第53話 ロータス王立音楽団
街にロータス王立音楽団がやってくる日。すっかり病気が治ったホルンは姉のミラと一緒にコンサートに訪れていた。会場となる広場に観客用の椅子が置かれている。
「あれ? アルドさん、イーリスちゃん」
ミラがアルドたちの姿を発見した。「おーい」と手を振るとアルドたちも気づいた。
「ミラさん。こんにちは」
「イーリスちゃんたちもコンサートに来てたんだ」
「えへへ。なんか話を聞いていると私も気になっちゃって」
月雫の丘までわざわざ薬草を取りに行くくらいにホルンが音楽団のコンサートを楽しみにしていた。それくらい凄いものがそれだけのものかとイーリスも興味が沸いたのだ。
だから、こうしてアルドにおねだりをして、連れれ来てもらったというわけだ。
「こんにちは。えっと、アルドさんとイーリスさんですよね。その節はお世話になりました」
ホルンがアルドを見ながら伏し目がちで話しかけた。
「やあ、ホルン君だっけ? 別に大丈夫だよ。それより病気の方は治ったかな?」
「はい」
「それは良かった。お姉ちゃんを大事にするんだよ」
アルドがポンとホルンの頭に手を置いた。大人の男性であるアルドにそう言われてホルンはどこか誇らしげに胸を張った。
そんな会話をしていると、ツカツカと広場に向かって行進をする集団が現れた。黒を基調にし、袖や裾に赤い横のラインが入っている制服を着ているロータス王立楽団。それぞれが楽器を手にして広場にやってきた。
「おおおお!」と観客から声があがった。そして、指揮者の男性が設置されていた台の上に上がった。
「みな様。本日は、我が音楽団のコンサートにお越し頂きましてありがとうございます。我が楽団は、先代の国王が平和を願って設立されたものです。先代の国王が退位した後も我々の目的は変わりません。平和のために音を奏でる。それだけのことです。現在、この国……いえ、この世界は邪霊によって脅かされています。更に決して他国との和平状況も今のところは保たれていますが、いつ均衡が崩れてもおかしくない。そうした世の中だからこそ、音楽で民衆を元気づけたい。それが我が楽団の望みなのです」
指揮者の男性の話を食い入るように聞くホルン。だが、イーリスは話にはあまり興味なくて退屈そうにしている。
「先代の国王の名に恥じぬように、我々が磨き上げてきた演奏技術。それを広めるためにこうしてこの地までやってきました。それでは……長い話もここまでにしてお聴きください」
指揮者の男性が観衆に向かって礼をした。そして、楽団の方を向き指揮棒を取り出して指揮を執り始める。
始まる楽団の演奏。重低音の音楽が街中に流れる。繊細で美しいその音色は聴く者の心を魅了する。この演奏をずっと心待ちにしていたホルンは耳を澄まして音楽をよく聴いた。
今日、この日、この音楽がホルンの耳に入ったのは間違いなく、アルドたちのがんばりがあったからである。少しでも何かの運命がズレていたら、この日を迎えることができなかった。
楽団員たちが一音、一音、奏でるごとにホルンの心の中が響きわたり、ある感情が沸き起こる。その感情は大きくなり、やがて1つの夢を作り上げた。
自分もこの楽団に入って演奏してみたい。それがホルンの夢となった。
演奏が終わり、指揮者が礼をする。その瞬間、拍手が沸き起こる。観衆、1人1人を確実に魅了して、そして全体に認められる。ホルンも、ミラも、アルドも、イーリスも、その他の市民たちも全員惜しみない拍手をした。
◇
演奏が終わった頃、観衆は解散していた。一方で楽団員たちは後片付けをしている頃だった。
「ホルン。そろそろ帰るよ」
「うん。でも、待って、ミラお姉ちゃん」
ホルンはミラの手を振りほどいて楽団員に向かって走り出した。
「え? ちょっと、ホルン!?」
ミラが戸惑っている間にホルンは椅子を片付けている指揮者の男性のところに辿り着いた。
「あ、あの!」
