第52話 襲い来る魔の手

「前方に敵を発見しました。行きますぜ。サンセイント!」


 モヒカンがここぞとばかりの活躍チャンスと言わんばかりに張り切って光魔法で不死系の邪霊を倒していく。


「先生。あのモヒカンの人大丈夫なんですか? なんか朝からずっと飛ばしてますけど」


 クララがそんな疑問をジェフに投げかける。ジェフは我関せずと言った感じで一言。


「知らん」


「知らんって……」


 ジェフのあまりもの関心のなさにクララは呆れてしまった。


「まあ、やる気があるならいいじゃないか。モヒカンががんばってくれた分だけ、こっちはマナが節約できるんだからな」


 そうこうしている内にモヒカンが「あった!」と言ってとある樹の下まで走って行った。ピンク色の綺麗な小さい花を咲かせる樹。その下にある草をモヒカンがむしり取った。


「この樹の下に薬草が生えやすいんですぜ。土壌の成分が関係していて、まあ詳しい話は長くなるから……」


 バキィと音と共に樹の下の地面が割れた。そして、その割れ目からただれた皮膚の手が出てきてモヒカンの右足の足首を掴んだ。


「ひ、ひい!」


 モヒカンが小さく悲鳴をあげる。それと同時にどんどん地面が割れて同様に手がいっぱいでてきた。


「ジェフ先生! これは一体!」


「そんな驚くなクララ。邪霊だ。この世界には腐るほどいる存在だ」


「それはそうですけど……」


「いいじゃねえか。クマやトラとか獰猛な生物じゃなくて。俺たちは邪霊を狩るエキスパートなんだから堂々としてればいいさ」


「た、助けてくれー!」


 無数の手がモヒカンの足に向かって伸びて彼を地面へと引きずり込もうとしている。


「おい、得意の光魔法でなんとかしてやれ」


 ジェフがそうモヒカンに伝える。ジェフの見立てでは、モヒカンの光魔法があればこの窮地を脱することは容易であると思った。しかし、モヒカンは涙目になりジェフに向かって手を伸ばした。


「た、助けて……マナを使い果たしてもう魔法が撃てない」


「は、はあ! お前バカか! みんな。やるぞ!」


 5人が戦闘体勢を取る。5人の周囲にも地面が割れて手が出てきた。モヒカンを助けようとするのを阻むように。


「一気にカタをつけるぞ! サンセイント!」


 ミラが魔法を唱えた。しかし、手がミラの足を掴んで引っ張った。


「うわっ!」


 足元が不安定になったミラは手元がズレて魔法をジェフに向かって放ってしまった。


「オーロラカーテン!」


 ジェフが防御魔法を使ってミラの魔法を打ち消した。


「おい、ミラ。あぶねえぞ。味方が密集している状態で拡散する性質を持つサンセイントを使うな。たまたま打ち消せる俺の方に飛んできたから良かったものの、もし他のやつらに当たったら、魔法がぶつかった時に拡散して大事故になってたぞ」


「す、すみません」


 ジェフに叱られてしまったミラ。普段の彼女からしたらありえないミスである。しかし、それだけミラも必死なのだ。自分と弟のせいでモヒカンを巻き込んでしまった。もし、モヒカンの身になにかあれば償いきれないほどの罪悪感に苛まれてしまう。


「雷神の槍! ハァッ! 雷突らいとつ!」


 アルドは雷神の槍を出して、それを地面にいる手の邪霊に向かって突き刺した。手の邪霊はその一撃でなんとか倒すことができたが、いかんせん数が多い。この攻撃ペースでは倒しきれない。


「え、えっと……どうしよう。えい!」


 イーリスはどの魔法を使っていいのかわからずに適当にワンドでその辺の手をベシっと殴った。しかし、ワンドは打撃武器ではあるものの、物理的な攻撃を想定して作られてはいない。手の邪霊に満足なダメージを与えることはできなかった。


