第49話 便利機能
アルドはルドルフの工房に武器を取りにやってきた。
「おお、あんたか。ほら、もう武器は出来上がっているぞ。そこの机の上に置いてある」
アルドはルドルフが指さした机の先を見た。しかし、そこに槍も剣もなかった。
「ルドルフさん。どこに武器が?」
「はっはっは。そこの槍と剣を模したアクセサリがそれだ」
机の上には確かに鎖に巻かれてある槍と剣がある。サイズ的には元の大きさよりかなり小さい。子供の手にもすっぽりと収まる程度のサイズである。形状を見れば確かに雷神の槍と疾風の刃のそれである。
「ルドルフさん。こんなサイズの武器でどうやって戦えって言うんですか」
「まあ手に取ってみんさい」
アルドは言われるがままに槍の形をしたアクセサリを手に取った。しかし何も起こらない。
「何も起こりませんね」
「ああ、そうじゃ」
ルドルフは剣のアクセサリを手に取った。チェーンをジャラジャラと音をさせて擦っているがなにも起こらない。
「何も起こらないが起きている。このイノセント・アームズはいわば封印されている状態。だから、この状態ならば誰が手に取ってもマナの器が破壊されることはない。ワシでもな」
武器を不用意に触ることを嫌がっていたルドフルもこのアクセサリにはベタベタ触っている。
「なるほど。それで、封印を解くにはどうすればいいんですか?」
「鎖の留め具を外してみな。おっと刃先には気を付けな。うっかり刃先を人に向けた状態で封印を解かないようにな。人を差しかねないからな。はっはっは」
「わかりました」
アルドは自分にもルドフルにも刃を向けないように方向と位置を調整して鎖の留め具を外した。その瞬間、雷神の槍が元の大きさに戻った。
「お、おお!?」
「ふふ、どうだ。これで複数種類の武器を楽に持ち歩けて、状況に応じて使い分けることができるようになった。再度封印するには、鎖の留め具をもう1度付ければ良い」
アルドは雷神の槍についている鎖の留め具を付け直した。すると雷神の槍は小さなアクセサリに戻った。
「これは封印の鎖。環状で武器を縛り上げることにより、イノセント・アームズの武器としての性能を無力化する効果がある。昔はお前さんみたいに、マナの器を持たない人間がいなかったから、有事の際以外はマナの器を侵食しないようにと作られたものだ。まあ、持ち運びが楽になったのはおまけだがな。お前さんにとっては、おまけの方が重要じゃがな」
「なるほど。これ程の抑止力があったのに、なぜイノセント・アームズは廃れたんですか?」
「抑止力があっても、戦闘が長引けば器が破壊される可能性がある。器の大きさも人によってまちまちじゃ。いつどこで壊れるかわからない。ワシは器を壊すのも自己責任だと思っているから、未だにこの武器を作り続けているが……戦場にいる側としては、味方の精神が急にイカれるのは死活問題なのじゃろう」
「まあ、わかる気がします」
「とにかく、これで雷神の槍と疾風の刃。状況に応じて武器を使い分けられるようになった。この機能をどう使うかはお前さん次第じゃ。がんばれよ」
「はい! ありがとうございます」
アルドは雷神の槍と疾風の刃のアクセサリを持って、ルドルフの工房を後にして帰宅した。
家に帰るとイーリスとクララとミラの姿がそこにあった。
「おっそーい! お父さん!」
「え? どうしたんだ? みんな」
ふくれっ面のイーリスの後ろに控えめな表情のクララとミラがいた。
「あ、お邪魔してます」
「アルドさん。いきなりで悪いんだけど……ワタシの弟を助けて欲しいんだ」
「弟? ちょっと話を聞きたいな」
「お父さん。今はそんな時間ないんだって」
「え? ええ?」
「詳しい話はアタシが道中で話す。行こう」
イーリスに引っ張られる形で自宅を出るアルド。道中からミラに説明を受けた。
ミラの弟のホルンが病気になっていること。その病気の特効薬が現在切れていて、月雫の丘に取りに行かなければならない。ジェフも同行することになって。彼に薬草の目利きができる鑑定人と交通手段のペガサス馬車の手配までしてもらっていること。ペガサス馬車を待たせている都合上、あんまりのんびりできないというわけだ。
