第2話 六であることが重要なのです

 

 「こ、ここ……もう、いるんですか? こ、婚約者……」

 「ええ、別にまだ決まったというわけではありませんが、彼はその気のようですよ? 赤の王国・ファルティアの王子は」

 


 や、やった……。聖女になれるということで夢のような生活な待っているとは思っていたけど、まさかいきなり婚約者がいるなんて。しかも、相手はその気みたいだし……これはもう当たり異世界決定だ。



 「その者が私にしつこく説いて来たのです。赤の聖堂にいた私に聖女は六人いることが重要なんだ……と」

 「えっ……な、何で六人? 六って何か意味ある数字でしたっけ? ……っあ!! ジューンブライドですか? うんうん、なるほどぉ……なかなかロマンティックな王子様なんですかね」

 


 あたしは先ほどから女神様が言っている六という言葉に反応した。そして、六という数字から六月のジューンブライドを思い出した。なるほど、今から婚約して六月には結婚……うわぁ、急展開だなぁ……。今から約一か月ほど先の華やかな未来を想像して心が躍る。



 「では、これからあなたを私のいる世界へ転生させます。ですが、一つ約束をしてください」

 「はい、何でしょうか? 」

 「聖女の力を使ってはいけません」

 「…………はぇ!? えっ、な、何でですか? 」



 目の前の女神様は意味の分からないことを言い出した。これから聖女になり、聖女として王子の元へ行くというのに聖女の力が使えなければただの人だ。そんなことでは確実に国外追放されるに違いない。…………いや、それはそれで追放した国が亡んだり、どこかの国のイケメン王子やイケメン騎士に拾ってもらって幸せになれるかもだけど……。でも、せっかく聖女になるんだからやっぱり聖女としての暮らしがしたい。



 「どうして聖女の力を使ってはいけないんでしょうか? 」

 「聖女の力は身を亡ぼす力……その治癒の奇跡の代償として聖女の身に大きな負担がかかるのです。……ですから、どうかその力は使わないでください。あなたがあなたのままでいるために……」

 「わ、分かりました」



 女神様の言葉の意味はすべては分からなかったけど、とりあえずは聖女の力を使ってはいけないことは分かった。



 「では、始めます。これからあなたは新たな存在に生まれ変わります。名を赤の聖女、フローリア。あなたの新しい名はフローリア・レディシア」

 「フローリア……レディ……シア。あっ! あ、あともう一つ……お願いをしてもいいですか? 」

 「……何でしょうか? 」

 「あたしの部屋にあった……あの、ら……ラノベを一緒に異世界に持って行きたいんですけど。だ……ダメですか? 」



 あたしは図々しいお願いをした。自分でもわかってはいたのだが、やはりこれから行くのは異世界。何かと退屈なこともあるかもしれない。そうなったときにまだ読んでいないラノベを読みたい。……それにラノベがもしかしたら異世界で役に立つかもしれないし。あたしはお願いをした後、しおらしい態度で女神様を見つめた。



 「分かりました。それくらいなら大丈夫です」

 「あ、ありがとうございます! 」

 「では、行きなさい……フローリア・レディシア」

 「…………うっ」



 そして女神様から放たれた眩いほどの光はあたしの視界にまで差し込んで、あたしは何も見えなくなった……。






 ♦  ♦  ♦






 「…………ん…………こ……ここは? 」



 冷たい。顔が何かに当たってひんやりとする。



 「……あっ」

 


 あたしはその冷たさで徐々に意識がはっきりとし、自分が地面に倒れ込んでいることに気がついた。



 「…………ここは? あれ? 誰も……いない」



 地面から起き上がったあたしだが、周囲には誰もいないどころか何の音もしない。……おかしい。おかしいよね? 普通は異世界に転移したら周りにたくさんの人たちが囲んでて、『うぉぉおおおお!! 』って歓声を上げたり、『せ、成功したぁ!! 』とか喜んでいる人がいたり、『これで我が国は救われるぅ……』って涙を流して喜んでくれて、転生されたあたしがその状況にきょとんとするはずなのに……。別の意味できょとんなんですが!! 



