04 再起
フローレス・ハンク、勝利! 勝利!
無敵! フローレス ランキング1位
期待の新星「チャンプを潰す!!」
勝利翌日のスポーツ・ニュースに刺激的な見出しが踊る。趣味嗜好が極度に多様化した現代にあってさえ、ランブリングの新ヒーローに関する話題は驚くほど広汎な関心をもって受け止められた。誰もが刺激に飢えている。血を求め、暴力を望み、生贄の儀式という手頃な娯楽に沸き返っている。フローレスは王殺しの英雄か? はたまた犠牲の羊なのか? おそらく試合当日
フローレスがランキング1位に上り詰めてからの5週間、
痛え……
クソッ! 痛え!
ちくちくと四六時中身体を刺激する
「うるせえッ! 俺には《スープ》が
テーブルに拳を叩き下ろした俺に、フローレスはただ悲しげな目を向けるのみ。
俺は……俺は何をこんなにイラついてるんだ?
どうしてこんなに傷の
戸惑いの中で時間は流れ、王座戦の日はあっというまにやってきた。俺はフローレスを伴い、
「落ち着け。お前の実力なら負けはしない」
『ねえ、スカード』
彼が俺を見下ろした。光沢あるヘルメットに隔てられてさえ、あの人懐っこい笑顔が目に浮かぶようだ。
『ぼく……勝ったら伝えたいことがあるんだ。聞いてくれる?』
俺は言葉に詰まり、半歩後ずさり、
「……勝ってこい」
『うん!!』
ああ。
なんてやつだ。俺は。
俺ははぐらかしたんだ。勝った後。伝えたいこと。それを聞くのが
ふたりの激突が始まるより早く――俺はその場を逃げ出した。
それからどこをどう走ったか覚えてもいない。俺は
それから、どれだけの時間が経ったんだろう。
俺はまた、以前の暮らしに戻ってしまった。ネズミどもと食い残しを奪い合い、わずかな布切れで寒さをしのぎ、夜が来れば湿ったマットレスに
こんなところにも、フローレスの噂は流れてきた。週刊誌の切れ端、汚れた新聞、媒体を問わず、人々は新たな
幾多の夜。
幾多の昼。
絶えることない
食も細り、金もなく、いよいよ命尽きかけた頃、不意に、横たわる俺の前にひとりの男が姿を現した。
「
アンダスン。奴は馬鹿げたことにブランド物の
「まったく、どうかしてる。こんなところでよく寝られるな」
「やかましい」
「探したぜ。また何も言わずに消えやがって」
「
「いつまでそうしている気だよ、タイロウ・ザ・チャンプ」
「俺をその名で呼ぶんじゃない!」
俺は跳ね起き、ありったけの声を張り上げた。自分のどこにこんな力が残っていたのか、自分でも驚くくらいだ。俺の体にまとわりついたゴミの欠片が剥がれ落ちてく。アンダスンに対する発作的な敵愾心が、疲労に凝り固まった俺の心を洗い流していくかのようだ。
「そうしてわざわざ俺を笑いに来たのか? フローレスへの嫉妬に駆られて醜くひねくれ果てた俺のありさまを!?」
「嫉妬ォォーっ? ハ! 何言ってやがる。お前さんがあいつに向けた思いが、そんな薄っぺらいもんであるものかよ」
「何を……?」
「なんだァ? ホントに無自覚だったのか? こいつァ恐れ入った。
「何を言ってる!」
「分からねえなら教えてやる。簡単なこった。
あの子のことが好きだったのさ。
愛してたんだよ!! お前はな!!」
俺は。
俺は……言葉を……失った。
馬鹿みたいに口をぽかんと開けたまま、呆然と見上げるばかりの俺に、アンダスンは溜息をよこす。
「あの子はお前を尊敬してた。お前もあの子を愛してた。だから弱い姿は見せられねえ。期待通りの自分でいなきゃあならん。
『愛したものにはナメられたくねえ』……それが『男』って生き物じゃねえか……
あの子は待ってるぜ。
チャンプの座にしがみつき、あらゆる挑戦者を根性で退け、死ぬ気で勝利を重ねてる。
なぜだと思う?
戻ってくると思ってんだよ。勝ち続けてりゃ、いつか、お前が……」
「俺は……もうタイロウじゃない」
「ああ」
「
「知ってるさ。馬鹿なやつだよ。あれは事故だったんだ。挑戦者が死んじまったのは、決しておまえさんのせいじゃない」
「そうかもしれん。理屈は分かってる。でも俺は……俺の心は……傷ついてしまった。
俺はフローレスの尊敬を受け止められるほど、立派な男じゃあないんだ……」
「そうかよ」
アンダスンが背を向ける。
違うだろ。
そうじゃないだろ。
俺の、俺のやるべきことは――
「アンダスンッ」
振り返った彼の顔が心なしか嬉しそうに見えたのは、俺の欲目じゃないはずだ。
「頼みがある」
*
一年だ。俺は自分で自分に期限を切った。一年でモノにならなきゃどのみち無駄だ。この一年で、俺は俺を鍛え直す。まず《スープ》を断つ。身を引き裂くような離脱症状を耐え抜き、まともな食事で体力をつけ、計算し尽くしたトレーニングで筋肉を取り戻す。口で言うのは容易いが、どれひとつとっても血反吐はくほどの大難事。それでも俺はやる。やると決めた。俺はもう一度、あの六角形の
現役復帰。やりとげる。
一年だ。見てろフローレス、一年後。
俺はお前に挑戦する。
(つづく)
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