第69話 焔の鞭

「うぅ……」


 ダンジョンを進んでいる道中でアルドが片膝をついてしまう。


「大丈夫? アルドさん」


 近くにいたクララがすぐにアルドに駆け寄る。アルドは顔が少し青白くなっていて、汗もだらだらと流れている。


「なんだか腹部が熱いんだ」


 アルドが抑えているのは、先程サソリの邪霊に突きさされた箇所である。


「うーん。すぐに霊障を治したから傷口から雑菌が入った可能性は低そうだね。多分、邪霊が持っていた毒だと思う。解毒なら任せて。ポイズンドレイン!」


 クララがアルドの腹部に手を触れる。クララの手のひらに小さな水が出現する。アルドの体から紫色の成分が放出されてそれがクララが生み出した水の塊に吸われていく。


「クララさん。お父さんは大丈夫なの?」


「うん。邪霊の毒ならば、魔法で解毒が可能だよ。と言っても、これは精霊魔法じゃなくて、青の魔法だから信仰の影響を受けるんだけどね」


「信仰の影響を受けるってことは……お父さんにはあんまり効かないってこと?」


 心配するイーリスにクララは首を横に振った。


「ううん。大丈夫だと思うよ。そもそもの話、アルドさんも信仰が低いから邪霊の毒に対して耐性がある方だからね。だから、時間差で今頃になって毒の影響が出ているんだと思う。毒が効いてくるのが遅れている分、魔法の影響を受け辛かったとしても総合的には問題ないかな」


 クララの説明を聞いてほっとするイーリス。


「ちなみにだ。クララの青魔法以外にも解毒する精霊魔法は存在する。だが、精霊魔法での解毒はかなり高位の魔法だから、アタシでもまだ習得していない。解毒魔法を早い段階で覚えられるのは、青の魔法が使えるメリットとも言えるな」


「そうなんだ。私は精霊魔法も青の魔法も使えないから解毒魔法は使えないの?」


「どうだろうな。緑の魔法のトウミは毒に対する抵抗を高める。ポイズンドレインは毒を取り除くのと比べて、自然治癒力を高める違いはあるが、解毒に対しては似たものがある」


「そうなんだ。緑なら私も使えるね!」


「それにイーリスちゃんの邪霊魔法は色々と未解明の部分が多い。アタシが知らない魔法もあるだろう」


 ミラの話を興味深そうにイーリスが相槌を打つ。そうしている間にクララが一息ついた。


「ふう。解毒完了。調子はどう? アルドさん」


「ありがとう。クララ。すっかり良くなったよ」


 先程まで汗をかいていたアルドだが、それも引いた。顔色も良くなっていて見た感じでは先ほどまでの病弱な状況とは一転している。


 ガキン、ガキン、金属が打ち付ける甲高い音が聞こえる。洞窟の奥底の暗がりから出てきたのは、サソリの邪霊……先程と同じ種類の邪霊かと思いきや見た目が明らかに違う。その見た目は硬い殻に覆われているのではなく――


「メタルのボディか!」


 そのサソリは甲殻の代わりに金属に覆われていた。明らかに見た目が硬い敵である。邪霊の姿が見えるなり、ミラが杖を邪霊に向けた。


「ラピッドファイア!」


 ミラの得意技で責める。火の玉がサソリの邪霊に命中するも、メタルボディに阻まれる。ボシュゥと火が消える音がする。サソリのメタルボディには火傷どころか、焦げ跡1つついていない。


「火が効かないの?」


 イーリスが驚いている。1年前に鉄格子を火で破壊した時のことを思い出す。鋼鉄は高音で耐久が下がる。その性質を覚えているから、この意外な結果に目を丸くして驚いている。


