第7話 再び異世界へ

「悠! どこ行くんだ?」

「あれ利津、部活は?」

「休憩~」


 放課後学校のグラウンド近くを横切っていると、たまたま利津と鉢合わせた。相変わらず機嫌が良さそうだ。


「そっちなんもねぇぞ」


 旧校舎以外は。


「うん。だから散歩」

「散歩~? ジローいないじゃん」


 同級生は部活の見学や、すでに入部している生徒も多い。悠はそのどちらにも当てはまらない。放課後になるとすぐに家に帰り、ジローと散歩をしていたことを利津はもう知っていた。


「ワフッ!」

「えっ!?」

「ええっ!?」


 突然茂みから現れたジローに驚いたのは利津だけではない。飼い主である悠も驚いていた。


「脱走したの!?」

「ワフ~」

「なんだよ。待ちきれなかったのか?」


 くすくすと利津は柔らかく笑う。この笑顔に落ちる女子は多い。


「最近なんかあった?」

「え?」


 ジローの首を撫でながら視線は悠の方には向けない。興味はないけど聞いてみたという風を装っていた。


「いや別に……」

「そっか」


 野球部の方から集合の声が聞こえてきた。


「俺行くわ」

「お疲れ~」

「そっちは危ねぇから気をつけろよ」


 フリフリと左手を振って、小走りで去っていった。


「幼馴染パワーってすごいなぁ」

⦅ハルカのこと、ちゃんと見てるんだね⦆


 自分の事を気にかけてくれる人がいるのは嬉しい。


 旧校舎はあの日と同じだった。

 チャッチャッチャと軽快に歩くジローの足音が悠は好きだ。その音が校舎の中でリズミカルに響く。どちらからともなく、1人と1匹は音楽室へと足を進めた。


「まだある」

⦅あるねぇ⦆


 悠はそっと丸い鏡に触れた。もちろん何も起こらない。


「あっちの世界の人たちは大丈夫なのかな?」

⦅そんなのハルカには関係ないよ。アチラの事はアチラの人間が何とかすべきだって王子様も言ってたじゃないか⦆

「それはそうなんだけどさ……」


(だけどもしこの世界が大変な目にあったら、異世界からでもなんでも助けてもらえるなら助けてもらいたいじゃん)


 たまたま今回その役目は自分にふってきたのに、それを放棄して逃げたと今更ながら罪悪感がわく。


「偽善なのはわかってる。だけど自分にできることはしたいって思うのも本当なの」


 ジローには素直になれた。どう思われてもいいというより、きっとジローはこんなことで自分を嫌わないと思ったからだ。


「簡単に行き来ができたらな」


 そっと鏡をさする。悠の行き来にはそれなりの儀式が必要そうだった。


⦅なぁんだ。そんなの僕が簡単にできるのに⦆


 何でもないことのようにジローは言う。

 

「どういうこと?」


 悠は目を丸くしていた。


⦅僕には別にたいしたことじゃないよ。人間はどうか知らないけど⦆


 少し得意気だった。


「な、なんで?」

⦅わかるんだ。喋れるようになった時と同じように、出来るってわかる⦆


 鏡の方をみて自信と確信を伝えるよう、はっきりと言い切った。


⦅それよりハルカ、本当に行っていいの? きっと大変だよ⦆ 

 

 どのくらい大変かは予想が付かない。ジローにも、もちろん悠にも。


「行く! だって一番気になってたこと、ジローが簡単に解決してくれたんだもん」


 ジローは嬉しそうだった。そっけないふりをしてもやはり故郷の様子は気になっていたのだ。


⦅でも僕にとってはハルカが一番大事なんだ。それだけは忘れないで⦆

「ありがとう……」


 ギュッとジローを抱きしめる。


 ジローの鼻先が鏡に触れた。すると鏡は水面のように揺らぎ、ゆっくりと光を放ち始める。


「行こう!」


 悠はジローに続いて鏡の中へと入っていった。

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