第20話 魔法に慣れよう
アルドは今日も鉱山で鉱石を掘る。このツルハシも邪霊の素材で出来ていれば、身体能力が上がって楽になるのに。という考えが頭をよぎった。
だが、職場にそんな危険なものを持ち込むわけにはいかない。誰かが誤って、邪霊のツルハシを使ってしまったら大惨事になりかねない。
大人しく普通のツルハシで普通の身体能力で仕事をする。仕事中に思い浮かぶのは娘の顔。なにせ、今日は初めてクララが家に来た日である。イーリスとクララ。上手くやってくれるといいなと思いながらもツルハシを振るう。
◇
「クララさん! 魔法を教えて!」
自宅にやってきたクララに憧れの視線を向けるイーリス。光の魔法を使ってないのにも関わらず、その瞳はかなりまぶしい。
「はいはい、慌てないの。実際に魔法を撃つ前に、マナの力に慣れておかないと。マナに酔ってしまったら、魔法を撃つ度にこの前みたいにフラフラになっちゃうよ」
「う……」
イーリスはギクっと体を震わせた。彼女としても外で急に気絶するように眠ってしまって、アルドに迷惑をかけてしまった自覚はある。
「でも、大丈夫。イーリスちゃん。マナ酔いをする魔法使いは将来的に強くなるって言われているから!」
「誰が言ってるの?」
イーリスが首を傾げる。クララも同じく首を傾げた。
「昔のえらい魔法使い?」
「そうなんだー」
ふわふわしたクララの回答にイーリスもふわふわとした言葉を返す。
「まあ、そんなことはおいといて……また、おへその下あたりにあるところにあるエネルギーを意識して」
「はい! クララ師匠!」
イーリスは敬礼をした後にへその下あたりにぎゅっと力を入れた。
「この状態をキープして。ちょっとふらふらって来てもがんばって耐えて」
「耐えるって言ったって。あっ……」
イーリスはふらふらと歩いてその場に崩れ去ってしまった。
「大丈夫? イーリスちゃん」
「大丈夫……ちょっと、たちくらみがしたみたい」
「でも、この前よりも長くマナの力に耐えられている。この調子でがんばれば、すぐに魔法を使えるようになるよ!」
クララがぐっと拳を握ってイーリスを励ました。イーリスは後ろ手にもじもじして顔を赤らめる。
「ねえ、クララさん。私、このまま練習すれば魔法使いになれるかな?」
「うん、イーリスちゃんならすごい魔法使いになれるよ!」
イーリスがさらにモジモジとする。クララとしてはどうして、イーリスが体をもじもじとくねらせているのか理解できないが、その姿がなんともいじらしいと感じてしまう。
「その……私もディガーになってお父さんと一緒にダンジョンに潜れるのかな?」
「え?」
イーリスの突然の発言にクララは頭をかいてしまう。なんと答えていいのかわからない。
「えーと。イーリスちゃん。ディガーになるには、ディガー協会に入らないといけないの!」
「じゃあ、入る!」
いとも容易く言うイーリス。だが、クララはため息をつく。
「えっとね。イーリスちゃん。ディガーになるには確かに年齢制限はない。でも、ある程度強くなくちゃ認められないの。アルドさんだって、邪霊を倒せる実力はあったから、ディガーとして認められたんだよ?」
と言ってもアルドは戦闘面での評価はギリギリのところだった。発掘に対する適正。それが高いとみなされて大幅に加点されたので、辛うじてディガーと認められたのだ。
イーリスは普通の女の子で、戦闘能力もなければ、アルドのように発掘に長けているわけでもない。正直、現状では厳しいと言わざるを得ない。
「じゃあ、黙ってダンジョンに入る!」
「ダメだよ! ディガーでもない人が勝手にダンジョンに入ったら。衛兵に捕まっちゃうよ?」
「えー……」
イーリスはつまらなさそうに口を尖らせた。でも、そこで諦めるような子でもなかった。
「じゃあ、私が強くなれば、ディガーになれるんだよね?」
「えーと……」
クララは、しまったと思った。アルドは何か言っているわけでもないが、恐らく、9割以上の確率でイーリスがディガーになることを望まない。だから、イーリスにディガーを目指させるべきではないのであるが……年齢制限がないと知ってしまった以上、イーリスの想いは止まらない。
