第68話 ダンジョン再誕

 アルドとイーリスが新居に引っ越して、数日が経過した。引っ越しの荷物も片付け終わって、落ち着いてきた頃。クララとミラが家に訪ねてきた。


「いらっしゃい。クララさん、ミラさん」


「こんにちはー。イーリスちゃん! おお、良い家だねー」


 クララが玄関先で出迎えたイーリスに笑顔を向ける。


「いらっしゃい」


「お邪魔します。アルドさん。これは引っ越し祝いだ」


 ミラが手にしている手籠をアルドに手渡した。手籠の中にはフルーツが盛られていた。手籠を見たイーリスの顔がわかりやすくニヤける。


「わあ! ありがとう!」


「ふふ、どういたしまして。クララと2人で選んだんだ」


 ミラはイーリスの頭の上に手をポンと置いた。


「それじゃあ、2人ともあがってくれ」


 アルドはクララとミラをダイニングキッチンへと通した。ダイニングに2人を座らせて、アルドはイーリスと共にキッチンへと立った。


「それじゃあ、ちょっとフルーツを剥くから待っていてくれ」


「はーい」


 果物ナイフを手にしたアルドとイーリスはそれぞれフルーツを剥いていく。食べやすいように切り分けて皿に盛る。


「イーリス。先にそれを運んでくれ」


「うん!」


 イーリスがフルーツの盛り合わせを持っていく間にアルドは茶を準備する。


「ありがとう、イーリスちゃん。そういえば、アルドさん。私と最初に潜ったダンジョンあるじゃん?」


「ああ、僕の働いている鉱山近くにあるダンジョンか」


 アルドとクララが最初に攻略したダンジョン。そこまで難易度が高い方ではなく、初心者のアルドでも楽に攻略できたダンジョンである。


「そこにまた新しいダンジョンができたみたいなんだ」


「同じ場所にダンジョンができることってあるのか?」


「うん。むしろ、1回ダンジョンになった場所は元々人が寄り付かなくて、なおかつそれなりのスペースがある場所だからね。精霊にとってもダンジョンにしやすいスポットとして認識されていて、ダンジョンが再度できる確率は高いんだ」


「あー……なるほど? 確かに、人がキャンプをしやすいような場所があるのと同じように、そこに邪霊を封印しやすいみたいなスポットが精霊間で共有されていてもおかしくはないかな」


「そうそう。精霊は人と共存を目指している存在だからね。緊急事態でもない限りはできるだけ人の生活に影響がない範囲で邪霊の封印をするんだって。私とミラはそこのダンジョンを攻略するつもりだけど、アルドさんはどうする?」


 ひとまずは新居を手に入れたアルド。稼いできたのは、引っ越しのための資金を得るためである。それを達成した今となっては、今すぐに大金が必要というわけでもない。アルドの本業だけで十分生活はできるし、貯蓄できる余裕もある。しかし……


「行こう。近場にダンジョンがあるならば、それを解放した方が良いんだろ?」


「流石、アルドさん!」


「私も行くよ!」


 イーリスが手をあげてアピールをする。もちろん、この中でイーリスを仲間外れにしようとする者は誰もいない。


「決まりだね!」



 アルド、イーリス、クララ。ミラの4人は、アルドの働いている鉱山近くにある洞窟の前に来ていた。2年ぶりに見るダンジョンの入口。そこに立っていると、アルドに緊張が走る。


「前に来た時よりも禍々しいオーラを感じるな」


「うん。そうだね。今回、封印されている邪霊は前回の邪霊よりも強いみたい」


「それは邪霊の討伐が健全に進んでいる証拠だな。邪霊たちもバカじゃない。弱い邪霊は強いディガーやエクソシストがいる地域を避ける傾向がある」


「それってどういうこと? ミラさん」


 イーリスがあごに人差し指を添えて考え込む。


「アタシたちの活動が実を結んでいるということだ。この辺の地域は2年前に比べて戦力が増えている。ふふ、誰のお陰だろうな」


 ミラがアルドとイーリスの方を見る。


「じゃあ、この地域が弱い邪霊から守られているのは私たちのお陰ってことなの? えへへ、なんだか嬉しいな」


 イーリスは照れながらもどこか誇らしげに胸を張っている。


「でも、だからこそ油断は禁物だ。これから、この地域に出現する邪霊たちはアタシたちが相手でも逃げずに居座っているほどの実力の持ち主ということ。前までに弱い邪霊が出て来るなんてことはもう起こらないだろう」


