第六章 時計塔の奸の末路
手筈は整った。
息のかかった者数名。不本意ではあるが、下民から取り上げた武器。
そして、マキナの私兵が少ない頃合いの調査。
私が、私こそが頂点に立つに相応しい。
あの時計台の仕切りの向こうで座する資格があるのは、この私だ。
金銀財宝、高級品を独り占めし、楽しむなど許されることではない。
時計塔の頂上へ続く螺旋階段をひた走る。
こんな見た目でも中身は機械。
オートマタに疲れはない。
最後尾についてきている上機嫌な猫には誰も気付いていないようだ。
扉をノックする。
ニヤける顔を抑え、声に出ないよう必死だ。
「マキナ様、至急お伝えしたいことがございます」
「いいでしょう、入りなさい」
カチッと錠を解く音がした。
今だ!
扉を勢いよく開くと、外見によらない素早さで蒸気機関式戦鎚を仕切りに叩きつけた。
頑丈なはずの仕切りも耐えきれず、砕けた。
「いつも偉そうなその面を拝ませてもらおう!」
姿を現したのは――――
「へ、へぇ。やっぱり貴様もブリキ野郎か」
「ご機嫌よう。こうして対面して言葉を交わすのは初めてでしたね」
青と赤のオッドアイ。
それよりも。精密で極小の夥しい数の歯車や管。
『冷血』たちとは比べ物にならない程の丁寧さ、美しさ。
本当にこの世の作品か。精巧さが桁違いだ。
動力の原理もわからない。そこはおそらく、蒸気機関なのだろうが。
「その席を貰い受けに来た」
ある程度予想済みだったのか、絡繰りだらけのその相貌を目にしても怯まず続ける。
「申し訳ありませんがそれは不可能でしょう。この通り」
マキナがスカートをたくし上げ床を指差すと、そこは彼女の足底部と床が歯車や機械で接続されていた。
台座と像のようだ。
繋ぎ目のようなものはなく、完全に一体化している。
「私はここを動くことが出来ませんので」
中年貴族は狼狽えた。
流石の彼も余裕の笑みは既に消え、本能的に後退りしていた。
理解が追いつかなかった。
「お、おまえは何者なんだ……」
「今までありがとうございました。今日のクーデターを開催して頂いて感謝しております」
手を前で綺麗に揃える。
そしてカク、カク、カクと無表情の笑みを湛えて頭を垂れた。
「実験がうまく進み私はとても満足です。お礼と言ってはなんですが質問にお答えいたします」
お礼の心や満足の感情が伝わらない平らな声色で続ける。
淡々とした喋り口調は、やはり恐怖の印象を強く与える。
「私はデウス・エクス・マキナ。この蒸気機関街、そのものです。改めてよろしくお願いします」
「は……? 何を言って……」
突然の告白に思考が止まる。
だが大きく頭を振ってマキナの方へ向き直った。
「いや、もうそんなことはどうだっていい!」
中年貴族は思考の破棄を選択し、蒸気機関式戦鎚を肩に担いだ。
「お前をぶち壊せば済む話だ!」
走り出そうとした中年貴族を後ろから羽交い締めにする、息のかかった腹心たち。
「何をする! 離さんか!」
暴れだす中年貴族と無表情でそれを邪魔する配下たち。
実に哀れで滑稽な姿を晒していた。
「あはは。これは愉快ですね。この余興のためにあなたを造った甲斐がありました」
「どういう意味だ」
雁字搦めにされたまま睨めつける。
「あなたは『人格矯正型機械人間』のプロトタイプとして製造されました。容姿や口調を固定し、望んだ人格になるかという実験です」
黙り込む中年貴族にマキナは坦々と続ける。
「それだけでは面白みが足りないと思い、最期に成功の証として裏切ってもらうことまで織り込み済みだったわけです」
「ふざけるな! じゃあ私が生きてきた数年は……」
あれもこれも。
執務も。押し付けられた雑務も。
『冷血』たちの指揮も。マキナの命令の全ても。
下民の相手も。アジトの後処理も。
それ自体に意味は無く。
過程は実験に過ぎず。
最期に蒸気機関人形の娯楽として死ぬためだけに生かされていた……?
そんな、そんな馬鹿な。
「ありがとうございました。それと、私への反抗は規則違反となるので罰を受けてもらいます」
理不尽だ。
「一度目は客人、二度目は傀儡、三度目は私――。つまりこの蒸気機関街の糧となってもらいます」
マキナがそう告げると、部屋の両側にある壁が動き出した。
迫りくる壁は、マキナの眼前までしか閉まらなようだ。
「そんな、待ってくれ、やめろ、助けてくれぇぇぁぁぉぉ」
中年貴族は懇願するも、部下ごと鋼鉄の咀嚼に巻き込まれた。
バキバキ
メキョメキョ
グチャグチャ
ジュルリ
壁が引いていくとそこには、油とも血とも言えない臭いが立ち込めていた。
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