第4話 聖獣

「ワフッ!」


 悠の側に、先ほどまで床で項垂れていた大きな真っ白の犬がやってきた。


「可愛い~!」

 

 この犬はいつからか神殿に居ついて人々をその愛嬌で癒していたそうだ。


 悠は動物が好きだ。家では飼ったことはないが、祖父母の家には動物がたくさんおり、休みの度に会いに行くのが楽しみだった。


(もう二度と会えないのかな……)


 真っ白な犬の首元を撫でながら少し寂しくなった。


(この世界でやってかなきゃ)


 不安な表情を察してか、犬は小さく悠の頬を舐める。


「ふふ。優しいね」

「ハルカ……」


 ギルベルトも表情を見て気が付いた。つい先ほど帰れるかどうかわからないと告げたばかりだ。それもこの世界の都合で。


「この子の名前は?」


 自分の弱さを知られたくなくて、悠は話をそらした。それがかえってギルベルトには痛々しく思えた。


「ございません。どうか聖女様が」

「いいの!?」


 神官に言われて少しだけ考える。


「じゃあジローで!」


 祖父母が飼っている犬の名前が『イチロー』なのだ。


 「よろしくねジロー!」


 そう言ってジローの頭を撫でると、その犬が笑ったように見えた。そして次の瞬間、体が先ほどの祈りの時と同様に白く光り始める。


「えっ!?」


 ギルベルトはすぐに悠の体を抱き寄せ、庇うように自分の後ろへとやった。


「ワフーッ!」


 光がゆっくりと収まると、先ほどよりさらに大きくなったジローがそこにはいた。たてがみに金色混じりになり、爪は黄金のように輝いている。


「聖獣だ! 聖女様から名を貰い受け力を得たのだ!」


 今の光景を見ていた神官が騒ぎ、周囲もさらに盛り上がり始めた。


「ああ! これでこの国は救われる……!」


 悠は怒涛の展開に眩暈がしたが、人々の喜ぶ顔をみて少し嬉しかった。


 案内された城の部屋の大きな窓から綺麗な夕日が見えた。城下町が一望出来るその部屋は、豪華な調度品ばかりで落ち着かない。


「この世界にも太陽はあるんだ」


 豪華で大きなベッドは隅々まで細かな彫刻が施されていた。


(お姫様の部屋みたい)


「ワフ!」


 大きなジローが一緒にいても大丈夫なのだから、やはり1人で使うには広すぎる。


「ジローがいてくれてよかった」


 いなければ、この世界でも孤独感に包まれていたかもしれない。


「……これからどうなっちゃうのかな?」


 ジローを撫でながら独り言のようにつぶやく。弱気な言葉に釣られるように、緊張の糸が切れてしまった。


 先ほど、ギルベルトの父と弟を浄化した。2人とも聖女に深く感謝し、そしていつまでもこの国にいてくれと頼まれたのだ。最高の待遇も約束してくれた。

 悠は曖昧な返事をし、それで自分はまだ元の世界に未練があるのだと気が付いたのだ。


(こちらの世界にいたら私を必要としてくれる人たちがいる。なのに……)


 今日の出来事を話したい人は元の世界にいた。この世界は自分を歓迎しているのに、なぜまだ孤独感があるのかわからない。


「ゆり~利津~……お母さ~んお父さ~ん正樹~……」


 ポロリと涙がこぼれた。これまでずっと泣かないように我慢していたのに。ジローのふわふわで綺麗な白い毛に埋もれて声を殺して泣いた。


「ハルカ?」


 ノックして入ってきたギルベルトに泣いてる所を見られまいと、急いで涙を拭う。


「ちょっと! 女子の部屋にノックの返事を待たずに入ってくるなんてあり~?」


 ふざけて誤魔化そうとする。長らく他人の前で泣いたことなどない。せめて涙の理由に触れて欲しくないと、あえて普通に振舞う。


「……俺は王子だからなんでも許されるんだよ」

「越権行為!」

「そんなものはない。王子だからな」

「なにそれ!」


 悠は泣き笑いしていた。ギルベルトは悠の望み通り、泣いていることには触れなかった。だが少し寂しそうな笑顔になって、


「行こう」

「へ?」


 そう言って悠の手を優しく引いて歩き始めた。ジローも黙ってその後に続く。


「神殿?」


 辿り着いたのは召喚されたのと同じ空間だった。

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