第83話 防具鍛冶の手がかり

 その場に膝から崩れ落ちたルーファウスをアルドがなんとか起こして、ひとまず落ち着かせた。


「とりあえず、ボスは倒した。ここのダンジョンはもう解放されて邪霊の危険は去った」


「よ、良かった……」


 アルドの説明を受けてルーファウスはホッと胸をなでおろした。その間にミラたちがこのダンジョンに封印されていた精霊と話をつけていた。


「お。おお! な、なんだこれは……!」


 ルーファウスの体の底から急激に力がみなぎってくる。それに驚いて気持ちを高揚させる。


「精霊はもう行ったみたい。とりあえず、アルドさんの武器とルーファウスのマナの底上げもしてくれたみたい」


「ありがとうミラ」


 一応はボス戦に参加していたルーファウスも精霊にとってはマナを底上げする報酬を与える対象であった。ダンジョンをクリアしたアルドたちはディガー協会へ事の顛末を報告して、ダンジョンの攻略は完了した。


「それじゃあ……オレはこれにて失礼する」


「待ってくれ。ルーファウス。まだキミの分の報酬を分け与えていない」


 その場から立ち去ろうとするルーファウスをミラが呼び止める。


「報酬もなにも、あれだけ迷惑をかけて醜態を晒したオレに報酬を受け取る資格なんてないですよ」


 ルーファウスは自嘲気味に言葉を吐く。アルドはそんなルーファウスを心配そうに見ていた。


「しかし、僕はルーファウス君から盾を譲り受けている。これだって手に入れるのにタダだったってわけではないはずだ。せめてその分の代金でも受け取ってくれないか?」


 結局、ルーファウスの持っている盾はアルドが引き取ることにした。この盾は処分するか、手にしても問題ないアルドが引き取るかの2択しかない状態であったために、自然な流れで手に入ったのだ。


「いえいえ。むしろそんないわくつきの盾をタダで引き取ってもらえるのはこちらとしてもありがたいです。装備を廃棄するのにも処分費用がかかりますからね」


 初めて会った時の高慢な態度とはうって変わってすっかり腰が低くなってしまったルーファウスに4人は調子を狂わされてしまっている。


「しかし、それではキミが今後ディガーとして活動していくのにも困るだろう。代わりの防具を作るための素材くらいは渡しておく」


 今回はアルドが素材の採掘に大幅に時間をかけたことで、かなりの量の素材を集めることができた。ミラ、クララ、イーリスの分の装備を一新してもお釣りが出るほどの量は十分すぎるほどある。


「そのことなんですけど……オレ、ディガーを続けようかどうか迷っているんです」


 ルーファウスの言葉に4人が言葉を失った。諸事情で引退するディガーは多いが、ルーファウスは本人の精神性はともかく、パーティの盾役として機能するほどのポテンシャルは十分に秘めている。盾役はパーティの要なので、それなりに需要はある。ここで引退するのは非常にもったいないことである。


「そうか。それも1つの人生だな。でも、迷っているだけでまだ確定でやめるというわけではないんだよね?」


 アルドがルーファウスに問いかける。ルーファウスはコクリとうなずいた。


「それならば、一応素材だけは持っていくと良い。もし、続ける気があればそれで新しい装備を作ればいいし、続ける意思がないのであればその素材を売って新しい生活の足しにすればいい。どっちにしろ持っていて損はないはずだ」


 アルドの言葉に強情であったルーファウスもついに折れてしまい、アルドが差し出した素材を手に取る。


「そうですよね。わかりました。この素材はまた1から再出発するのに使います。それとアルドさん。あの防具鍛冶の話をしてもいいですか?」


 ルーファウスは、かつて防具鍛冶について語ろうとしていた。その時に出た情報として有用なものは、その防具鍛冶はハワード領という場所にいたこと。それと、女性であるという2つの情報だ。


