第4話 六角形は合理的で美しい


 「…………ふぅ」



 あたしはアルノワ王子にたまった鬱憤うっぷんをぶちまけると、くるりと部屋の側を向いた。



 「どこに行く気だ? 」

 「帰ります……」

 「どこへ帰るんだ? 」

 「元の世界へです」



 あたしが王子に背を向けたまま王子の質問に答えた。いくらあたしがこの国を救うって言ったってこんな王子に従う気はない。別に元の世界にはもう死んでるから帰れないけど、あたしは王子の態度の変化を期待して、帰るフリをする。



 「帰れないだろ……もう。死んだんだろ? アリスは」

 「…………え? 」



 えっ……ヤダ……。な、何? 何であたしが死んだってことまで知ってるの!? アルノワ王子はあたしが死んだということまで知っている。誰にも言ってないのに……な、なんで……。あたしは思わず王子の方を振り返った。



 「ど、どうして……知ってるの? 」

 「ふふっ、俺はアリスのことならなんでも知っている。俺があの聖堂に何度も行き、赤の女神に願ったのだからな。六番目の聖女を……」

 


 そう言えば女神様は言っていた。何度も説得されたって。それがこの王子なんだ……、ってことはこの王子があたしをこの世界に呼んだ本人……でも



 「……どうしてあたしを呼んだんですか? 女神様は言っていました。ある者に『聖女は六人いることが重要だ』と言われたって……。それってあなたのことですよね? 何でわざわざすでに五人もいるのにあたしを呼んだんですか? 」

 「バランスをとるためだ。この世界には六の国がある。そしてすでに五人の聖女がいる。だからアリスを呼んだんだ」

 「…………あの、すみません。意味が分かりません……。もう少し具体的な説明をして欲しいです。。」

 「……はぁ。ったく……仕方ねぇなぁ。六って言う数字で察しろよ」

 「は、はぁ……すみません」



 あたしは王子に対し何となく誤って質問に対する具体的な答えを求めた。すると王子はゆっくりと椅子から立ち上がり、部屋の中をゆっくりと歩き出した。



 「この世界にはすでに五人の聖女が存在している。黒の聖女、緑の聖女、白の聖女、黄の聖女、青の聖女……。それに対して世界にある国は六。黒の王国、緑の王国、白の王国、黄の王国、青の王国、そしてこの赤の王国だ」

 「は……はぁ……」

 「そして五人の聖女たちはそれぞれ自分の加護するべき国の国王や王子と婚約している……」

 「は……はぁ……そ、それで……」

 「聖女と婚約していない赤の王国は他国の脅威にさらされている。だから俺はアリスを呼び、アリスと婚約することで世界のバランスをとる……という訳だ」

 「…………はぁ? 」



 って、察せるかぁ!! あたしは先ほどの謝った自分を恥じた。六なんていう数字だけで察しろと言う方が無理あるでしょ! …………いや、待って。そもそもあたしってそのためだけに呼ばれたんじゃ……。そんなあたしの動揺をよそにアルノワ王子は後ろの机から何かを取り出していた。



 「……何ですか? その汚い石は……」



 アルノワ王子の手には汚い変な形の石は握られていた。



 「柱状節理ちゅうじょうせつりだ」

 「ちゅ……ちゅうじょう……せ、せつり? 」



 何だろう? 石の名前? あたしはそのごくごく普通の石を見て不思議に首を傾げた。すると王子はあたしにその手に持っている石の断面を見せてきた。その汚い石の断面は六角形の形をしていた。



 「この岩はどんな形をしている? 」

 「……六角形にみえます……」

 「そうだ。これは柱状節理という現象によってできた岩だ。溶岩は冷えて固まる際、均一に中心に向かって縮む。そうして出来上がるのがこの美しい柱状節理なんだ」

 「………………」

 「この世は六角形で溢れている……」

 「…………」

 「この岩石しかり、氷の結晶しかり、蜂の巣しかり……。この世のあらゆるもので一番安定しているのが六角形という形状だ」

 「……」



 えっ……ヤバい。……キモイ、キモイ、キモイ、キモイ、キモイ、キモイ!!! な、何なのこの人……超キモイんですけど!? 何でずっと石を見つめてんの!?……聖女のあたしほっとかれてるんですけど!?

 ……というかまさかあたしが呼ばれたのって。


 「あ、あの……つ、つまり……あたしを六番目の聖女として呼んで世界をその六角形みたいにしようって……そういうことですか? 」

 「おおっ、そうだ。流石は俺の妻になる聖女。合理的な考え方が出来ているな」

 「さよなら……」

 「おい、だからどこに行くん」

 「出ていくんだってば!! そんな理由であたしを呼ばないでよね!? 」



 あたしはキレた。いくらなんでもそんな理由で呼ばれたとは思わなかった。あんな汚い石と同じ理屈で他の聖女たちとのバランス取りをあたしにしろっての!? 冗談じゃない。……たしかにこの国は救いたいけど……それはこの王子と結婚せずとも何とか救って見せる。あたしはそう決意して扉を開ける。



 「出て行ってどうするんだ? この本に書いてあるみたいにどこかの王子に拾ってもらうのか? 森に行ってひっそりと1人で暮らすのか? 」

 「関係ないでしょ……」

 「関係ないことはない。アリス、お前はこの国を……世界を救うために必要な聖女なんだぞ? 」

 「…………え? 」



 あたしは王子の言葉に反応した。この国を……世界を……救う。そうだ、後ろにいる男は六角形が美しいとか言うキモイ理由であたしを呼んだ。でも、今のあたしは聖女だ。どんなに王子がキモくても、どんなに王子がクソでも、聖女のすべきことは変わらない。あたしは思い直し、開けていた扉を閉め、王子の方を振り返る。



 「良しっ、やっぱりこんな感じがいいんだな。うんうん……」

 「……何を……読んでるんですか? 」

 「ん? 何ってアリスが持ってきた本だ。この本の印が付けられている場所を読み上げたんだ」



 …………あ~~、なるほどねぇ。道理でいい言葉だと思ったら、なぁんだ……あたしのラノベの中に書いてあった台詞かぁ……って!! 



 「何してんの!! 勝手にあたしのラノベの台詞を読むな!! あたしの引き留めにラノベの言葉を使うなぁ!! 自分で考えた言葉であたしをちゃんと引き止めなさいよぉ!! 」

 「だって、こっちの方が合理的だろ? この印が付けられてる文章。アリスが好きな言葉なんだろ? 」

 「そ、それは……そうだけど……」

 「だったら、俺が考えた言葉よりもこれを読んだ方が合理的にアリスを引き留められる。実際にそうだったしな! 」

 「ぐっ……。そ、そういう問題じゃなぁあい!! 」



 赤の王国の王子、アルノワは聖女として国を救うというあたしの大きな決意にさえもあたしのラノベの言葉を使う程の合理主義者だった。


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第六聖女として転生した私の婚約相手は超合理主義王子でしたーたしかに最後は結ばれるかもだけどやっぱり多少は恋愛したい!ー ツーチ @tsu-chi

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