第70話 イーリスができること
「サイクロン!」
イーリスが得意の魔法で邪霊に攻撃する。風の刃に切り刻まれている邪霊は大きな深手を負っている。だが、まだ止めを刺すには至らない。わずかながらに息がある。
「ラピッドファイア!」
すかさずにミラが出が早い魔法で追い打ちをかける。残りの生命力がわずかだった邪霊はその魔法に押し込まれる形で消滅してしまった。
「はぁ……はぁ……」
イーリスが肩で息をしている。まだダンジョンは全体の1/5も進んでいない。そんな状況でも既にイーリスの疲労はピークに達していた。
「大丈夫か? イーリス」
「ちょっとダメかも……マナが尽きたみたい」
最初の戦闘から強力な魔法を撃ってしまったイーリスはこの中の誰よりも早くマナが尽きてしまった。だが、マナの限界が来ているのはイーリスだけではなかった。
「ああ。イーリスちゃんがそうなるのも無理はない。アタシも後、2、3発くらいの魔法が撃てるかどうかだ」
「私もそれくらいかな。これ以上進んだら戻ってこれなくなるかも」
パーティ全体としては、残り1回くらいの戦闘にはなんとか耐えられるくらいの余力はある。しかし、その状況で先に進むのは無謀と言わざるを得ない。
「そうだな。これ以上先に進むのは危険だな。撤退するか」
ディガーとして長くやっていくには撤退判断や損切りが重要である。無駄に突っ張ったり、無理したとして怪我で済めばいい方である。最悪、命に関わることもある。アルドの判断は正しい。
「ここから少し戻ったところに素材の気配を感じた。それは掘る余裕はある?」
「そうだね。この辺の邪霊は倒したから、比較的安全だね。すぐに掘ってすぐに帰還すれば問題はないかも」
アルドは埋まっている素材を感知する能力がある。危険なダンジョンであれば、あるほどその素材の質は良くなる傾向にある。強い素材があれば、装備の強化ができて次回からの攻略が楽になる可能性がある。多少のリスクを背負ってでもやる価値はある。
アルドは愛用のツルハシで目ぼしい場所を掘っていく。女子たちもアルドの周囲の壁を魔法で削ってサポートをする。
結果、それなりに良質な素材を手に入れることができた。それらを持ち帰り、今回のダンジョン攻略は終了。手に入れた素材を4人で分けて、解散となった。
アルドとイーリスは帰宅後に、手にしていた素材を眺めていた。
「お父さん。こんな調子でダンジョンを攻略できるのかな?」
「どうだろうな……」
ダンジョンのまだ浅い部分ですら苦戦しているこの状況。深層部に近づくほどに、体力を消耗して攻略が難しくなる。このペースで攻略するには少し厳しいものがある。
「やっぱり、イーリスだけに依存しないでもっと強い攻撃手段が欲しいかな」
今までのダンジョンでは、アルド、クララ、ミラも決して力が足りてないわけではなかった。イーリスの攻撃魔法が頭1つ抜けていて切り札として扱われてはいたが、きちんと攻撃役としては貢献できているのだ。
しかし、邪霊も強くなってくると耐久性が高くなる。アルドたちの攻撃は一応は有効ではあるものの、それだけで倒すにはどうしても攻撃回数が増えてしまう。イーリスのように少ない攻撃回数で相手に致命傷を負わせるには程遠い。
「お父さん……それって、私の力不足なの?」
「え? なに言っているんだ? イーリス。逆だよ。僕たちがイーリスの火力に追いついてないんだよ」
「違う……だって、私には攻撃魔法しかないもん。お父さんは前線に立ってみんなを守ってくれているし、クララさんやミラさんも魔法で色んな補助ができるし……」
事実、イーリスが得意なのは圧倒的に攻撃魔法なのだ。それは他の追随を許さないほどである。だが、その反面イーリスはほとんど補助魔法を使えない。精霊魔法の最も基本的な魔法。アパト。魔法が使える者ならばほとんどが習得していて、いるだけで最低限回復役としての役目は果たせる便利な魔法である。