「ああ、詳しく聞かせてくれ」


 アルドとしても、これ以上の犠牲者を出したくないと思っている。もし、防具鍛冶を見つけることができたのならば、防具の製造をやめさせなければならない。


「その防具鍛冶は場所を点々としているみたいで、過去にはこの近辺の街にいたそうです。そして、最近では防具の素材が良く取れるという理由でハワード領にあるダンジョン近くに拠点を構えているんです」


「なるほど。ハワード領にあるダンジョンか。どのダンジョンだとかそういう情報はあるのか?」


「さあ、あそこはダンジョンの激戦区ですからね。なにせ、あそこには辺境伯リナルドがいますから。彼の武芸は右に出るものはいないと評されているほど。弱い邪霊が寄り付かないからこそ、質の高い素材が手に入るというわけです」


 そこにいるディガーが強ければダンジョンの難易度が上がってしまう。それはアルドたちも経験したことである。強いダンジョンが多くある地域というのはそれだけの猛者がいる証拠なのだ。


「辺境伯リナルド。確か、彼にはご子息がいたな。まだ6歳と幼いながらも大人顔負けの剣術の腕を持っている。名前は……確かエミリオと言ったかな」


 ミラの言葉にイーリスの表情が暗くなった。エミリオ。その名が出た瞬間にイーリスは全身を針で刺されたような感覚に陥る。


「イーリス?」


 アルドはすぐにイーリスの表情の変化に気づいた。イーリスはすぐに平静を取り戻そうと首を横に振った。


「ううん、お父さん。なんでもないの」


「そうか。それならいいんだ」


 娘のことが心配ではあるが、本人がなんでもないと言っている以上は、それ以上深入りしすぎるのもよくない。父親と娘の距離感というのは案外難しいもので、アルドは歯痒い思いをしてしまう。


「それじゃあ、そろそろオレは行きます。またどこかで会えると良いですね」


「ああ。またな。ルーファウス君」


 ルーファウスは別れを告げて、その場を去った。残されたアルドたちは今後の方針を決めることにした。


「アルドさんはハワード領にいくつもりか?」


 ミラの問いかけにアルドはうなずいた。


「正直言って僕は防具の製造はやめさせるべきだと思う。ルーファウス君もたまたま間に合ったからよかったけれど、もし、僕たちと出会わなかったらどんな末路になっていたかわからない」


 クララとミラもうなずいた。


「その防具鍛冶の目的もわからないからね。もし、知らず知らずの内に防具を作って売っているんだとしたら、事情を話せば止めてもらえるかもしれない」


「まあ、クララの仮説は希望的観測だな。事情を知らずに邪霊装備を無毒化させないのはありえない。でなければ、防具を作っている当人が防具に触ってマナの器を壊しているはずだ。恐らく防具鍛冶の女とやらは知っていて防具をバラまいているんだ」


 ミラが現実的な話をする。知っていて防具をバラまいているとするならば、真実を話して止めさせるという解決方法は使えない。となると――


「力づくで解決するしかないか」


 アルドの言葉に一同は真剣な表情をする。人と争ってでも止めなくてはならないことがある。その覚悟を“3人”はしていた。ただ“1人”を除いて。


「お父さん。私……ハワード領に行きたくない」


「え?」


 いつもはアルドが向かう先に率先してついていくイーリスではあるが、今回に限って行きたくないと言い始めたのだ。かつては戦う力も持たずにダンジョンに同行したいと我を通そうとしたイーリスらしくないその発言にアルドは驚いてしまう。


「イーリス。それはどうしてだ?」


「なんかうまく言えないけれど……私がハワード領に行くと悪い予感がするの」


 本来の歴史であれば、イーリスは魔女になり勇者に討伐される。その歴史はアルドが記憶を失い別の人格が入ることで修正された。だが、変わったのはイーリスが魔女になる運命だけで、勇者の誕生という運命は変わってはいない。


 邪霊の力を得た魔女を打ち払うべく存在の勇者。それはこの世のどこかで確実に生まれているのだ。

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