第6話 家
悠は旧校舎の音楽室に立っていた。夕日が差し込んでいる。
「夢……」
「バウ!」
「なわけないか」
よしよしと先程よりずいぶんと小さくなったジローを撫でる。
「ついてきちゃったかぁ」
困ったなぁと言いながらも嬉しさを隠せない。
ジローはあの出来事が夢じゃないという証拠だった。それにとても可愛い。
「どうしたのよその犬!」
「スピッツかハスキーか?」
案の定母親は大声を上げたが、そもそも家族皆動物好きだ。全員がジローを撫で始める。
「……拾っちゃった」
「えぇ!?」
「まぁまぁ。こういう時ってどうするんだ?」
「えーっと、動物愛護センターと警察に連絡するみたい」
父親が母親をなだめ、弟の正樹がスマートフォンで調べる。母親はなんだかんだずっとジローをさすっていた。
「それであの……飼いたいの!」
悠は意を決して伝えた。ドキドキと心臓の音がどんどん大きくなっているのがわかる。養子の件を知ってから、家族に負担をかけることに抵抗があったが、ジローとはどうしても一緒にいたかった。
「でもこんなに毛並みが良くて可愛い犬、飼い主がいるんじゃない?」
「そうだなぁ」
残念そうに父親も呟く。
(私なんだけど……)
とは口に出せない。
「とりあえず聞いてみましょう!」
そう言って母親は正樹から聞いた番号に電話をかける。
電話をする母親の声が気になって仕方ないようで正樹はソワソワしている。ジローが可愛くて仕方ないのだ。
「犬が逃げたって届出はないって。飼い主が見つかるまで保護してもいいらしいわ」
チラッと父親の方に目をやった。
「そしたらしばらく我が家にいていただこうかな!」
「いいの!?」
「やったー!」
予想よりずっと簡単にジローが受け入れられて肩透かしを食らった気分だ。帰り道にあれこれ考えた言い訳や説得の言葉は何一つ使う必要がなかった。
「飼いたいんだろ?」
「うん……でも」
「ちゃんと面倒みるのよ!」
母親も嬉しそうだ。
「もちろん!」
「俺も散歩行きたい!」
家族皆、ジローを含め皆が嬉しうてたまらないという表情だった。
「お利口さんだねぇ」
悠のベットの側で、大きな欠伸をするジローに優しく声をかける。
(元いた世界から離れて辛くないのかな)
ジローが飛び込んできたとはいえ、自分の都合で連れて来てしまったような気がしていた。
「ごめんね。私のせいで」
ジローは言葉がわかっているようだ。だからこそ悠は言葉に出して謝った。
その時、むくっと起き上がったジローの方から信じられない声が聞こえてきた。
⦅自分の居場所は自分で決めるから大丈夫⦆
ジローと目があう。
「喋れるの!?」
⦅どうやらそうみたい⦆
本人はそんなに驚いていないようだ。
⦅僕はこの家とっても気に入ったよ! ハルカの家族も!⦆
「そう……」
自分の家族が褒められたのは嬉しい。だけどどこか少し複雑な気分だ。
(皆、わざと私を傷つけてるわけじゃないのに)
自分が傷ついていることを家族に伝えていないのだから、理不尽な怒りだとはわかっている。このどす黒い感情を消すことが出来ない、恨みがましい自分が嫌だった。
それから1週間、ジローは大人しく宮坂家の犬として過ごし、悠が抱く一方的な家族への怒りのいい緩衝材になってくれた。ジローがいてくれるだけで悠は心強かったし、家族の前でもいつも通りに振舞えたのだ。気持ちも落ち着いた。
気がかりなのは異世界のことだ。
(あの王子様、大丈夫って言ってたけど……)
自分の手を見つめながらあの日のことを思い出す。あれだけ苦しんでいる人はきっと他にもいるはずだ。
悠はあの時、自分のことを優先した。困っている人がいることはわかっていたのに。気が付いてないふりをした。それがずっと引っかかっていた。
(だけどどうしろって言うの)
自分自身に問いかける。考えたってどうしようもないことだ。
だが結局その日の放課後、悠はまた旧校舎へと向かった。
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