だが、イーリスはその魔法は使うことができない。イーリスが使える赤の魔法、緑の魔法。それにも補助魔法はあるが、イーリスは練習してもそれを習得できていない。
イーリスは自分には攻撃魔法しかないことは自覚している。信仰が高いから邪霊の攻撃を受けやすいから、誰かに守ってもらわないといけない。それに、かと言って後方でのサポートが得意なわけでもない。だからこそ、唯一得意な攻撃魔法で多くの邪霊を倒すことでアルドたちに貢献したいのである。
パーティ全体の攻撃性能が高くないのは、自分がきちんと引っ張れないせいと思い込んでいるのだ。更にイーリスが懸念しているのものがもう1つある。
「もし、みんなが攻撃面まで私を置いていっちゃったら……攻撃しかできない私はどうすればいいの?」
目が潤むイーリスをアルドは抱きしめた。後頭部を抱えて優しくポンポンと叩く。
「そんなことを気にしていたのか。大丈夫。イーリスはイーリスだ。誰かと自分を比べる必要なんてない。僕にとってイーリスの代わりはどこにもいない」
まだ11歳のイーリスはできないことが多くて当然なのである。だが、親と一緒の戦場に立っているからこそ、そこで活躍しているからこそ、どうしても大人と同じ評価軸で物事を考えてしまうのだ。
「お父さん……!」
「大丈夫。僕たちはイーリスを置いていったりなんかしない。一緒に強くなろう」
「うん」
イーリスの心が落ち着いた。これ以上心が病むことがなく、実に穏やかな気持ちでイーリスはその日は眠りについた。
それから数日後、アルドたちはクララとミラの師匠であるジェフの元を訪れていた。スラム街の外れ。人があまり寄り付かなくてそれなりに広いスペース。そこで修行をすることにした。
「先生! お願いします!」
クララとミラが頭を下げる。それに続いてアルドとイーリスも下げた。アルドとイーリスはジェフになにかを教えてもらうなんて経験はない。実力者であることは知っているが、ものを教えるのに向いているのかどうかは半信半疑である。
「あー……まあ、そんな改まらなくてもいいや。なんかむず痒い」
「先生。鉱山近くのダンジョンの邪霊が硬くて、私たちの攻撃が通りにくいんです」
「まあ、そうだろうな。かっかっか。俺もあのダンジョンに潜ってみたけれど、あれはまだお前たちには早いかもな。雑魚邪霊で足踏みして良かったと思う。下手にボスまで辿り着く実力があったら、返り討ちにあっていたかもな」
ジェフは笑いながら笑えないことを言う。イーリスが手を上げる。
「ジェフ先生! じゃあ、どうしたらいいんですか?」
「まあ、そうだな。信仰が低い相手ならば精霊魔法が有効なのは知ってるよな? だが、精霊魔法は攻撃面があんまり充実していないんだ。他の魔法を撃つよりはマシとはいえ、あんまり期待できる威力にはならねえな」
「私、精霊魔法使えないです……」
「んー。そうか。じゃあ、嬢ちゃんには無理かもな。まあ、話は戻すけど、精霊魔法の威力の低さを補う方法はある。それが、合成魔法だ。確か、お前たちにも見せたことがあったよな。オーロラカーテン!」
ジェフはオーロラの防護壁を展開した。街に潜んでいたネコの邪霊との戦闘の時にこれで敵の攻撃を防いだものだ。
「これは、青のマナと赤のマナを同時に放出することで使える魔法だ。俺が使える魔法は、赤、青、精霊だからな。赤と精霊、青と精霊みたいな組み合わせの合成魔法を放つと、その性質は相手の信仰を無視するという性質を受け継ぐ。合成魔法は威力が高いから、精霊魔法の威力の低さを補うことができるんだ」
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