02 ランブル・タンブル



 機甲闘技マシン・ランブリング、通称乱武林ランブリング積層都市構造物群レイヤード・シティで最も熱い格闘技だ。屈強の肉体を持つ闘士ランブラーたちが装甲服に身を包み、互いの力と技をぶつけ合う。野暮な飛び道具はかなり威力を制限された競技用銃器を除いて原則禁止。主な得物はソード戦槌メイス斧槍ハルバード投網ネット、それになんといってもフィスト。特別ルールでフィストにのみ炸薬パイルの搭載が認められており、その圧倒的な破壊力による一発KOはランブリング最大の華。

 何もかもを面白半分の遊戯にしてしまうこの街の流儀によって、ランブリングも当然のように賭けの対象となる。週に一度の興行では毎回巨万の富が動いているというが、その資産流動の一端を担っているのがアンダスンだった。意地汚い守銭奴。だが昼間の仕事を第六層のきれいなカフェでコーヒーすすりながらこなす程度には気取った男。

「久しぶりだな」

 突然テーブルの向かいに腰を下ろした俺に、アンダスンは口の中のコーヒーで溺れかけるほどに驚き、

「あんた! タ……」

「今はスカードと呼ばれている」

傷物スカードォ? まあ、あんたの鼻筋を見りゃピッタリなあだ名じゃあるけどな。

 ずいぶんお見限りだったじゃねえか。最後に会ってからもう10年にもなるか。

 で? わざわざ旧交を温めに来たってわけでもあるまい」

「昔のように一儲けさせてやろうと思ってな」

「ハ! あんたが? その痩せた腕で?」

 と、ほとんど骨だけになった俺の手首あたりを指さすアンダスンが、どことなく寂し気に見えるのは俺の欲目か。アンダスン、「いい奴だった」とは口が裂けても言えないが、少なくとも俺の力をよく認めてくれる仕事仲間ではあった。そう、10年前だ。奴の元で数限りない興行試合をこなしたのは、もう10年も昔のこと。懐かしくないと言えば嘘になる。

「俺じゃないのさ、アンダスン」

「そんじゃあ弟子でも取ったか」

「フローレス・ハンク」

 と聞くなり、アンダスンが椅子を蹴って絶叫する。

「あの約束違えの裏切り野郎!」

「大きい声を出すなよ。何の約束だって? その内容を世間に知られて困るのはお前だろ」

「いっぺん引き受けた仕事をちゃんとやらねえ奴がオレァ我慢ならんのだ」

「我慢してくれ。ここまでの敗北続きでフローレスの人気は最底辺。だが次は勝つ。な」

「ふうん……」

「儲かれば貴様は文句あるまい」

「それはそうだが? 自信があるのか?」

 俺は連絡先を記した紙きれを置いて席を立ち、自分でも驚くほどの痛快な笑みを奴に向けた。

「まあ見ていろ」



   *



 『まあ見ていろ』。ふ、『まあ見ていろ』か。笑える。俺の中には二つの相反する気持ちがある。フローレスの若さと活力の好もしさと、それらを失って衰え果てた自分自身の情けなさ。そう、かつて俺は闘士ランブラーだった。だがこうまで壊れ尽くした肉体では、装甲服を着ること自体に耐えられまい。もう俺は二度と戦闘領域コンバットエリアには立てないのだ。老いの切なさが、うっかりフローレスの若さへの嫉妬にかわりかけ、俺は第九層に寄って《スープ》を盗んだ。

 《生命のスープ》、それは人類が滅亡の危機と引き換えに得た数々の不明技術の中でも最上のものだ。《スープ》は何でも忘れさせる。怪我をした者が飲めば怪我を忘れ、病んだ者が飲めば病を忘れる。忘れたものは存在しないもの。ゆえに全ては消え失せ、元通りとなる。

 その代償として、飲めば飲むほどに人間のが失われていく。だが、失われたのがなのか、それすら忘れて分からなくなるのだ。

 俺は醜い嫉妬心を忘れたい一心で、ビニル・パウチからじかに《スープ》を啜り飲みつつ家に戻った。家の前では、巨岩のようなフローレスがサンドバッグを相手に熱い汗を飛ばしている。俺の姿を見つけた彼が、手元のパウチに気付いて顔をしかめる。

「スカード! また《スープ》飲んで!」

「今日はいい天気だなあ、世界が輝いて見える。おい若者、アンダスンはマッチングを了承したぜ」

「それはいいけどさあ」

「午前一杯、たっぷり体は動かしたろうな? よし。かかってこい」

 俺は上着を脱ぎすて、細枝のような拳を握り固めてファイテング・ポーズをとった。フローレスが戸惑い、口をぱくぱくさせる。かたや若く屈強な17歳の青年。こなた40を超え骨と皮ばかりに痩せ衰えた《スープ》中毒者。とうてい勝負が成り立つようには思えまい。フローレスのためらいも無理はないが。

「かかってこいったって、スカード……」

「怖いのか?」

「えっ?」

「試合で負けるなら言い訳も立つ。相手だってプロだからな。だがこんな痩せた中年男に負けたら立ち直れないかもしれん。気持ちは分かるよ。怖いなら無理しなくていい」

「おい! ぼくは、あんたの身体を心配して……」

「というのを口実にして逃げるわけだ」

「……カチンときたぞ、今のは」

「ほう」

「ナメられたら終わりだって言ったよな?」

「うん、言った」

「それはスカードからでも、だよな?」

「当然だ」

「痛い目見てもいいんだな!」

「やれるものなら」

 鼻息も荒く、フローレスが拳を固める。いいな。無性に好きだ。この若者の、若いがゆえの直情が。この上なく素直な反応が愛おしくて、ついからかいたくなってしまう。それ、もうひと押し。