「やあ。僕たちの演奏はどうだった?」
「さ、最高でした!」
本当はもっと伝えたいことがある。でも、ホルンはまだ子供で語彙力が未熟である。自分が感じたことをそのまんま言語化できる能力はない。ただ、漠然とした子供らしい一言の感想しか言えない。
「ありがとう。キミみたいな子供にも音楽の良さが伝わってくれて嬉しいよ。親に連れられてくる子供は退屈そうにしていることも多いからね」
男性は自嘲気味にそう言う。
「えっと。僕は自分からこの楽団の演奏を見たいって思いました」
「本当かい? それは嬉しいな」
「そ、それで……ぼ、僕もいつかこの楽団に入りたいです!」
ついにホルンは言ってしまった。これこそがホルンの夢である。正史でもこの夢は変わらない。ただ、正史ではその夢は叶うことはなかった。本来ならホルンはミラがイーリスによって亡き者にされた後に彼女の跡を継いでエクソシストになる未来があった。
だが、ミラが死亡する未来は変わった。イーリスが魔女にならなければ、少なくともそれが原因で死亡することはない。これで夢を目指せるようになったのだ。
「うーん。そっか。この楽団に入るためにはもっと大きくならないとね。14歳になったらまたおいで。その時にキミの夢が変わってなければ入団テストを受けられるようになるから」
「は、はい!」
「ホルン! す、すみません。ウチの弟が」
ミラがホルンに追いついて、彼の手を取った。指揮者の男性は「いえいえ」と言って気にしてない素振りを見せる。
「ほら、ホルン。帰るよ」
「お兄さん! 僕は絶対に楽団に入ってみせるから! それまでに楽器の練習するから!」
「うん、楽しみにしているよ」
こうして、ホルンに目標ができた。ホルンの夢。実はそれも重要な“要素”の1つであった。
◇
楽団のコンサートの日の夢。アルドは夢を見た。原初のダンジョン。精霊王が邪霊を封印したとされる場所。そこにいる精霊王がアルドに語り掛けてきた。
「異界の者よ……我は精霊王なり……我は今お主の夢に語り掛けている」
「精霊王……?」
「お主はこの夢を完璧に覚えることはできない。だが、断片的には覚えているはずだ。ホルンとかいう少年。彼の夢。それが叶うことこそが最良の未来の証なのだ」
「ホルンの夢? なんですか? それは」
「別に敬語など使わなくても良い。既に他の精霊にも言われている通り、人と精霊には上下関係はない。例え、我が王であろうとそれは精霊の中での話。人間であるお主に対して敬えなどと言うつもりはない」
「そう……なのか?」
「ホルンが楽団に入り、楽聖の称号を得る。それが最良の未来。お主にはそれを実現させるだけの機会がある。あくまでも機会だけだ。実際にその未来を手に入れられる力があるかどうか。それはお主次第だ」
「力……僕はどうすれば力を手に入れられる?」
「別に今まで通り過ごしていればいい。お主が愛を忘れない限り、少なくとも最悪の未来にはならない」
「最悪の未来……?」
アルドは混乱してきた。最良の未来とは。最悪の未来とは。それぞれが指すものがわからないのだ。
「お主の最強の力は愛だ。愛を持って仲間と接すれば良い……とまあ、無粋だったか。お主は見返りなどなくとも愛を与えることができる人間だったな。すまない、忘れてくれ」
「ちょ、ちょっと待って。僕はどうすればいいんだ」
「その答えは……お主はもう実践している。だから、今は最悪を回避して最良のルートに乗っている。お主はそのままでいい。それだけを伝えに来た」
アルドは目を覚ました。不思議な夢だった。精霊王を名乗る人物が現れたことは覚えている。だが、それ以上のことは覚えていない。会話の内容もほとんど抜けている。ただ、辛うじて覚えているのは、自分は最良の未来に向かって進んでいるということだけだった。
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