 「どうなってんの!? 何で誰もいないわけ!? ……あっ、ラノベ」



 転生した場所の状況にあたしは困惑し、沸々と放置されている怒りがこみあげて来た。が、女神様が叶えてくれると言ってくれたラノベが周囲に散乱していたのを見て冷静さを取り戻した。



 「まぁ、いいや。ラノベでも読んでりゃそのうち誰か来るっしょ……」



 あたしはどことも分からぬ場所でただただ一緒に持ってきたラノベを読んだ。今思うとヤバいモンスターなんかが出るような場所じゃなくて本当に良かったと思う。






 ♦  ♦  ♦






 「ふふっ……あはは!! 」



 あたしは静かな空間で一人大笑いする。



 『カツカツカツカツッ……』

 「……あっ!! 」



 そんな時間を1時間ほど過ごした後、ラノベを読んでいるあたしの耳に足音が聞こえて来た。1人じゃない、何人もの足音だった。あたしは急いで手に持っていたラノベを放り、若干倒れ込んで何となく今来たばっかりです感を出す。すると、先ほどから目の前にあったトンネルのような場所から人が現れた。人数は5人。フードを被った人に兵士みたいな鎧の男性が2人、メイドのような服を着た女性が2人。



 「聖女様でございましょうか? 」

 「は、はい……そうです」

 「良かった。お待たせして申し訳ございません」

 「い、いえ……全然待ってないです。来たばっかりです」



 メイドのような格好の女性の内の1人があたしに話しかけて来た。結構待ってはいたけど、あたしは意味もなく今来たばかりだと嘘をついた。



 「そうでしたか。では、参りましょう」

 「あっ、ま、待って!! こ、これも持って行っていいですか? 」

 「えっ、あ……はい。かしこまりました」



 あたしを迎えに来た5人のあとについて行くと1台の馬車が用意されていた。


 

 「……狭くて申し訳ございません、聖女様」

 「い、いえ……大丈夫です……」



 来ていた馬車は何故か1台だった。あたしを迎えに来た人数は5人。フードの人は馬車を運転しているから馬車の中にいるのはあたしを含め5人だ。普通はこんなに乗らないのかは分からないが、結構狭かった……まぁ、あたしが持ってきたラノベのせいでもなるけど……。でも、馬車は10分ほどで停車したので何とか耐えられた。



 「こちらでございます。聖女様」

 「あ、ありがとうございます」



 馬車を降り、鎧を着た男性に片手をエスコートされて降りた馬車の前には大きな建物があった。それは一目でお城であると分かる形だった。 

 鎧の男性2人とメイドのような女性2人に連れられてあたしは城の中へ案内された。



 (……なんであの人も付いて来るんだろう? )



 でも、何故かもう一人。先ほど馬車を運転してあたしをここへ連れてきてくれたフードの人が後ろから付いて来る。……変なの。普通、馬車を運転する人は付いてこないでしょ。そう思いつつ、あたしはそれを気にすることなくその他の4人に案内されて大きな部屋へたどり着いた。



 「国王様、王妃様。聖女様をお連れしました」

 「うむ、ご苦労」



 案内された部屋には玉座に腰かける男女に鎧を着た男性があたしを紹介している。あたしを連れてくるという役目を終えた4人は部屋から退席した。が、何故かあのフードの人はまだいる。……まぁ、いいや。あたしはフードの人を気にするのをやめ、目の前の国王と王妃に頭を下げた。



 「よく来てくれた聖女殿。私はこの国の国王、アーノルド・ファルティアと申します」

 「妻のソフィアと申します」

 「お初にお目にかかります。国王陛下、王妃様。私はふ、フローリア・レディシアでございます」



 女神様に言われ、必死に覚えて来た転生後の名前をあたしは使い、国王と王妃に挨拶する。



 「突然で申し訳ないが……実は今、我が国は危機に瀕している。このままでは我が国ファルティアは滅亡の道を辿ることだろう」

 「そ……そんな! 」


 

