで眺めている。

只一人、朝を迎えるまで椅子に腰掛けていた。

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