「待った。お前、普段の武器は?」

斧槍ハルバードだけど」

「ふっ、斧槍ハルバードね……んじゃ、そこのホウキ持ってこい」

「おいおい、このうえ武器まで……

 ああもう! 分かったよ、やれっていうならやってやる! ホント、知らないからね!?」

 ホウキを斧槍ハルバードに見立てて構えるフローレス。うん。構えは悪くない。基本はちゃんと出来てるな。だが、それが大きな誤りなんだ。

「さあ来いっ」

「行くぞぉっ」

 来る。と同時に俺は前に出た。

 突き出されたホウキを、体を半身にひねってかわし、そのまま前進。俺はフローレスの懐に飛び込む。あっ、と声を上げた彼が慌てて引き戻そうとする槍の柄を片足で踏んで固定して、一瞬動きの鈍ったフローレスの顎に左のフィストを……

 寸止め。

 それで、フローレスは、完全に沈黙した。

「……と、いうわけだ」

 俺は槍から足を離し、脱いだ上着のポケットから《スープ》の残りを拾い上げた。

「これが試合だったらお前の顎は砕かれていたよ。ま、俺のこの痩せた腕じゃあ、殴ったこっちのこぶしが砕けるのが関の山だが」

「スカード……今の……今の動きは? なんで?」

「いいかフローレス。闘士ランブラーにとって最も重要な能力は何だと思う?」

「パワー?」

「いや」

「スピード?」

「違う。間合いの制御だ。

 武器にはそれぞれ最も有効に扱える距離があり、闘士にもまた得意の間合いというものがある。

 斧槍ハルバードを使うなら遠距離から牽制して相手を近寄らせない立ち回りが必要だが、お前はあろうことか自分から距離を詰めた。まあ無理はない。足回りの肉付きを見ても気性を見ても、明らかに接近戦クロース・コンバット向きだからな。

 つまりお前の才能と武器の特性がちぐはぐなんだ。

 その不整合をちょいといてやれば、俺の萎えた身体でもこれほどのことができる」

「てことは、逆にぼく向きの武器を選べば……」

「それだけでもある程度は勝てる」

「スッッッカァードッ!!」

 いきなりフローレスが突進してきて、あの丸太のような両腕で俺の身体を抱きしめた。おい! 痛い! 重い! 体重をかけるな! フローレスは頬を俺の頭だの腕だのに擦り寄せてくる。まるでクソでかい犬がじゃれついてきたみたいだ。あまりの剛力に、あやうく俺は肋の数本も折れるところだった。

「ありがとうスカード! ぼく……ぼく、やってみるよ! うおおおお―――――っ!! 次は勝つぞ―――――っ!!」

「放せっ……声がでかいっ……」

「うおおおおおお―――――!!」

 聞いちゃいねえ。

 まあ、そう上手く行くかどうかは、フローレスの素質と努力次第なのだが……



   *



 2週間後、俺たちの姿は戦闘領域コンバット・エリアの脇にあった。白銀の装甲服を着込んだフローレスは、ただでさえ大きなガタイがさらに一回りも膨らんで、俺と並べばまるで巨人と小人。

 対する敵はスピットファイア・グレゴール。獲物は斧槍ハルバードと銃火器。典型的な長距離アウトレンジ闘士ランブラー。実験にはおあつらえ向きだ。

「分かってるな、フローレス。練習した通りやれ」

『うん』

 と叩き合わせるフィストには、一撃必殺の炸薬パイルが搭載されている。左右各1回ずつしか使えない強打だが、合わせて2回あれば充分。2回も外しているようでは、所詮こっちに勝ち目はない。

 いささか緊張気味に、フローレスが進み出る。スピットファイアもまた中央へ迫り寄ってくる。周囲を埋める観客共は、今日ここまでの興行ですっかり血に酔っていて、さらなる流血を求めてわけの分からない奇声ばかりをがなり立てていた。「戦えランブル!」激しく、「くたばれタンブル!」くるおしく、「戦えランブル! くたばれタンブル!」声援とも罵倒ともつかない絶叫の渦が戦闘領域コンバット・エリアにこだまして、

 戦闘開始オープン・コンバット

 フローレスが進む。スピットファイアが下がる。そうだ。敵は遠距離型なんだから当然そう来る。敵の腕に内蔵された銃から牽制の弾が数発、フローレスめがけて発射される。だが競技用銃器の破壊力は、クリーンヒットしても装甲の1枚か2枚を引っがす程度のもの。恐れるにはあたらない。

 故に進め!

 フローレスは両腕を胸の前で立て、急所をしっかとガードしつつ突進した。そうだ。いいぞ! 完全接近戦スタイルのお前が全速で距離を詰めれば、敵は必ず前進を止めようと仕掛けてくる。銃器では止められない。しかし斧槍ハルバードを振り回せば隙が大きい。なら敵が選択する攻撃は、十中八九……

 斧槍ハルバードでの突き技。

 それをかわす!!

 フローレスは身を捻り、槍の横をすりぬけた。いいぞ! できてる! 次に相手は槍を引き戻そうとするはずだ。そうだよな。お前だって同じことやろうとしたもんな。誰だってそうする。だからこのタイミングで、戻しかけた槍の柄を踏みつける。

 敵の動きは半秒、止まる。

 その時にはもう敵の鼻先まで飛び込んだ後。お前の間合いだ。遠慮はいらない。

 顔面に拳を叩ッ込め!


 炸裂!


 炸薬パイルのブチ込まれる痛快な爆音が闘技場アリーナに響き、一瞬、客どもが静まり返る。

 ゆっくりと……倒れる、スピットファイア。

 アナウンスが勝利を告げ、呆然と立ち尽くすフローレスを、割れんばかりの歓声と怒号が包み込んだ。



(つづく)

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