第51話 それぞれの夜

 最初にテントの外で見張りをしているアルドとイーリス。焚火を中心に2人が寄り添っている。この辺りは夜になると少し冷えてしまう。イーリスは焚火に手をかざして少し体を温めている。


「お父さん。結局夜になっちゃったね」


「そうだな。まあ、出発が遅かったから仕方ない。明日は朝から探索ができるから、それで薬草も見つかると思う」


「うん。見つかると良いね」


 焚火の音がパチパチと鳴る。不死系の邪霊は光より闇を好む性質がある。そのため、焚火をしている間はある程度は安全が担保されるとは言え絶対ではない。光を好む性質の邪霊もいるし、その邪霊がこの近辺にいない保証はない。それに火を焚くなら当然火の番が必要なので、やはり見張りはいなくてはならない。


「イーリス。キミは寂しくないのかな?」


「え? なに言ってるの? お父さん?」


 イーリスはきょとんとした顔で小首をかしげる。イーリスにはなぜアルドがそんなことを訊くのかが理解できなかった。


「お父さんがいてくれるだけで私は十分なんだよ。それは、お父さんが仕事でいない時は寂しいけれど、クララさんとミラさんが遊んでくれるし、魔法の練習にも付き合ってくれるし……私は今の生活になんの不満もないよ」


 曇りなき目で真っすぐと見るイーリス。だが、アルドの中ではある疑問が残されていた。


「お母さんに会いたく……」


「やめて」


 イーリスが食い気味でアルドの言葉を遮った。10歳の女の子が母親と離れて寂しくないわけがない。アルドの感覚としてはそういうものだった。


「お母さんは……もういいよ。今の私にはお父さんがいるし……」


「ごめん……」


 アルドはうつむいて黙ってしまった。イーリスの母親についていつかは訊きださなければと思っていた。でも、イーリスにとって母親とはある種トラウマを刺激する存在なのだということをこのたった十数秒のやりとりで理解したのだ。


「お母さん……なんで、私を捨てたの……」


「イーリス!」


 アルドはイーリスに近づいて彼女をそっと抱きしめた。アルドの胸の中でイーリスが嗚咽を漏らした。


「ねえ。お父さん……お父さんは私を見捨てないよね?」


「ああ。当たり前だ」


 イーリスは親に見捨てられることを何よりも恐れている。それは、母親に見捨てられたことによるトラウマが大きい。イーリスの母親は浮気相手と一緒にいるためにイーリスを捨てた。浮気相手と再婚するのに、連れ子の存在が邪魔だったのだ。


 でも、アルドはイーリスを自分の傍に置いていた。決して良い父親とは言えなかったアルドだが、それでもイーリスを“独り”にはさせなかったのだ。どんなにひどい扱いを受けてもイーリスがアルドを嫌いになりきれてなかったのは、いつか優しかった父親に戻ると信じていたのは、母親と違って自分を置いてどこかに行かなかったからである。


「イーリス。ずっと一緒だ」


「うん」


 アルドはイーリスが安心するまで彼女の傍を離れなかった。


「ごめん。イーリス。もう2度とさっきの話題は口に出さないよ」


「ううん。いいの。お父さん。私もいつまでも昔のことを引きずっていても仕方ないし……お父さんがいてくれるだけで良いから」


 そんなことをしている内に交代の時間となった。


「それじゃあ、イーリス。女子テントのクララとミラを起こしてくれ」


「うん」


 アルドは男性用テントに戻り、イーリスはクララとミラを起こして見張りを交代した。



「クララ。悪かったな」


「ん? どうしたの? ミラ」


「私の弟のためにこんなところまで来させてしまってな」


「何言ってるのミラ。友達なんだから助けるのは当たり前じゃない」


 ミラはクララの言葉に少し黙ってしまう。数秒の沈黙の後に話を続ける。


「ホルンは……あまりワガママを言う子じゃないんだ。それどころか、自分からあれがしたい、これがしたいって主張するような子でもない。それなのに、アタシに楽団の演奏を聴きたいって言ったんだ」