 自分たちの活動が実を結んでいる実感はある。でも、それは同時にこれから先にかかる負担がより大きくなるということ。


「うぅ……なんだかプレッシャーに感じて来たよ」


「イーリス。どの世界でも、実力がある人間にはそれ相応の難しい仕事っていうのが振られるものだ。強い相手と戦わなければならなくなるのは、自分たちも成長している証拠。そんなに悪いことじゃない」


「そうだよね。うん。がんばる」


 気持ちを引き締めて、4人はダンジョンの入口へと入っていった。この洞窟の構造はアルドとクララがおぼろげながらも覚えているはずである。


「あれ? こっから先はどっちの道に行けばいいんだ?」


 洞窟の分かれ道にさしかかった時に先頭に立っていたアルドが立ち止まった。


「こっちだよ」


 クララが前回のボスがいた最奥の場所へと続く道を指でさした。


「あ、そういえばそんな気がしてきたな」


 若いクララが道を覚えていて、自分はすっかり忘れていた。これは加齢による記憶力の衰えなのか。あんまり深く考えると落ち込んでしまいそうになる。アルドは深く考えないようにして先へと進んだ。


 目の前を進むと、赤いサソリの邪霊が現れた。大きさは人間並に大きくて、見た目からして強そうなのが伝わってくる。幸いにも相手は1体である。みんなで強力すれば勝てない相手ではない。


「来るぞ!」


 サソリの邪霊が先制攻撃をする。鋭い尻尾をアルドに向かって突き刺そうとする。


「疾風の刃!」


 アルドは疾風の刃を出して、その攻撃を刃で防ぐ。キン! と金属音が響くと同時にアルドの手にも振動が伝わる。


「くっ……」


 振動でアルドの握力が弱まり、思わず剣を落としてしまいそうになる。だが、剣を落とせば攻防に支障が出る。気合いを入れてなんとか持ちこたえる。


「スピットファイア!」


 ミラが高速の火の玉をサソリの邪霊に向かって放った。サソリの邪霊はハサミで火の玉を叩き落す。


「もっと強力な魔法じゃないと倒せなさそうだね。イーリスちゃん! アタシが早撃ちでアルドさんのサポートをする。その間に強力な魔法をお願い!」


「うん、わかった!」


 早撃ちが得意なミラと強力な魔法を練ってから撃つのが得意なイーリス。2人の得意分野でそれぞれの苦手を補おうとする。


「シャアァアア!」


 サソリが更に尻尾でアルドを突き刺そうとする。アルドは疾風の刃を盾にしようとするも、尻尾にある関節が途中で曲がり気道をずらした。


「しまった!」


 トリッキーな動きに不意を突かれたアルドは腹部を刺されてしまった。


「アルドさん! アパト!」


 クララがアルドが受けたダメージを回復させようと回復魔法を唱えた。アルドが受けた傷がみるみる内に回復していく。


「……! よくもお父さんを! ドリュアス!」


 イーリスが魔法を唱えた瞬間、邪霊の周囲が木の根に包まれる。そして、邪霊は木の根に締め付けられて、苦痛の叫びをあげた。


「グシャァアアア」


 バリバリと硬い殻が割れる音が聞こえて、邪霊が潰されていく。イーリスが唱えた緑魔法の植物を操る魔法。魔法の練習をたゆまなく続けたお陰で使えるようになった上級魔法である。


「イーリスちゃん……ちょっとやりすぎかな」


 バラバラになって消滅した邪霊を見て。クララが少し引いている。確かに邪霊は倒せはしたけれど、上級魔法は使用者のマナの消耗が激しいから、そう何度も連発できるような魔法ではない。まだまだダンジョンの入口で、上級魔法を使わずとも倒せる相手に使うのは少し過剰である。


「ご、ごめん。お父さんがやられたかと思って」


「ありがとう。僕の心配をしてくれたんだ。嬉しいけど、僕はこれくらいでやられるような鍛え方はしていないよ」


 信仰が低く邪霊の攻撃に耐性が高いアルドは見た目ほど重要は負っていない。それにクララがすぐに回復してくれたこともあってか、十分前線を張れる余力は残っていた。

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