「いや、この感じは……信仰が低いタイプの邪霊と見た。アルドさん。クララ。物理攻撃で頼む。アタシとイーリスちゃんは物理攻撃はそんなに強くない」


「わかった! 行くよ。アルドさん!」


「ああ、雷神の槍」


 アルドは使い慣れている雷神の槍を出した。そして、槍を構えて電気をバチバチに纏わせる。


「雷突!」


 アルドがサソリに攻撃する。しかし、刺突の攻撃が通らない。


「きしゃああ!」


 サソリの邪霊がハサミを使ってアルドに殴りかかってくる。アルドはその攻撃を槍で弾いてかわした。


「ていや!」


 格闘攻撃が得意なクララがサソリに蹴りを食らわせる。ガン! と勢いの良い音と共にサソリの金属部分がべこべこにへこんでいる。


「お! アルドさん! こいつ打撃が効くみたいだよ!」


「打撃か。それならこの武器を使うか」


 イーリスが誘拐された屋敷にあったロープ。それを武器職人のルドルフに渡して作った新たなる武器。


「焔の鞭!」


 アルドが手にしているのは赤い鞭。それで1回、試し打ちとして空気に向かって打ち付ける。ビュッ……ベシン! 風を切る音と洞窟の地面を打ち付ける音。景気の良い音が、この鞭を食らったら痛いと物語っている。


「スプリット!」


 焔の鞭の先端が2つに分かれる。2つの頭を持つ蛇のようにそれぞれがしなり、サソリの邪霊に鞭をビシバシと打ちつける。


 打撃攻撃は通るメタルボディ。熱を帯びている焔の鞭の特性も相まってかサソリに対して有効なダメージとなる。


「ぐしゃあああ!」


 邪霊は両手のハサミをぶんぶんと回して暴れだした。追い詰められたが故の行動。アルドの攻撃がかなり効いていて深手を負った証拠である。


 サソリはメタルのハサミを地面に強く叩きつけた。ガンと地面を揺らすほどのパワー。


「わわ」


 クララが思わずバランスを崩してしまう。その隙をつかれたクララ。サソリの邪霊からハサミでの打撃を食らってしまう。


「うがぁ……!」


「クララ! くっ……もう1度だ! スプリット!」


 アルドは先程と同じ技を繰り出す。パシィ、パシィと2連続でサソリの邪霊にダメージを与える。


「ぐぁああ」


 度重なるダメージの蓄積にサソリの邪霊も耐えきれずに身悶えする。そして、その後にピキっとサソリのメタルの体にヒビが入る。


「はぁはぁ……今だ! 疾風打!」


 クララは疾風のごとき速さでサソリの邪霊に殴りかかった。金属のヒビが入った部分にクララの拳が炸裂する。


 ピキ、ピキ、ピキピキ、


 クララの拳が金属部分のヒビを更に大きくする。更にクララは拳に力を込める。


 バキィーン!


 サソリの体を覆っていた金属の体が割れてしまう。それはサソリの邪霊の絶命を意味していた。


「ふう……いたた」


「クララ。無理はするんじゃない。アパト」


 ミラがクララの負った傷を治す。アルドとクララの連携攻撃のお陰でサソリの邪霊を倒すことができた。


「クララ。今の技は?」


「えへへ。ミラと一緒に密かに特訓していたんだ。アルドさんばっかり、物理攻撃の技持っているのズルいって思ってね。私もがんばって技を磨いたんだ。風の魔法で自分のスピードを高めて、パンチの速度と威力を上げるんだ」


 魔法と技を見事に取り合わせたもの。魔法が使えないアルドには真似できないクララが磨き上げた技である。


「やるな。クララ。物理攻撃は僕の専売特許だと思っていたけれど……僕もうかうかとしていられないな」


「すごーい! クララさん!」


 イーリスがパチパチと手を叩いてクララを褒め讃える。クララは頭を掻いて照れる。


「よし、クララ。治療が終わった。やはり、このダンジョンの邪霊は強敵揃いだ。中々、無傷で勝たせてはくれないな」


「そうだね。今、倒した金属のサソリもボスクラスでもおかしくないくらい強かったよ」


 クララの言ったことはアルドも実感していた。アルドの必殺技のスプリット。それを2度も食らっても邪霊を倒すには至らなかった。見た目からして硬くて、実際に防御力が高いタイプなのではあるが、それでもこのレベルの邪霊がうようよいるのは骨が折れる。


 このパーティはイーリスの魔法が最大火力でそこに頼っている部分はある。だからこそ、さっきみたいに信仰が低いタイプの魔法に強い邪霊は厄介な相手なのである。

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