第47話 お誕生日おめでとう
コンコンとアルドの家のドアをノックする音が聞こえる。それと同時にイーリスが駆けだして訪問者を出迎える。
「イーリスちゃん。お誕生おめでとう!」
クララとミラがやってきた。イーリスはその二人の姿を確認するや否や頬を緩ませる。
「ありがとう。クララさん! ミラさん!」
イーリスはこの日に生まれて、そして今日、10歳になった。その記念すべき日に仲間がお祝いしてくれる。今まで誕生日を孤独に過ごして来たイーリスにとって、その時点で最高に恵まれた誕生日になったのだ。
「イーリスちゃん。その格好可愛いね」
「え。えへへ。そうかな」
イーリスが来ているのは淡い水色のワンピース。お誕生日ということでおめかしをしているのである。髪もアルドに結ってもらっていつもと違う特別感を演出している。
「やあ、クララ、ミラ、いらっしゃい。ここまで着る道中大丈夫だった?」
イーリスに遅れることアルドもやってくる。
「アルドさん。私たちを誰だと思ってるの? その辺のチンピラなんか相手にならないよ」
「あはは。それは頼もしいな」
アルドも一応は娘を持つ親。いくら、クララやミラが強いとは言え、年頃の娘が治安が悪いところ歩くのは心配なのである。
「さあ、上がってくれ」
「お邪魔します」
クララとミラが家にあがり、イーリスの誕生日会が始まった。テーブルの中央にチキンが置かれていて、その周囲にはアルドが作った料理がある。それを見てミラが目を丸くして驚いている。
「これは……アルドさん。意外に見映えが良い料理を作るもんだな」
「ミラ。一体僕のことをなんだと思っていたんだ」
「いや……その、失礼ながら男親がここまでできるとは思わなくて」
この世界では男親が料理をするケースはそんなに多くない。ただ、この世界とは違う世界から来たアルドは、きちんと家事を分担している良き夫であり父であった。記憶がないながらもその経験が活きているのだ。
「へへん! これが私のお父さんだよ! 凄いでしょ!」
イーリスは鼻高々に胸を張った。そんなイーリスの頭をポンと叩いて笑顔を向けるミラ。
「そうだな。イーリスちゃんは良いお父さんに恵まれたな」
一見すると微笑ましいやりとりである。しかし、クララはミラの心中を察していた。ミラは既に両親を亡くしている。イーリスのようにもう父親を自慢することができないのだ。それでも、そんな寂しさをおくびにも出さないミラにクララは尊敬の念を覚えた。
「さあ、テーブルに座ってくれ。料理が口に合うかは保証しないけどね」
4人がテーブルについて、それぞれ料理を食べ始める。
「美味しい……!」
「でしょでしょ」
クララとミラの反応を見て、またしても得意気になるイーリス。アルドの料理が褒められて、アルド以上に喜んでいるのだ。
「なんというか……味付けとか独特な料理だな。この辺の地方でこの味付けを味わったことはないな。アルドさん。この料理はどちらで学ばれたもので?」
「あはは。なんというか、知らず知らずのうちに身に付いていたというか覚えてないというか」
「そうか……アルドさんは事故で記憶を失っていたんだったな。申し訳ない」
「いいんだ。ミラ。僕自身、もう過去の記憶に執着してないからね。僕にとって重要なのはイーリスと一緒にいられる今なんだ」
執着しないどころか記憶が戻らなければいいのにとすらアルドは思っている。アルドからしてみれば、記憶を失う前の自分はイーリスに虐待をしていた。そんな自分を思い出したくないのだ。
「チキン食べたいー!」
イーリスがアルドにそうおねだりをする。アルドはナイフを使ってチキンを切り分けてそれをイーリスに渡した。
「ありがとうお父さん」
「どういたしまして」
チキンをもぐもぐと食べるイーリス。4人であっと言う間にアルドが用意した料理をたいらげて、残すはケーキのみとなった。
「イーリス。お誕生日おめでとう」
アルドがそう言うとバタークリームのホールケーキをテーブルの上に置く。
「ねえ。お父さん。私が切ってもいい?」
「うん。いいよ」
本来は本日の主役であるイーリスにはもてなされるだけでいて欲しかったが、本人がケーキの切り分けを希望するならばそれを断ることもできない。
「えっと……まずは真っ二つにえい」
イーリスがナイフでホールケーキを半分に切る。丁度中心を通ってキレイに切れている。
「えっと……次はどこを切ればいいのかな」
「ここだ」
アルドが切るべき箇所を指さした。まだ、円形のケーキを等分するような教育を受けていないイーリスは、そういう知識が薄かった。アルドの指示通りに切り込みをいれてケーキを食べやすいように8等分にすることに成功した。
「ふう」
「すごい。イーリスちゃん。ケーキがキレイに切れてる、器用なんだね」
「そ、そうかな。えへへ」
クララに褒められて良い気になるイーリス。それぞれ2欠片ずつケーキを食べながら談笑をする。
そして、誕生日会を残すところはプレゼントの受け渡しだけとなった。
「僕からはこれだ」
アルドがプレゼントを渡す。
「わあ、ありがとうお父さん」
「開けてごらん」
アルドに促されてイーリスはラッピングを外した。中から出てきたのは、イーリスが読みたがっていた本だった。
「わ、わあ! これ欲しかったんだ。ありがとう、お父さん」
イーリスは目を瞑って本をぎゅっと抱きしめた。本を抱きしめていると心が温かい気持ちになる。
「私からはこれ」
クララが渡したのは、有名店のクッキーの詰め合わせだった。女子ウケしそうな可愛らしい形状である。
「クッキー! ありがとうクララさん」
「うん、喜んでもらえて良かった」
「アタシからはこれだ」
ミラが渡したのは、ピンク色の石鹸だった。
「良い香りがする石鹸だ。アタシもこれを使っている。イーリスちゃんも是非使ってみた欲しい」
「ありがとう」
プレゼントも渡し終わって、しばらく歓談した後にクララとミラが帰る時間になった。
「それじゃあ、私たちはそろそろ帰るね」
「ああ。そうだな。楽しい時間だった」
「クララさん! ミラさん! ありがとう、またねー」
「ああ、またな」
「じゃあね、イーリスちゃん」
玄関まで2人を見送るアルドとイーリス。イーリスは2人が去ってからも手を振っていた。
「行っちゃったね」
「ああ、そうだな」
2人の姿が見えなくなった時、イーリスは頭からアルドの体に寄りかかった。
「イーリス?」
「お父さん……ありがとう。私、こんなに楽しい誕生日初めて。私のためにここまでしてくれるなんて……」
イーリスの目が潤む。今まで誕生日なんて祝われるどころか、「なんで生まれてきたんだよ」と言われてきた始末である。父親にそんなことを言われて、自分は生まれてこない方が幸せだったのではないかと思う時もあった。
「何言っているんだ。イーリス。僕はイーリスのためだったらどんなことでも惜しむつもりはないよ。それに、僕こそお礼を言いたい。イーリス……生まれてきてくれてありがとう。僕のもとに来てくれてありがとう」
アルドはイーリスをぐっと抱きしめた。誕生日を親に祝ってもらえる。今のアルドにとっては、当たり前の感覚でもイーリスの過去ではずっと望んできたことだった。
アルドは誓った。2度とイーリスに「私のためにここまでしてくれてありがとう」などと言わせないようにしないといけない。親に愛されるのが、誰かに愛してもらえるのが日常になれば、そんなセリフは言わないし、言う必要がない。来年の誕生日からは「いつもありがとう」と言われるような父親になりたいと願うばかりだった。
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