第93話 ぬめぬめなる脅威
「あなたがリナルド伯ですか。助けてくれてありがとうございます。アタシはミラ。異国の地にてディガーをしています。こちらは友人のクララです」
ミラがリナルドに挨拶をする。リナルドはそれをミラの方を見てうなずいた。
「なるほど。異国の者か。だから、わざわざこんなダンジョンに来たのか。ハワード領の人間ならば、ダンジョンには入らないからな」
ミラはリナルドの話を聞いて、ディガー協会での出来事を思い出す。このリナルドが強すぎたせいでダンジョンのレベルが上がり、ディガーたちがダンジョンを攻略できなくなってしまっているのだ。
「これでわかっただろう? ハワード領のダンジョンは危険だ。だから、立ち去ると良い。見たところ、そなたたちは強くて見込みがあるディガーだ。適切なレベルのダンジョンで鍛えると良い」
リナルドはミラたちに帰るように促す。2人のことを思ってのことではあるが、要約すると戦力外だから大人しくしていろということだ。プライドが傷つけられたミラは相手が辺境伯であろうと少し反論をしたくなってしまう。
「お言葉ですが、リナルド伯。アタシたちは確かに貴殿のようなパワーはないかもしれません。しかし、アタシたちは優秀な補助魔法を使えるのです。連れていけば役に立てるはずです」
「ふむ。なるほど。ちなみに使える魔法の色は?」
「赤と黄」
「私は青と緑です」
「なるほど。私は黄と緑だ。確かにこれから先のダンジョンで、赤と青の補助魔法が必要な時がくるかもしれない」
リナルドは柔軟に物事を考える。今までのダンジョンは自分の力だけでどうにかできたかもしれないけれど、このダンジョンがそれと同じである保証はどこにもない。パワーだけでは解決できない問題が発生することだってありえる。
「よし。わかった。最低限足手まといにはならなさそうな身のこなしはできそうだ。命の保証はできないが、それでもいいなら私についてくると良い」
リナルドはそう言うとミラとクララを追い抜いてスタスタとダンジョンを進んでいく。小さくなっていく彼の背中を見ながら、ミラとクララも後に続いた。
「ねえ。ミラ。勢いでこのダンジョンに進むことになったけど大丈夫かな?」
「さあな。ただ、アタシたちも役に立てるところを見せなければ、リナルド伯に失望されるだけだ。このハワード領の最高権力者に取り入ることができるチャンス。無駄にするわけにはいかない」
「そうだね。この領地で最も偉い人ならなにか情報を知っているかもしれない」
2人の目的はあくまでも防具鍛冶である。リナルドならばそのことを知っているかもしれない。情報を引き出すためにはまずは関係を築かなければならないのだ。
◇
巨大なクモの邪霊が目の前に現れた。クモの邪霊は尻から糸を吐き出して、リナルドにそれを絡ませようとしてくる。だが……
「はぁつ!」
掛け声と共にリナルドはクモから出された糸を引きちぎった。クモの邪霊の糸は粘着質でかなり固い物質でできている。それをケーキでも切るかのような軽やかな太刀で切り裂いたのだ。
「その程度の糸で私を止められると思うな!」
リナルドが剣を振るう。クモの邪霊は真っ二つになってしまった。
たった一撃で邪霊を倒すリナルド。クモの邪霊が弱いわけではない。このクモも先ほどのミミズの邪霊と比べて劣らぬ強さを持っている。ただ単にリナルドが強すぎるのである。
リナルドは何事もなかったかのように前に進む。その後を遅れてついていくクララとミラ。
「ねえ、ミラ。リナルド伯が強すぎて私たちの出番がないんだけど」
「ああ、雑魚を一撃で倒せるくらいには強い。ならば、せめてボス戦ではサポートできるようにがんばろう」
もう、その辺の一般の邪霊を相手にして活躍するのを諦めた2人。前衛のリナルドが強すぎて、彼1人でも十分な状態である。後衛の2人が役に立てることはほとんどなかった。
リナルドは歩く速度も速かった。身体能力が高いクララも気を抜けばすぐに置いていかれてしまうほどである。クララと比較して身体能力が低いミラは更についていくのが大変である。