「僕がいない間に随分と話が進んでいたね」
「そうだよ。お父さん。武器を取りに行くなら昨日行けばよかったのに!」
「あはは、ごめん。昨日は炭鉱の仕事があったから」
「まあ、でも。今日はアルドさんが休みで良かった。お陰でこうして同行してもらえるからな」
ミラがホッとした表情を見せる。そして、ジェフとの待ち合わせの場所についた。ジェフの隣にいたのは……
「あっ、モヒカンだ」
「うげ」
イーリスがドラゴンのタトゥーを入れているモヒカンを指さした。いつぞやの凪の谷がダンジョン化した時に遭遇したモヒカンである。
「ん? 知り合いなのか?」
「い、いえ。ジェフのアニキ」
「知り合いって言うか、この人、私たちに」
「わーわー。えっと、お嬢ちゃん? キャンディは好きかな?」
「好きだよ」
「あ、後でおじさんが買ってあげるからね。ちょっと静かにしてようか」
「えー、でもお父さんから知らない人にはついて行っちゃいけないし、お菓子あげるよって誘い文句もダメって言われてるしなー」
「イーリス。今回は良いじゃないか。僕が許可する」
「やったー」
無邪気に喜ぶイーリス。アルドはなんとなくモヒカンのバツが悪そうな感じを察して、助け船を出してあげた。
「こいつは、こんな頭をしているけれど、植物の目利きが得意なんだぜ。かっかっか。ちゃんと合法なやつ"も”精通しているから安心してもいいぞ」
「ちょ、アニキ。誤解を招くこと言うのやめてください。オレが非合法な植物に詳しいのは取り締まる立場だからで。この柄の悪い恰好も潜入調査に役立つんすよ」
「というわけで、こんなナリだけど、こいつは俺に借りがあって頭が上がらないんだ。髪は荒ぶっているけどな。おっと御者を待たせているんだった。さっさと行こうか」
アルドたちはペガサス馬車に乗り、目的地まで目指した。
「へっへっへ。いやあ、お嬢さんたち、まさかジェフのアニキのお弟子さんとそのお仲間さんだったんですね。へっへっへ。言ってくれれば良かったのに」
あの時の不遜の態度はどこへやら。明らかに
「それに、凪の谷のダンジョンを解放したのも、流石ですねえ。流石ジェフのアニキのお弟子さんだあ」
わかりやすいように手の平をクルクルとさせてご機嫌を取ろうとするモヒカン。イーリスはそれをジト目で見ながらつまらなさそうに話を聞いている。
「ねえ、これから向かう月雫の丘ってどんなところなの?」
退屈しているイーリスは隣にいたクララに話しかけた。
「そうだね。月雫の丘は……邪霊がいっぱいいるところだよ」
「それじゃあダンジョンなの?」
「ううん。ダンジョンじゃないの。ダンジョンはボスとなる邪霊が精霊に封印された場所のこと。でも、そこの邪霊はまだ精霊に封印されてないんだ」
「どうして?」
「そこにいる邪霊は積極的に人里に降りて来るような個体じゃないからね。ただ、月雫の丘に立ち入る者には容赦なく攻撃するの。それくらい縄張り意識が高い邪霊なんだ」
クララの説明にジェフが「かっかっか」と笑う。
「まあ、下手に突っつかなければ、人に危害を加えないから精霊も動かない。特に狩る用事がなければ懸賞金もつかないからエクソシストも動かない。お互い住み分けができるっつんならそれでいい。なにも無理して人間と邪霊が争う必要もねえからな」
「そうなんだ」
「でも、今回ばかりはそうもいかないんだよね。月雫の丘に邪霊が住み着いたのは1年くらい前。流行り病が収束した後だから、人間もわざわざ薬草を採取する必要がなくなったから争うこともなかった。でも、ホルン君が病気になったのなら話は別」
「大人しくしている邪霊には申し訳ないけど……アタシはホルンのためなら戦う覚悟はある」
ミラが持っている杖をぐっと握った。唇も噛みしめていて落ち着かない様子である。
「まあ、邪霊のせいで特効薬の在庫が切れたのも事実だしな。なにせ、邪霊がいるからだーれも薬草採取にいかねえからな。かっかっか。ある意味で今回殴りこまれるのは自業自得ってわけさ」
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