第92話 ハワード領のダンジョン
クララとミラはハワード領にて情報収集することにした。
「この辺で防具の素材を買い取っている女を見なかったか?」
「いや……知らんな。このハワード領でわざわざ素材を買うやつなんているのか?」
ミラが尋ねても市民たちは知らない様子だ。
「ねえ、この辺で防具の素材を売っている店を知らない?」
「この辺じゃ素材は売れないよ。まあ、転売目的で買う人間はいるだろうけどね。そういう人間は独自の交通ルートを持っているのさ」
「それじゃあ、防具を売っている人は?」
「んー……知らないよ」
「そうですか」
クララの方も収穫はなし。防具鍛冶の女は細々とやっているのか、全く足取りを見せない。
ミラとクララは一旦合流してお互いの情報を交換した。だが、2人とも有力な情報を掴めずにいた。
「うーむ……これはもうちょっとルーファウスから情報を引き出すべきだったか?」
防具鍛冶の手掛かりは女であること。それと、ハワード領に拠点を構えていることくらいしかない。
ハワード領にいる女性。それは該当人物が多すぎて絞りきることはできない。
「うーん。もしかして、防具鍛冶の女って素材を買ってないのかもしれない」
クララの何気ない発言。だが、ミラはそれにピンときた。
「買ってない。そうか。クリアされた後のダンジョンならば、安全に採掘することができる」
「ってことは、犯人はディガー?」
「まあ、今時、ディガーの女なんて腐るほどいるからな。アタシたちもそうだし」
男女の肉体差は確かにある。しかし、それはマナの使い方を知らない者同士の話である。女性でもマナの力を使って身体能力を強化すれば男性にも劣らない力を身に着けることはできる。それに比べたら元の身体能力は誤差みたいなものである。
事実、クララとミラは男性ディガーにも劣らぬ活躍をしている。
「うーん……それじゃあさ。私たちもクリアされたダンジョンに行ってみよう。そこなら情報が集まるかもしれない」
「あんまり気乗りしないな。自分がクリアしてないダンジョンを採掘するのは」
今までダンジョンをクリアすることを目的として活動してきただけに、他人がクリアしたダンジョンを狙うのはどうにも卑怯な気がしてならないミラ。
だが、他人がクリアしたダンジョンも採掘できるのは、ディガーに認められた正当な権利である。決して卑怯などではない。
そうしなければ、ダンジョンをクリアする実力がない者はいつまで経っても利益を得ることができなくなってしまう。利益が出なければ装備の更新もできないし、ディガー全体を強くすることを考えたら、決して悪くない風習ではある。
クララとミラは直近のクリアされたダンジョンに向かった。しかし、そこにはあまり人がいなかった。
ダンジョンの入り口で寝そべっている男性が2人に気づく。
「ん? アンタたち遅かったね。ここのダンジョンはもう大体採掘し終えたよ。今行っても残っているのはクズ素材だけじゃないかな」
男性はあくびをしてまた寝そべる。
「あの……あなたは何をしているんだ?」
「ん? 俺か? 採掘で疲れたから休憩してんのさ。俺はアーティスト。素材の一部には画材道具に使えるようなものもあってさ。クズ素材も見た目が鮮やかなら砕けば絵具になるってわけ。だから、みんなが取り残したクズ素材を集めてんのさ」
「廃材アートと言うやつか?」
「ああ。そうさ。そのままクズにするか廃材にするか。それは扱う人間によって変わる。どんなものも使いようよ。この世に無駄なものなんてないのさ」
深いようでそうでないような話を男性から聞いた2人は、ここにはもう防具鍛冶の手掛かりがないと諦めた。
「どうする? ミラ」
「うーん……」
ミラが考え込む。ダンジョンがクリアされていなければ、防具鍛冶は現れないと予想した。
「先んじてアタシたちがダンジョンをクリアすればいいんじゃないか?」
