1-7

建物から外にでると、あたしは出来るだけその場所から離れるために走った。

黒煙が立ち昇る建物から、百メートル程離れたあと、外に置いてあったベンチにゆっくりと初老を座らせ、おぶっていた女性を寝かせた。


「ハァ…ハァ…、ここまでくれば、ケホケホッ」


煙を吸ってしまったせいか、少し咳き込んでしまう。それでもとりあえず、二人の状態を確認した。


「う〜んと、おじいさんは頭や手足から少し出血してるけど、大丈夫そうね。彼女のほうも、気を失ってるだけみたいね」


2人の体調を確認した後、アタシはベンチに座り込む。ケホケホとまた咳き込んできたので、少し深呼吸をして体を落ち着かせる。

初老も意識がハッキリとしてきたのか、申し訳なさそうな表情で、お礼を言ってくる。


「本当に、ありがとうございます…」

「どういたしまして〜。それより救助隊が来るまで安静にしといたほうがいいよ、まだ体の中とかわかんないから」


ふと上空を見上げる。複数の警備車両が、逃げてきた建物に向かって飛んでいくのが見える。それとは別に救助隊らしき車両が1台、あたし達のいる場所へ降りてくる。

地上に停車した車両から、数名の救助隊が駆け寄ってきてくれる。


「大丈夫ですか!すぐ医療部へ搬送しますから!」


リーダーらしき救助隊員が、タンカーを3台用意するよう別の隊員に指示する、それを聞いたあたしは、手を横に振る。


「タンカーは2台でいいよ、あたしは街の外から来たから〜」

「そうですか…わかりました」


救助隊員は心配そうに、あたしの容態を気遣ってくれるが、手当てをしようとする事はなかった。都市構外に住む者に医療手当てを施す場合、多額の金銭が必要になるからである。

だから医療隊員も、街外から来た者には無理に治療を施そうとはしない。


「あたしは全然大丈夫だから、その2人をよろしくお願いするわ」

「わかりました、この方々はお任せください」

「うん、お願いね~」


救助隊員がタンカーを運んで来た際、気を失っていた女性が意識を取り戻し、ベンチからゆっくりと起き上がる。

女性は周囲をキョロキョロと見渡している。


「あれ…わたし助かったの?」

「左様でございます、こちらの方に助けて頂きました」

「こちら…って!爺や頭から血が出てる!?」


爺やと呼ばれた初老は、彼女に大丈夫ですと言って聞かせる。最初はかなり驚いた表情をしていたけど、状況を理解した彼女は落ち着きを取り戻すと、あたしのほうをチラチラと見てくる。


「あら、何かあたしの顔についてるかしら?」

「い、いえいえ!その、どんなお礼を差し上げれば良いのかなって思いまして……」

「フフフ、お礼なんて言葉だけで十分だわ~」


彼女はキョトンとした表情になる。あたしはベンチから立ち上がると、その場を救助隊員に任せ、立ち去ろうとするが、呼び止められるように声がかかる。


「あの、待ってください!」

「ん〜何かしら?」

「せめて、お名前だけでも教えてください!」

「あたしは、白崎よ」


後ろを振り向き、笑顔で彼女にそう答える。彼女も名前を答えようとする素振りをしていたので、あたしは両指でバツをつくり、口元へと持っていく。彼女はその動作に、再びキョトンとする。


「お爺ちゃんを治療するために、早く連れて行ってあげてね?きっとあなたとはまた会うことになるわ、長話はそのときにしましょ」

「え……あ、はい!きっとですよ?」


彼女はあたしが自分の事を知っている、そう理解したような表情になると、すでにタンカーに乗せられていた初老に付き添い、救助隊の車両へと向かう。

隊員達は救助車両に2人を乗せると、空へと走り去っていった。


「やっぱりほんものは可愛いわね~。あたしも頑張らないとだわ〜」


実はベンチに寝かせた時、彼女は誰なのか気付いていたのである。

助けた彼女は、岡山中央都市の歌姫【桜 このみ】であるということ。

そして今回の仕事内容には、彼女が絡んでいる事も知っていた。


「それにしても本当に偶然ね。ま、いっか〜」


あたしは服についたホコリをはたくと、再び管理センターに向かって歩き始める。

途中崩壊した建物の近くを通ると、立ち入り禁止のロープで囲われ、警備員が数名立っている。

囲われた中では、複数のロボット達が破損した建物の瓦礫などをせっせと片付けでいた。


目的地までは、あと少しである。

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