「そうなんだ……」


「だから、私はホルンの願いをなんとしてでも叶えてやりたい。こんな流行が過ぎた病なんかに負けてたまるか」


 ミラは持っている杖を握りしめて決意した。


「ミラ。私はミラのためならば、この程度の任務なんていくらでも受けてやるつもりだよ」


「ありがとうクララ。アタシは良い友人を持ったな」


「それはこっちのセリフだよ。ミラ。私が農村を出て、街に来た時に色々と世話を焼いてくれたのは今でも覚えているよ。ジェフ先生を紹介してくれたのもミラだったよね?」


「別に……困っている子がいたら助けてあげるのは人として当たり前のことだろ」


「その当たり前のことができるだけでミラは立派だよ。世の中がそう言う当たり前で満ちていれば今の世の中はもう少し良くなると思うな」


 ミラは照れ隠しに後頭部をかく。だが、クララは更に続ける。


「私がダンジョンのクリアを目指すディガーになりたいと言っても、笑わないでいてくれたのはミラだった。ジェフ先生は、クリアを目指すのは報酬の効率が悪いって言ってたけどね」


「精霊を解放したい。その想いを笑うやつの方がどうかしている。アタシは、金目的で精霊をいつまでもダンジョンに縛り付けようとする輩の方が理解できない」


「うん。そうなんだよね。クリア報酬があると言っても、邪霊を泳がせて素材を採掘した方が絶対に効率が良いのはわかっている。素材の供給が追い付かなくなった時にようやくクリアした方が良いに決まっている」


 金稼ぎ目的ならばダンジョンの攻略を急ぐ必要はない。むしろ、残しておいた方が後々に稼げるのである。例外としては、先の凪の谷のようにクリアしないことによる実害が大きければクリア報酬が大量に積まれた時があるが、そうでなければクリア報酬でそこまで稼げるものではないのだ。


「まあ、正直言って私も同業者に疎まれたりバカにされている自覚はあるよ。アイツのせいでダンジョンが潰れた。まだ発掘の余地があるのにバカな女めなんて陰口を言われることもあったよ。でも、その度に『ミラがあんな雑音気にしなくても良い』って言ってくれたから、私は迷わずに前に進めた。だから、今の私があるんだよ」


「いや、それは……クララが立派な考えを持っていたからだ。アタシはただそれを後押ししただけ」


「違うよ。クララ。私の考えは立派じゃない。“当たり前”のこと。そうでしょ?」


 クララのその言葉にミラはハッとした。そして、固まった後に「ぷっ」と吹き出した。


「あはは。確かにそうだ。でも、当たり前のことができるのは立派なことだな」


「そうだね。あはは」


 2人はなごやかに語らった。


「さてと。そろそろ見張り交代の時間だな。クララは先にテントに行ってくれ。アタシは、先生とモヒカンを起こしてくる」


「うん。わかった」



 翌朝。目を覚ました6人はテントを片付けて、出発の準備をした。


「お父さん。おはよう!」


「ああ、イーリスおはよう。今日もがんばろうな」


「ふあーあ……ねみぃー……」


 ジェフがあくびをしながら寝起きで頭を抑えている。まるで二日酔いのような仕草を見て、クララはくんくんと嗅いだ。


「先生。飲みましたね?」


「少しだけだ。気にすんな。戦闘するころにはアルコールが抜けてらあ」


「はあ……」


「すみません。クララさん。オレも止めたんですけど、ジェフの兄貴には逆らえなくて」


 モヒカンが申し訳なさそうに言っている横でジェフがモヒカンの肩を組んだ。


「何言ってんだ。兄弟。お前も1杯飲んだじゃねえか」


「ちょ、アニキ! 1杯は言い過ぎですぜ! 一口ですってば」


「はあ……なんで2人共見張り中に飲んでるの。呆れた」


 クララはジェフのことを尊敬はしているが、こういう大人にはなりたくないと思ってしまった。

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