第3話 聖女
大神殿の一角にある大部屋に向かうと、多くの人々が床に横たわっていた。皆苦しそうにしている。年齢も性別も様々だ。なにやら犬までいる。
「全員が瘴気にやれれている」
悠はこれが現実だとは思えなかった。黒い煙があたりに浮遊している。
「ハルカに移ることはない。安心しろ」
「そんな……」
怯んだことがバレてしまい、恥ずかしいような、気まずいのような気分になる。
(せっかく異世界にきたのに、カッコ悪いな……)
ギュッと自分のこぶしを握り締めた。
「できなくてもお前のせいじゃない」
慰めなのか、諦めの言葉なのかわからなかった。
「こちらが勝手に呼び出しただけだ。こちらの都合でな」
(なによ。もっと期待してくれてもいいじゃない)
だがギルベルトの表情を見て、彼は自分に言い聞かせているのだと分かった。もうすでにたくさんの悲しみを背負っている。うまくいかなかった時の落胆が辛いのだ。
「……私、帰れるの?」
ここが異世界だと知った瞬間から頭の隅に会った疑問だ。あえて考えず、口にも出さなかった。自分が元の世界に帰りたいか、帰りたくないかわからなかったのだ。
「……わからない」
言いにくそうに目をそらした。無礼な態度をとるわりに、悠には申し訳なく思っているのだ。
「……じゃあ頑張らないとね!!」
「え?」
急に元気をだした悠の方を向いて驚いた顔をする。
「ここに残るならちょっとは役に立たないと!」
(自分の居場所は自分で作ろう)
ニカっと元気よく笑った。今度はちゃんと笑えているのがわかる。
(そうそう。これが私だ。私が好きな私だ)
ウジウジと暗いままの自分は好きになれない。だから自分を持ち直すきっかけが欲しかった。それが異世界召喚だとは思わなかったが。
「そうか」
そう言って優しく笑うギルベルトに、悠は目を奪われた。
(見たことないくらいイケメンだ……)
あまりに突飛な出来事が起こったせいで認識が遅くなったが、ギルベルトは悠が見たことのある誰よりも顔が整っていた。
「ああ! ありがとうございます聖女様……!」
そう言ってまたローレルは涙を流していた。いちいち大袈裟に反応する。
「それでどうすれば……?」
素直に浄化方法を尋ねる。
「聖女の力は祈りによって発現する」
「それだけ?」
「ああ。強い気持ちが大事なんだ」
半信半疑だった。気持ちだけでどうにかなったら今ここに倒れている人はいないのではないかと。
「疑うな。ハルカになら出来る。俺が召喚した聖女だぞ?」
ギルベルトは悠の気持ちを察し、冗談を言って彼女をリラックスさせようとしていた。
「あはは! 自信家なんだね」
「なんたって王子だからな」
そう言いあって笑った。
「ふー……」
(気持ちが大事)
悠は余計なことを考えるのをやめ、部屋をゆっくり見渡す。
(この人たちが苦しいままは嫌だな)
可哀想ではなく、嫌だ、という感覚が近い。人が苦しむ姿を見るのは辛い。自分が嫌だった。
生まれた世界も違う人々だ。だけどこんな理不尽に苦しんでいる人を自分の祈りで、気持ちでどうにかできるのなら。
悠は自然と祈りのポーズをとった。手を組み、目を瞑る。
「おぉ……!」
優しい、白い光が部屋中を包んだ。
「……どう?」
悠はゆっくり目を開ける。ちゃんとできたか少し不安だったのだ。それに少しぼーっとしてうまく頭が働かない。
「聖女様ー!」
「!?」
ローレルが勢いよく抱き着いた。
(いい匂い……)
ぼんやりとした頭でそんなことを考えていると、ギルベルトが無理やりローレルを引き離す。
「おい」
「はっ! 申し訳ありません!」
ペコペコと頭を下げる。
「ハルカ。お前のお陰だ」
「え……?」
見渡すと、人々は我が身に起きた奇跡に喜びを隠せないでいる。
「ありがとう」
先ほどまでの偉そうな態度からは考えられないほど丁重にギルベルトは頭を下げた。
「聖女様……! ありがとうございました!」
神官たちから悠のことを聞いた患者たちが感謝の声を上げる。
「手でも振ってやってくれ。喜ぶ」
ギルベルトに促され、少し照れながら小さめに手を振ったのだった。
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