第48話 街にやってくる音楽団

 ミラとその弟のホルンが一緒に買い物をした帰り。街中にビラを配っている青年を見かけた。


「はいはーい! ロータス王立音楽団がこの街にやってくるよ。詳細はこのビラを見てくれー!」


 青年が道行く人にビラを渡していく。ホルンが青年の近くを通りかかると青年がホルンに気づいた。


「はい、坊や。ロータス王立音楽団に興味があるのか? はい、これあげる」


 青年がホルンにビラを渡した。


「わあ、ありがとう」


「ホルン。行くよ」


「うん」


 ミラがホルンの手を引いて家へと戻った。帰宅後、ホルンは青年からもらったビラを眺めている。


「ねーねー。お姉ちゃん。この音楽団って二週間後にくるみたい」


「ふーん。でも、お金かかるんじゃないの?」


「なんか、今回は街中でタダでコンサートをするみたい」


「へー。その音楽団に興味あるの?」


「うん!」


 ロータス王立音楽団。ホルンはこの音楽団の演奏を聴いて楽団員を目指すようになるのだ。と言っても本来の歴史ではその夢は叶うことはなかった。ミラの死をきっかけにホルンは彼女の跡を継いでエクソシストになるのだ。


 だが、この楽団は本来ならばこの時期に来ることはなかったのだ。まだ凪の谷が攻略されていなかったことが原因なのだ。


 そのことが歴史にどういう風に影響するのか。それはこの世界の誰も知ることではない。


 一週間後、ホルンが中々起きてこないことを不審に思ったミラは彼の部屋を訪ねた。


「ホルン?」


 ミラはホルンの部屋の扉を叩く。しかし、何の反応もない。いつもならとっくに起きている時間である。寝坊した弟を起こしに行くためにミラは部屋の扉を開けた。


 ホルンの息遣いが聞こえる。胸を上下させて呼吸をしていて、寝ているという感じではない。


「ホルン……?」


 ミラは不穏な空気を感じながらもホルンに近づく。


「!」


 ミラは口元を抑えてショックを受けてしまった。ホルンの顔の色が明らかに赤い。呼吸も苦しそうで、ひたいに触れてみると明らかに熱い。


「これは……ホルン大丈夫!?」


「お、お姉ちゃん。なんか体が変みたいなんだ」


「しっかりしてホルン! すぐにお医者さんのところに連れていってあげるから!」


 ミラは辻馬車を拾って、ホルンを診療所まで運んだ。医者がホルンの様子を見ている間、ミラはじっと待っていた。そして、医者が口を開く。


「ふむ……弟さんの病気ですが、数年前に流行っていた病に侵されたようですな」


「え?」


 医者の診断結果にミラは顔を覆いたくなった。数年前に流行っていた病。それは1週間以上熱が下がらない病である。ミラは感染したことはないが、感染した人に話を聞くとかなり辛かったと言う。


「この病気自体はすっかり収束したように思えるかもしれませんが、実のところ、まだ完全に消え去ったわけではなかったのです。数年前に罹患した人は免疫がありますが、弟さんは当時はまだ生まれているか生まれていないかの境目。免疫はなかったのでしょう」


「弟は……どうなるんですか?」


「うーむ……特効薬を飲めば数日で治りますが、あいにく今は薬を切らしていてね。月雫つきしずくの丘に自生する薬草。それがあれば、知り合いの薬師に依頼すれば特効薬が作れます」


「月雫の丘ですね。わかりました……アタシが取ってきます」


「正気か? 若いお嬢さん1人で行けるようなところでは……」


「いえ。大丈夫です。アタシは1人ではないので」


「まあ、とにかく。特効薬がなくとも1週間から2週間ほど病院のベッドで安静にしていれば、治る病気です。無茶はしないように」


 1週間以上治療に時間がかかる。それでは遅すぎる。ホルンは音楽団の演奏を楽しみにしていた。それはミラもわかっていたことで、もし、病気になったら当然コンサートにも行くことはできない。