「うん。そうだね。誰かがダンジョンをクリアしてくれるのを待つだなんて私たちらしくないもん!」
2人の意見が一致した。2人はディガー協会に出向き、現在のダンジョンの位置を確認した。とりあえず、街から最寄りのダンジョンへと足を踏み入れる。
「この洞窟がダンジョンか」
「いかにもって感じだね」
「いいか? クララ。危なくなったらすぐに逃げよう。アタシたちはまだここのダンジョンがどれだけのレベルなのかを知らない」
「そうだね。でも、言うほど危険じゃないと思うな」
「ほう、その根拠は?」
「だって、リナルド伯って人が1人でダンジョンをクリアしているんでしょ? いくら強いからと言って1人でクリアできるようなレベルだとそこまで邪霊は強くはならないんじゃない?」
「まあ、それはそうだが、油断は禁物だ」
「うん。わかってるって。それじゃあ行こうか」
前衛のクララが最初に足を踏み入れる。そして、後衛のミラが続く。
「なんか……嫌な気が満ちている気がする」
「ああ。全身を針で刺されたようなひりつきはアタシも感じている」
「この洞窟特有の現象なのかな?」
「さあ?」
クララはミラが魔法で照らしてくれている灯りを頼りに洞窟内を進んでいく。
そして、クララの目の前に邪霊が現れた。巨大はミミズの邪霊。全長が2メートルほどもある。
「うへぇ、気持ち悪い。素手で殴るのは嫌だから魔法使っちゃおっと。アイシー!」
クララは氷の魔法をミミズの邪霊へとぶつけた。しかし、ミミズは氷塊をぶつけられてもまるでダメージを受けていない。
「ええ……私も魔法が通用しない?」
「信仰が低いタイプなのかもしれない」
「じゃあ、私が素手で殴らないとダメじゃん!」
早くもこの場にアルドがいないことを嘆くクララ。物理攻撃ならば、相手の信仰に関係なくダメージは通る。
物理主体のアルドは安定して戦える貴重な存在である。
「落ち着け。クララ。精霊魔法の特性を忘れたのか? 信仰が低い相手にはそれだ!」
魔法攻撃は、相手の信仰の高低によって効果が変動する。だが、精霊魔法は相手の信仰に関わらずに効果がある特性を持つ。
「そうだった。ピクシード!」
クララはバルカン砲のような攻撃をミミズの邪霊に向かって飛ばした。ピクシードがミミズの邪霊に命中するも、ミミズの邪霊はものともしない。
「困った。ミラ。精霊魔法も通用しない。これってもしかすると……」
「ああ。単純に“強い”ってやつだ」
ミミズの邪霊が暴れる。攻撃をされたと認識して、クララに向かって突進を仕掛ける。
「わわ」
クララは攻撃を回避した。そして去り際にミミズの脇に思い切り蹴りを入れた。
「てい!」
靴越しなら平気と見せかけて、それでもミミズのぐにゅって感触が伝わってきた。
「うへえ。気持ち悪い」
クララの打撃でもダメージをそんなに受けていない。
「クララ。選択肢が2つある。1つは合成魔法でこいつを倒せるかチャレンジすること」
合成魔法は放つのに時間がかかるものの、その分強力な攻撃を放てる。
「もう1つは逃げる。さあ、どっちお選ぶ?」
「無理。合成魔法打てるような隙がない」
「じゃあ、逃げるんだ」
クララとミラは尻尾を撒いて逃げ出そうとする。その時だった。
ヒュンと風切り音と共に、ミミズの邪霊が縦に真っ二つに切れた。
「えっ……!?」
ミラが背後を振り返るとそこには筋骨隆々で高そうな鎧を身にまとった戦士がいた。
「驚いた。まさかこの私以外にダンジョンに潜る者がいたとはな」
戦士はもう1度剣を振るう。ミミズが斬られてバラバラになる。
「あ、あなたは一体……」
「ん? 私を知らぬのか。なら、ハワード領の人間ではないな。ふむ……まあ、自己紹介をしよう。私の名は辺境伯のリナルド。この領地を任されている者だ」
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