「た、助けてぇ!」


 モヒカンの体が半分ほど地面に埋まってしまっている。このまま全身が地面に飲み込まれてしまうのも時間の問題である。


「ヒュドロ!」


 クララが地面の手に向かって水魔法を打つ。強化された水魔法の威力により手は消滅してしまう。


「くそ……この状況を打開する方法を考えないと……」


 ジェフは必死に頭を働かせる。年長者として、弟子を導く立場の人間としてここは華麗に決めたいところではあるが、イマイチ頭が回らない。アルコールを摂取して酩酊状態であるがために、頭の回転が鈍ってしまったのだ。


「きゃっ!」


 イーリスの足に手が絡みつく。


「おい! 人の娘になにしてくれてんだ!」


 アルドがすかさず雷神の槍でイーリスの足を掴んだ手を貫き倒した。


「あ、ありがとうお父さん」


「イーリス怪我はないか?」


「うん、大丈夫」


 クララはイーリスの真下にある地割れの後を見てなにやら考え込んでいる。そして、ある作戦を思いついた。


「そうだ! もしかしたら、地中の中で穴が繋がっているかもしれない! こうなったら、フラッド!」


 クララが水魔法を足元の穴に向かって放った。大量の水が地中の穴の中に注ぎ込まれて、穴の中に繋がってる手に水属性の攻撃が伝わる。


 シュウウとどんどんクララたちの周囲の邪霊の手が消滅していく。これでアルドたちは自由に行動できるようになった。


「も、もうダメかも……」


 モヒカンは肩まで地面に引きずり込まれている。なんとか両手をあげて薬草は守っているもののモヒカンが完全に地面に取り込まれるのも時間の問題である。


「すぐに助けないと! 迅雷!」


 アルドは雷神の槍の力を使った。バチバチした電撃を体に纏って、移動速度を上げた。


「アルドさん。アタシも連れてって」


 アルドはコクリと頷いてミラの手を取った。そして、雷のような速度で一瞬にしてモヒカンのところまでミラを連れて飛び立った。


「ちょっと我慢して欲しい。行くぞ! サンセイント!」


 ミラは手に向かって光の玉をぶつけた。その光の玉は拡散してたちまちモヒカンの周囲にいる手を光に包んでいく。体が地面に埋まっているモヒカンもその魔法の攻撃を受けてしまう。


「がはぁあ!」


「すまない。アパト!」


 ミラは回復魔法でモヒカンを回復させた。


「よっと」


 アルドはモヒカンの手をとって彼の体を地面から引き抜いた。イノセント・アームズのお陰で身体能力が上がっているアルドは片手で楽々と成人男性を持ち上げることができる。


「ア、アルドの旦那。すまねえ」


「まだ手がいるかもしれない。ここは危険だ。すぐに離れよう……ぐっ」


 アルドは迅雷の反動を体に受けてしまう。ミラを連れて行った分だけ、体に負担がかかってしまったのだ。


「おっと、大丈夫ですかい? オレが肩を貸しますぜ」


 モヒカンの肩を借りたアルドは無事に危険地帯から離れることができた。


 帰り道はマナが切れたモヒカンや反動でボロボロになったアルドの分まで、他の4人がしっかりとカバーして邪霊を倒しつつ、無事に街へと帰還した。



 薬草を無事に持ち帰ったミラは薬師に特効薬を作ってもらった。その薬をホルンに飲ませて、数日安静にさせているとホルンの病気はすっかり良くなった。


「みんな、この度は弟のために本当にありがとう。迷惑をかけたな」


「迷惑だなんて全然思ってないよ。困った時はお互い様ってね」


 クララがミラに向かってウインクをする。


「とにかくホルン君が無事で良かったな。ミラ」


「はい。アルドさん」


「ミラさん。一緒に冒険できて私は楽しかったよ。最後の手がちょっと怖かったけどね」


「あはは。ごめんなイーリスちゃん。怖い思いをさせて」


「たしかにな。あの手は流石に酔いが覚めるほどひやひやしちまったぜ」


「先生はもっと酔いが覚めた方が良いんじゃないですか? ほら、お酒を控えるとかして」


「かっかっか。相変わらず、俺には手厳しいな」


「アタシは先生の健康のためを想って言ってますから」


 くすっと笑うミラ。これにて、ホルンの病気の問題は解決した。

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