第3話 超合理主義者アルノワ
(えっ……えっ、ええ!? あ、あの人が……王子だったの!? )
あたしは国王様が言ったアルノワと呼ばれる先ほどからずっと部屋にいたフードの人に目を向ける。目深にかぶっていて表情は見えないけど、どんな人なんだろう。王妃様が綺麗な人だからきっと王子様もイケメンだろうなぁ。あたしはそんなことを思いながらフードの人を見つめる。
「だいたいお前はいつまでそのような格好をしているのだ。聖女殿に失礼だろう」
「何言ってんだよ、親父。最初に王子だって分かった状態で会ったら、素の聖女の性格が分からない。最初っから素性を隠して聖女の性格を見た方が合理的なんだよ」
「まったく、お前は……聖女殿を試すようなことをしおって」
「試して何が悪いんだ? 聖女の性格をよく知っておいた方が早く聖女を他国に披露できるじゃねぇか。聖女様って大事に崇めてられるような余裕はこの国にはないんだぜ? 親父」
「ぐっ……。そ、それはそうだが……」
(……え、何? もしかしてあたし、ずっと観察されてたの? )
あたしは国王様とフードを被ったままの王子の会話を黙って聞く。話の内容からして王子はあたしの性格を知るためにずっと観察していたということらしい……でも。な、何、この王子。目の前の人って国王なんだよね? この国の一番偉い人だよ? それに王子ってことはこの人のお父さんだよね? なんでこの人自分のお父さんに対してこんなに偉そうなの!?
「そして、分かった」
「何が分かったというのだ」
「聖女が親父の話を聞きたくないってことにさ」
(ぎくっ!! 何で分かったの!? )
あたしは王子の言葉に動揺した。確かに国王様から話を聞くより王子様に説明して欲しいとは思ってたけど、そんなこと口に出してなかったのに……。
「何故、聖女殿が私の話を聞きたくないと分かるのだ? アルノワ」
「簡単だろ? 本当に国を救いたいんだったら黙ってそのまま親父の話を聞いてたはずじゃねぇか。なのに聖女は途中で親父の言葉を遮ってまったく関係のない王子の所在を質問したんだ。聖女がそんな行動をした理由として考えられる理由は主に3つ。親父の話を聞きたくない、そもそも国を救う気はない、早く王子に会いたい……そのどれかだ。で、俺は普段から話の長い親父の話を聖女は聞きたくないから話を遮ったと考えた。合理的だろ? 」
「…………聖女殿。今のアルノワの話は……本当ですかな? 」
「い、いや……あの、そ、そんなことはございません!! 」
な、何この人。何で勝手にあたしが国王様の話が聞きたくなかったみたいなことにしてくれてんの!? あたしはただ王子様にこの国の現状を説明してもらいたかっただけなんですけど!? あたしは国王様から浴びせられる冷ややかな視線に必死にそうではないことを訴えた。
「まぁ、聖女が親父の言葉を遮った理由の他の可能性。国を救う気が無いのなら俺が説得してやる。残るもう一つの可能性である王子に会いたいという理由なら俺がこの国の現状を説明する。その方が聖女もやる気になってくれるだろう。分かったら赤の聖女はこの俺に任せてもらう」
「確かに年の離れた私よりもお前の方が聖女殿も話しやすいかもしれん……分かった。お前に任せよう」
「…………行くぞ」
「えっ、あ、あの……」
あたしは王子だというフードの人に右腕を掴まれると強引に部屋から連れ出された。そして連れて来られたのは先ほどよりは少し小さい部屋。大きくはないと言ってもあたしが住んでいた部屋よりはずっとずっと大きい部屋だった。
「……ったく、合理的じゃない聖女だな。お前は」
「…………はい? っあ……」
部屋に着くなりフードの人は目の前に置いてある椅子に腰かけた。あたしを立たせたまま。椅子の後ろには壁に接するように何かが大量に積み上げられた机が存在している。あとがその机と椅子の反対側にベッドが1つあるだけの部屋であたしは1人で立たされている。が、そんなことはどうでも良かった。あたしの目の前のフードを外した王子に比べれば。赤髪に切れ長の目、小さめのだがしっかりと高さのある鼻。口元は下唇が少し厚みがあって、それが顔全体にどこか優しい印象を与えている。あたしの好みの顔だった。…………これが、運命。あたしはその場で立ち尽くしてしまった。まぁ、立たされてるだけだけど。
「端的に聞く。先ほどこの国を救ってくれると言っていたが、それは本当か? 」
「……はい、私は女神様のお導きによってこの国に参りました。この国を救うのが私の務めでございます」
「そうか、ではここからの質問には『はい』か『いいえ』で答えてくれ」
「は……はい」
「お前はフローリア・レディシアか? 」
「はい」
「これはお前の持ち物か? 」
「え? ……あっ、は、はい」
その質問で王子は後ろの机から積みあがった何かを1つ手に取り、あたしに尋ねて来た。あたしははいと答えた。だって机の上に積みあがっていた何かはあたしがこの世界に持ってきたラノベだったから……
「では、お前はこの世界を知っているか? 」
「……いいえ」
「お前はこことは違う、別の世界から来たのか? 」
「そ、それは……」
「質問には『はい』か『いいえ』で答えてくれ」
「…………はい」
「だろうな。こんな奇妙な本は見たことがない……だいたい何だ? この大量の本……こんなの持ってくんじゃねぇよ……」
「…………は? 」
そう言って王子はあたしの大事なラノベたちを雑にパラパラとめくり、机にビッタンビッタンと叩きつけている。
「あっ、や……やめてください! そ、それはあたしの……聖女にとって大事なものでございます」
「ん? これがか? もしかしてこの本を参考にしてこの国を救うとか考えてるんじゃねぇだろうな? 」