「どうした? ついてこないのか?」
リナルドは後ろを振り返ることなく背後のクララたちに声をかける。ついていけないなら置いていく。そういうことだ。ここで女子だろうがなんだろうと相手がディガーであるのならば、そこに配慮を求めてはいけない。そういう厳しい世界なのはわかっている。しかし、クララもミラも配慮をしてくれるアルドと一緒にいた期間が長くて、そういう厳しさを忘れていた部分はあった。
むしろ、リナルドは優しい方である。もっと冷酷な人間ならば、声すらかけずに置いていくことである。それだけダンジョン内においては足手まといを抱えるリスクは大きいのである。
「平気です。ついて行けてます!」
ミラが歩く速度を上げる。少しだけ息が切れるも、リナルドに追い付けないほどではなかった。
「そうか。すまないな。このダンジョンを今日クリアするとしたら、これ以上歩行ペースは下げられんのだ」
「えっ……」
リナルドはこれでもクララとミラのペースに合わせている方であった。普段のペースで歩いているわけではない。ということは、2人がいるだけでまるで足手まといということだ。
「すみません。その私たちのせいで」
「クララが謝ることではない。最終的に連れていく判断をしたのは私だ。ならば、その結果どうなろうと、私に責任がある」
気まずい空気が流れる。クララたちは決して足手まといになるつもりはなかったのに、まるで役に立ててない。その実力にすら至っていない。それがたまらなく悔しかった。
◇
「ここがダンジョンの最奥だ」
「わかるんですか?」
「このダンジョンも3回目だ。来るぞ」
ボスの邪霊が現れる。大男のリナルドの身長とほぼ同じくらいの体高の紫色のカエルの邪霊。それがすごいスピードで舌を突き出してリナルドに攻撃を仕掛ける。人間の拳よりも速いその舌での一撃。スピードが破壊力に乗り、リナルドの胸当てをバコっとヘコませた。
「なるほど。私よりも速く動けるとは中々の強敵だな。だが、その一撃は軽い」
胸当てがへこむほどの威力の攻撃なのにリナルドは全く効いている素振りはなかった。一応は防具でガードはできているもののそれだけである。防具越しに伝わる衝撃がまるで感じられていないってことは、リナルドの信仰は低いタイプである。
「これで終わらせる!」
リナルドが剣を振るう。カエルの邪霊の皮膚の表面。そこに剣が当たる。剣を完全に振り下ろせばカエルの邪霊を斬れる。そう思っていたのに、リナルドの剣はつるんと滑ってカエルの邪霊にダメージを与えるに至らなかった。
「なぬ!」
リナルドは剣を滑られた表紙に体勢を崩した。今までの威厳がどこへやら。少し間抜けな姿を見せてしまった。
「ふむ。困ったな。敵の皮膚は粘膜に覆われている。その粘膜は物理的な攻撃を遮断して受け流す。なるほど。今までに戦ったことがない厄介なタイプだな」
「ゲェコォオ!」
カエルの邪霊の口から黒っぽい紫の球状の塊が出てきた。その球体がリナルド目掛けて飛んでくる。リナルドにその球体が命中する。だが、リナルドは涼しい顔をしている。
「魔法も使えるのか? だが、厄介だな。クララ、ミラ。2人の信仰はどれくらいだ?」
「アタシは高いタイプです」
「私は並程度ですね」
「そうか。なら、ミラは下がっていた方がいいな。今のは邪霊魔法。信仰が高いミラが食らえば無事で済む保証はない」
邪霊魔法の基本的な性質。それは相手の信仰の影響を受けやすいというもの。高ければより高い威力を与えて、低ければ普通の魔法以上に効果がなくなる。精霊魔法の相手の信仰を無視する形質と真逆である。
「物理的攻撃が効かない以上は魔法で攻めなくてはいけないけど……邪霊魔法の使い手なら話は変わってくる。信仰が高い魔法をぶつければ良いって単純な話でもなくなる。さて、どうしたものかね」
リナルドはアゴに手を当てて考え始める。
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