「ホルン。待ってて。すぐにお姉ちゃんがなんとかしてあげるから」



 ミラが真っ先に声をかけたのは妹弟子のクララである。


「というわけで、月雫の丘に向かうことになった。別にここはダンジョン化されているわけではない。ただ、アタシが個人的な事情で欲しているものがあるだけだ」


「おいおい。ミラ。正気? 私はディガーだよ。ダンジョン化されていないところの冒険なんて行くわけが……あるに決まってるでしょ! ホルン君が大変なんでしょ!」


「ありがとう」


「となると人数は多い方がいいね。私はアルドさんとイーリスちゃんに駆け寄ってみるから、ミラはジェフ先生をお願い」


「ああ。わかった」


 確かにジェフは戦力としては申し分ない。しかし、神出鬼没で昼間から酔っているような人物が頼りになるとは限らない。


 ミラはジェフが昼間から飲む時に使うスラム街の酒場を目指した。そこには……酒場に入る直前のジェフがいた。


「ちょっと待ったー!」


「……ん? なんだ? どうした?」


 ミラの声に反応してジェフが止まった。ジェフが店の中に入ったら最後。呼吸が酒臭くなって、頼りにならない大人に成り下がってしまう。


「はぁはぁ……」


「落ち着けよ。走ってきたみたいだけどよ。この店の酒はまだミラには早い……」


「そんなことはッ! 今はッ! どうでもいい! 先生! 力を貸してください」


「いやだ」


「即答!?」


 まだ何も事情を話していないのにジェフはミラの頼みを断った。だが、ここで「はいそうですか」と納得ができるわけがない。ミラは話を続ける。


「せめて話だけでも聞いて下さい」


「えー。弟子の問題に師が関わりすぎるのもどうかと思うぞ。師を頼りっぱなしでいるといつまで経っても独り立ちなんてできねえよ」


「アタシがいつ! ジェフ先生を頼りにしましたか!」


「今」


「そんな漫才をしている場合じゃないです。その、弟が病気で倒れてしまって」


「それは大変だ。俺じゃなくて医者に言ってくれ」


「もうお医者さんに診てもらいました。その結果、数年前の流行り病に感染したようで」


「ああ。確かにホルン君が生まれたのは病気が収束しかけた時だったな。それじゃあ免疫を持ってないのも仕方ないか。でも、その病の致死率は低いんだから、特効薬を飲んで安静にしていればいいだろうが」


「その特効薬がないんです」


「それは大変だ。俺じゃなくて薬師に言ってくれ」


 既視感があるやりとりにミラは頭を抱えつつも話を続ける。


「その薬の材料がないんです。月雫の丘に自生している特殊な薬草が必要なんです」


「…………なあ。お前、月雫の丘に行ってどうするつもりだ?」


「決まってるじゃないですか! もちろん、薬草を採取してホルンを助けるんですよ!」


「薬草の目利きができる人間は?」


「……!」


「気づいたようだな。お前が真っ先に確保しなきゃいけないのは戦える戦力じゃなくて目利きできる技術がある人間だ。当然、俺は目利きなんてできねえ」


「そ、そんな。目利きができる人間に心当たりなんてない」


 ミラは膝から崩れ落ちた。このままでは弟の病気が一週間以内に治らない。そうなれば、ホルンは楽しみにしていた楽団の演奏を聴けなくなってしまう。


「まあ、そういうと思ったぜ。俺に心当たりがある。目利きできる鑑定人については俺に任せろ。これでも長く生きて、多く飲んでいるから人との繋がりはお前の100倍はある」


「それじゃあ……」


「ああ。そうだな。街の中央広場の掲示板前に集合だ。俺も一緒について行ってやるよ」


「ありがとう。ジェフ先生」


「ったく。弟子の弟が病気になってる時に飲む酒なんて美味いわけがねえからな」


 ミラがジェフと話を付けた頃、クララはアルドの家を訪問した。出てきたのはイーリスだった、


「あれ? イーリスちゃん。アルドさんは?」


「お父さんはD区に行きました。なんでも、そろそろ武器の方を引き取りにいかないとなって言ってました」


「こんな時に……!」

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