第84話 娘と過ごす日々
朝霧の森のダンジョンをクリアしたアルドたちはそのまま解散した。最後の方にイーリスがぽつりとこぼした「ハワード領に行きたくない」その発言がアルドの中で引っ掛かりを覚えるがそれだけだった。子供が大人には理解できないワガママを言うのは仕方のないことと思い、イーリスに言及することはしなかった。
翌日、アルドはイーリスを家に留守番させてクララとミラのところに向かった。
「さて、これからのことを話し合おうか。アタシたちは、ハワード領に向かおうと思っている。例の誘拐事件が防具鍛冶に関係しているのであればアタシとしては見過ごすわけにはいかない」
ミラとしても妹のようにかわいがっているイーリスが誘拐され、最愛の弟のホルンも誘拐されかけた事件である。同様の事件が起きないように先手を打てるなら打ちたい気持ちはある。
「問題はイーリスちゃんだね」
クララの言葉にアルドがうなずいた。
「僕もハワード領に行きたい気持ちはある。しかし、イーリスが行くのを嫌がっている以上は無理に連れて行くこともできないし、イーリスを1人置いて遠い地に行くこともできない」
ハワード領は日帰りで行けるような距離ではない。当然、ある程度の期間は家に帰れないことを覚悟しなければならない。1日、2日、家を空けるとはわけが違う。イーリスはまだ11歳の子供である。長期間1人で放置しては良い年齢ではない。
「イーリスが行く気がないなら……僕はこの地に残る。悪いけれど……僕はイーリスのことを何よりも優先したい」
アルドは公的な正義の味方ではない。事件を調査して解決する義務はどこにもない。ただ、自身の正義感を胸にできうる範囲で動いているだけなのだ。ただ、その正義感以上にアルドにあるのは娘のイーリスに対する愛情。娘とこの世のその他大勢の事象に関しては天秤にかけるまでもないことだ。
「そうか。アルドさんはイーリスちゃんのことが好きだからな。アタシとしてもアルドさんのそういう家族愛にあふれるところを尊敬している部分はある。今回の件に関しては仕方ない。アタシとクララでなんとかするしかないか」
アルドとイーリスが欠けるのは、ミラとクララにとっても大きな痛手である。邪霊の攻撃をその身に受けてみんなを守るアルドと、魔法が強力で更に邪霊魔法という独自性を持つイーリス。どちらも頼りになる存在で、いないだけで大きな戦力ダウンである。
「そういえば、ミラ。ホルン君はどうするつもりなんだ? あの子はイーリス以上に幼い。ハワード領に連れていくつもりか?」
「まあ、そのつもりでいる。一応は向こうで借りぐらしをする予定だからな。道中はペガサス馬車で行くから問題はない。流石に子供が歩きで行ける距離じゃないからな。それにホルンも旅行には乗り気のようだ。音楽隊は色んな街を回るからなんとか言ってるからな」
ホルンは音楽隊に憧れている少年である。音楽隊は色んな街を回るので、その度の予行練習だと思えばホルンもハワード領に行くのは悪いことではないのだ。
「それなら大丈夫か。クララ、ミラ。ごめん。今回は僕たちは同行できそうにない」
申し訳なさそうに頭を下げるアルドにクララとミラは慌ててしまう。いくら親しいとはいえ、自分よりも年上の男性が頭を下げる姿は見ている方が申し訳なく感じてしまう。
「そんな……アルドさん大丈夫だよ。別に私たちはダンジョンに潜るわけじゃないし」
「そうだな。ハワード領で防具鍛冶について調査するだけだ。特に戦力が必要ということにもならないだろう」
「それもそうだな……特にハワード領のダンジョンは難易度が高そうだな」
アルドは2人がダンジョンに潜らないと聞いて少し安心した。
「ああ。例の辺境伯の話か。ハワード領にできたダンジョンを片っ端からクリアしていく猛者だ」
「ダンジョンはクリアされすぎると、弱い邪霊がよりつかなくなる。その結果、その地域には強い邪霊ばかりが居つくようになる。私たちの街でも同じ現象が起きてるんだよね」
「ああ。恐らく、リナルド辺境伯はアタシたちよりも強い。となると、そのダンジョンは……まあ、4人がかりで挑むのも無謀と言わざるを得ないだろうな」
ミラが冷静に分析をする。4人が万全の状態でも生き残れるかどうか危うい場所。そこに2人で入るほど、ミラとクララもバカではない。
「まあ、とにかく。アルドさん。防具鍛冶の件はアタシたちに任せてくれ。別に危険があるわけじゃないんだ。そんなに心配しないでくれ」
心配するなと言われても、人の親であるアルドはどうしても年下の2人のことが気になってしまう。いくら強くてしっかりしているとは言え、クララもミラもイーリスよりちょっと年上なだけの女の子なわけで、2人だけで行動させるのはアルドの感覚からするとちょっと危うさを覚えてしまう。
それでも、クララもミラも本人は立派な大人のつもりでいる。となると逆に心配しすぎるのも彼女たちにとっては良い思いはしないであろうことは想像がつく、アルドも記憶がないとは言え、大人と子供のはざまの時期を通って来たのだ。その時の感情がぼんやりと残っていて、大人の心配ほどうるさいものはない気持ちもわかる。だからこそ、アルドができることと言えば――
「ああ、わかった。2人共。くれぐれも無茶だけはしないでくれ」
2人のことを信頼して任せることである。突き放すとは違うけれど、手助けせずに見守ることも少年少女の成長には必要なことなのだ。
「ふっ、こんな事件すぐに解決してまたこの街に戻ってくる。そうしたらまた4人で一緒に冒険しよう」
ミラの頼もしい言葉を発して一応の話はついた。今まで4人で行動していたけれど、ここで2手にわかれることになってしまった。
◇
「お父さん、おかえりなさい」
クララとミラと話をつけてきたアルドは自宅に戻った。アルドの帰宅を察知したイーリスがいつものようにすぐに駆けつけて来る。
「ああ。イーリス。ただいま」
アルドが帰宅して満面の笑みを浮かべるイーリス。その笑顔を見ていると、やはりアルドはイーリスを置いてハワード領に行く決断はできない。もし、イーリスを1人にしてしまったら……この表情がどれだけ曇ることだろうか。想像するだけでアルドの胸が締め付けられてしまう。
「イーリス……クララとミラだけど、2人はハワード領に行くことになった」
「え?」
ハワード領の名前が出た時にイーリスが目を見開いて固まってしまう。
「ああ、別に僕たちは行かないからそこは安心してほしい。ただ、しばらくの間2人とは会えなくなるということだけは伝えておかないとね」
「そうなんだ」
イーリスはそれでも浮かない表情をしている。2人はイーリスにとっても、姉のような存在でいないとかなり寂しいものである。そして、イーリスはその寂しさを埋めるようにアルドの腰に思い切り抱き着いた。
「うわっ……イーリス?」
急にイーリスに抱き着かれてアルドはびっくりした。だが、イーリスは「えへへ」と笑っている。
「2人に会えないのはちょっと寂しいけれど、私にはお父さんがいるもん。えへへ、2人がいない間にいっぱい甘えちゃお」
「全く、イーリスは……」
アルドはイーリスの頭を撫でる。イーリスは、4人でいる時はそこまで過剰にアルドに甘えるようなことはしなかった。流石にクララとミラに遠慮はしている部分はある。しかし、その2人が遠くに行った今となってはアルドと2人きりの時間が増えたということでもある。となると、もう何にも遠慮せずにアルドに甘えることができるようになる。
アルドもそんなイーリスの気持ちを汲んで、思い切り甘やかしてあげることにした。
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