「えっ……よ、読んだんですか? 」
「ああ、一応……2、3冊」
い、一体いつ……そんな時間なかったでしょ。ってか、何で日本語で書かれている本がこの世界の人が読んでるの!? ……も、もしかして異世界に来た時にラノベの中の言語もこの世界の言語に変わっちゃったのかな? とにかく目の前の大事なラノベを取り返すためにあたしは王子の方へ歩み寄る。
「……おっと」
「か、返してください!! 」
「だ~~めだ! こんな本を参考にしてたら国が滅ぶだろ!? お前は今すぐに俺と婚約して、結婚し、そしてお前は俺の妻になる。そっから国を救うんだ……いい
な? 」
……え? 婚約? ……結婚? …………妻? う、嬉しい!! う、嬉しい~~~~~!!! し、幸せ……異世界にきていきなり城に来て、あたし好みの王子と早々に結婚生活が始まるなんて……嬉しすぎる!! …………なんて思ったことだろう。10分ほど前までのあたしなら……。でも、そんな感情は全くなかった。
「あ、あの……」
「ん? 何?」
「まず、その……お前って言うのを……やめていただきたいです……」
「あっ、そっか! すまない……で、お前。名前は? 」
今、右手を出せば、座っている王子の顔面に拳を叩き込むことは出来る。が、王子を殴って国外追放なんてことにはなりたくない。あたしは拳をほどき、改めて挨拶する。
「ふ、フローリア・レディシアで……ございます」
「ん? そんなのは知っている……俺が聞きたいのはお前の聖女に転生する前の名前だ」
「……え? 」
「お前の名前はフローリア。赤の聖女フローリア・レディシアのはずだ。同じ名前の女神に会ってからここへ来たんだろ? 」
えっ……ば、バレてる。な、何で!? っあ、ラノベのせいかな。でも、それでも何であたしがこの身体の前に別の存在だったって知ってるんだろう? そんなことを頭で考えているあたしに王子は再度質問してくる。
「お前はその身体になる前……何という名だった? 」
「……
「っ!! 」
「?? 」
あたしが本当の名前を王子に告げると王子は一瞬目を大きく見開き、驚いたような表情を見せた。でも、それは一瞬ですぐに先ほどまでの冷静に淡々と話す表情に戻った。この王子……さっきから思うけど結構な自信家の俺様系だ。性格はあんまりタイプじゃないかも……
「そうか。……じゃあ、アリスと呼ぶことにしよう」
「あの……」
「ん? 」
「有栖って言うのは……名字なんですけど……」
「名字? ……ああ、家名ということか。まぁ、いい。アリス、よく聞け」
「いや、あの……だから……」
「アリスは俺の妻となり、これからこの国を救っていくんだ。ということで俺と結婚してくれ、アリス」
「…………おことわりします」
「な……なんだと!! な、何故だ。先ほど国を救うと言っただろ!! 」
いや、驚きたいのはこっちですが……。なんでいきなりお前呼ばわりする俺様王子と婚約しなくちゃいけないの……顔はタイプだけどさ。絶対嫌なんですけど……だいたいあたしのこともまだ知らないのに何でプロポーズできんの、この人。あたしは心の中で色々と不満を述べたが王子にやんわりとした口調で告げる。
「私にはこの国を救うという責務がございますので……」
「いや、だからこそ結婚するんだ。この国を救うために俺とお前が婚約し、そして結婚する。それでこの本みたいなハッピーエンドは作れるだろ? 」
「あっ!! ま、また人の本を勝手に……」
「で、そっからお前は聖女としてこの国を救っていく」
読んだのか。……なら、はっきりと言おう。あたしの思いを、この俺様王子に……
「読んだのでしたら分かると思いますけど、私がしたいのはいきなりの婚約、結婚ではございません。多少の恋愛を経てからの婚約、結婚でございます。なので、王子のプロポーズはおことわりします」
「いいだろ、そんなのは結婚してからすれば! 結婚してから『あたしの冒険はこれからよ! 』……とか思う存分やらせてやるから」
「しないから!! 冒険なんて!! あたしがしたいのはイケメン王子との結婚だから!! 」
「おっ? なら、俺と結婚すればいいじゃねぇか。このイケメン王子のアルノワがお前の夫になってやろう」
うぐっ……いけないいけない。つい、素が出ちゃった。まさかラノベ以外の本までこの世界に運ばれてきてたなんて……。あたしは王子の後ろの机の雑誌を見ながら口元を手で抑える。
「だいたいなぁ、合理的じゃないだろ? こんな本に書かれてる内容って……ただ、男と女が引っ付きそうになったり離れたりしてるだけじゃねぇか。『王子……私……でも!! 聖女……俺は……だが!! 王子……でも!! 聖女……だが!! 』……あ~~~~~!!!! じれったいんだよ!! さっさとくっ付けばいいじゃねぇか!! すぐの距離だろ、すぐの!! 結局くっ付くんなら離れんな!! 」
「………………」
「アリスもそう思うだろ? アリスも同じだ。結局、最後は俺の妻になるんだ。だったらさっさと結婚した方が合理的じゃないか? 」
「…………」
あたしは我慢していた。ずっと。目の前の男は王子だから……。ずっと下手に出てた。けど、もう限界だ。あたしの大事なラノベのストーリーを否定するようなことを言う奴はたとえ王子だろうと許さない。
「それがラノベの醍醐味です!! その良さも理解できない合理的合理的ってやかましい!! そんな王子との結婚なんてあたしは絶対しませんからね!! …………ふんっ」
あたしは心にたまりにたまった怒りを一気に吐き出し、すっきりした身体で大きく深く息を吐きだした。
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