 ……でしょうね。私は国王の言葉に驚いて見せたが、こんなことはラノベの聖女ものではど定番。それを救うためにあたしはこの世界に来たんだよん。そして、そんな聖女のあたしに王子は惚れ、あたしは王子と結婚するのだ。……っあ、女神様の話だともう婚約者みたいなものか。これは聖女の力を使ってはいけないと言われたけど、そんなの全然いらずに結婚確定ですな。ふふっ、ふふふ♪



 「お任せください。国王陛下。この国の危機はこの私、ふ……ふ、フローリア・レディシアがお救いいたします! 」

 「おおっ、何と頼もしい言葉だ。よろしく頼むぞ、フローリア・レディシア殿。……では、具体的に我が国の現状を説明させていただこう。我が国の置かれている状況は…………であり、……………………他国との関係は…………」





 (…………あれ。。)



 ……あれ? おかしいな。もうそろそろ国王陛下の出番は終わってイケメン王子に説明の役割をバトンタッチ……イケメン王子からこの国の現状を説明されるって言うのがよくあるパターンなんだけど……



 「そこでわが軍は青の王国に対し…………となり関係が悪化…………」





 (おいい!! おっさん! いつまで喋る気だぁ!! あんたがずっと話してたらずっと王子が出てきてくれないでしょ!? …………いるよね? 王子。どっかに待機してくれてるはずだよね!? ……よし、試してみよう)



 「あ、あの!! 」

 あたしは勇気を出して国王陛下の言葉を遮った。



 「ん? どうした」

 「あの……状況は……分かりました。……それで、あの……王子……様は……ど、どこでしょうか? 」

 「王子? アルノワがどうかしたのか? 」



 へぇ……アルノワ様っていうのかぁ。ステキなお名前だ。早くあたしの未来の旦那様になる王子の顔が見たい。そう思ったあたしは国王に説明する。



 「い、いえ……王子のお顔も早めにお見せいただいた方が……国を救うのに良いと思いまして……」

 「そうか。では、アルノワもここへ呼ぼう」

 あたしは何となくそれっぽいことを言い、国王の話を中断させ、王子に会えるように半ば強引に持って行った。国王は少し腑に落ちない表情をしていたけどあたしの要望を聞き入れ、王子を呼んでくれるようだ。が、そんなあたしの言葉に対し、異を唱える声が室内に響く。



 「意味が分からないな。何で王子がこの場に来ると国を救えることになるんだ? そんなことより国王の話を大人しく聞いていた方がはるかに国の現状を端的に把握でき、国を救うという目的を成すためには合理的だ。王子がこの場にいるかどうかは関係ない」



 (えっ……だ、誰……? あっ! )



 あたしが声のした方に目を向けるとこの室内にはふさわしくない格好の馬車を運転してきてくれたフードの人がまだいた。


 

 「ご……合理的でないとはどういう意味ですか? 国を救うのであればその関係者が皆一堂に会した方が一致団結するではありませんか」

 「一致団結? そんなことは必要ない。ダメな奴が何人集まって一致団結しようとダメな奴なら国は滅ぶ。そんなことも分からない合理性のない聖女がこの国を救えるはずがないだろう? 」

 「な、何ですって!? だ、大体……あ、あなたは誰ですか。そんなフードを被って……失礼ではないですか!? 」



 あたしはつい感情的になり、あたしの意見を否定してきたフードの人を右人差し指で指さした。



 「またか……。お前は何故そう合理的に考えてばかりなのだ。アルノワ」

 「…………えっ、あ、アルノワ……様!? こ、このフードの人が!? 」



 赤の王国・ファルティアの王子、アルノワ。これがあたしが最初に会ったアルノワとの出会いだった。この超合理主義者のバカ王子との……。


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