運命

あれからしばらくたった頃だろうか。

あの日の出来事などもう忘れ去っていた。

ただ何となく、1人で飲むのも寂しいなと思って連絡先を開く。

正直わざわざ連絡してまで一緒に過ごしたい人はいなかった。

(やっぱり一人でいいか)

そう思って携帯を伏せた時、震えた携帯はあの男の名前を指していた。

『久しぶり。今この前行ったバーで飲んでるよ。良かったらおいで。』

絵文字も何も無い簡潔なメッセージだったがあの男の少し微笑んだ憎たらしい顔が安易に思い浮かんだ。

............


結局飲みの誘いを断れない性分が出てしまった。

またこの男と飲むことになるとは。

「本当に来てくれたんだ。フッ軽って言ってたけど、本当だったんだね。」

そう言って笑い、どうぞ。と隣の席の椅子を引いた男は成瀬 功(なるせ つとむ)。

「いやー。お酒が絡むとつい。」

もうここはノリで行くしかないとおどけて返事をした。

それからどのくらい飲んだだろうか。

珍しくテンションを上げていたせいか私はかなり酔っ払ってしまっていた。

「ほんとよく飲むよね。楽しいよ。」

成瀬はクッとグラスに残ったウイスキーを飲み干した。

「酒がないと生きていけないですからねぇ。」

私も合わせてグラスを空ける。

「生きていけないって、子供出来でもしたら辞めないとだよ?」

この手の話は苦手だ。

結婚をする事が当たり前だと言われているようで。

「まあ。結婚も出産もする気ないので!お酒の方が大事ですね!」

つくづく最低だとは思うが、そういうことが私にとっての幸せでは無いのは確かだ。

成瀬ははなちゃんらしいね。と笑ってこの話を終えた。

「そろそろ出ようか。」

と成瀬が口を開いた頃には、私は目が座っていたのだろう。

少しフラつた足取りで店を出た。

「大丈夫?送っていくよ。」

腰にそっと手を添えてくる成瀬を

「大丈夫です!全然余裕で帰れるんで!」

とやんわりかわし歩き出すと、

「心配だからそこまで送る。」

隣を歩き出した。

お互いに何となく黙ってしまい、気まずい空気の中、一歩一歩いつもよりゆっくり、相手の出方を見るように歩いていく。

家までの道がこんなにも遠く感じることがあっただろうか。

私が沈黙に耐えられず口火を切ろうとした頃。

「俺さ、正直運命的な何かを感じてるんだよ、はなちゃんのこと。」

成瀬はいつになく真剣な顔で、でも目は合わさずぽつりと喋りだした。

「はぁ。」

私はなんのこっちゃと思いながら、その真剣さに圧倒されてだまって話を聞くことにした。

「酒飲んで言うことじゃないかもだけど、付き合うとかそういう以前に。どんな形であれ、これからはなちゃんとはずっと疎遠になることは無い。って思ってるよ。」

「...。」

そんなことを言って私にどうして欲しいんだ。

とりあえず酔った頭ではそれしか思いつかなかったが、普段と違う真面目な顔に、そうなんだろうな。と納得してしまう自分がいた。


きっとこの時から、私はこの人をもう少しだけ、知ってみたいと思い始めていた。

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