でも、クララは嘘は得意ではない。年齢制限があって、イーリスはディガーになれないと嘘をついてでも突っぱねることはできない。
「そう、まずはマナの酔いを克服しないと。話はそこからだよ!」
クララは話を逸らした。事実、マナで酔うディガーはいない。アルドを除けばほとんどのディガーは魔法を使うことができる。別にディガーは魔法が使えなければならないという条件はないが、魔法が使えるのとそうでないのとでは、戦闘力に大きく差が出る。
いわば、魔法が使えるという技能は、ディガーにとっては生命線。そこにマナ酔いという重要な欠点をかかえているようなバカはいないのだ。
「うん、それじゃあ、私。もう少しがんばってみる」
イーリスはぴょんと立ち上がり、またへその下の力を引き出すイメージをする。
へその下に溜まっているマナ。それが全身をかけめぐり、イーリスのマナの器にそなわっていた力を馴染ませる。
「うん。その状態を1時間キープ。それができなきゃ、ディガーになるのは厳しいよ」
「うん、がんばる!」
実際、ダンジョン内ではいつ戦闘になってもおかしくないから、このようにいつでも魔法を撃てるような状態にしておくのは必須の技術である。魔法使いタイプなのに、1時間程度でマナに酔うようでは、ディガーは務まらないのだ。
それから15分後、イーリスの体にまた変化が……
「ああ、もうだめー」
イーリスがふらふらと足取りが怪しくなって床にぐでーと伏せてしまった。
「イーリスちゃん。ちょっと休憩しようか。あんまり詰め込み過ぎても逆効果になっちゃうし」
「うん」
少し回復してきたので床にちょこんと座るイーリス。クララの様子をじっと見つめている。
「ねえ、クララさんはどうしてディガーになろうと思ったの?」
「どうして……か。うーん、どうしてだろうねえ。他に仕事がなかったからかな? ほら、私って強いし」
クララは少し焦った様子でイーリスの質問にはぐらかす。
「クララさんは確かに強いってお父さんから聞いていたけれど、それだったら他にも仕事があるような」
事実、ディガー以外にも強さを活かせる仕事はいくらでもある。衛兵だったり、精霊がダンジョンに封印しきれなかった邪霊を倒すエクソシストという仕事もある。
「精霊が泣いている気がしたの」
「え?」
「私は昔にダンジョンに入ったことがあるの。もちろん、その時はディガーの資格を持ってなかったから本当はいけないことだけど」
淡々と過去を語りだすクララ。イーリスはごくりと唾を飲んでクララの話を聞く。
「運よく邪霊とは遭遇しなかったけれど……私はダンジョンで迷子になっちゃって出られなくなったんだ」
「え? それって大変なことじゃないの?」
「うん、そう。大変だった。泣きたいけれど、泣いたら邪霊に見つかっちゃうからそれもできずに、必死に声を押し殺して時間がすぎるのを待っていたんだ」
イーリスもクララの気持ちがわかったような気がする。実質的にダンジョンに閉じ込められるクララ。イーリスもかつてはアルドに家に閉じ込められていた。そして、恐怖の対象がいつやってくるかわからない。そんなことでびくびくしていたのも同じことだ。
「結局、ディガーに救助されたんだ。私は10時間くらいダンジョンにいたような気がしたけれど、実際は1時間しか経っていなかった。それくらい、ダンジョン内は怖かった……」
「トラウマを持っているのにどうしてディガーに?」
「うん……怖い想いをしたからこそだよ。精霊だって、本当はダンジョンに封印なんてされたくないと思う。でも、人間を邪霊から守るためにその身を犠牲にしているんだ。でも、ずっとダンジョンにいるのって1人で心細くて怖いと思う。だから、私がこの手で精霊を解放してあげたいんだ」
クララの言葉にイーリスは重みを感じた。自分はただ、アルドと一緒にいたいからという軽い気持ちでディガーを目指そうとしていた。その対比でイーリスの幼心でも恥を感じてしまう。
「クララさん……私も精霊を助けたい。だから、もっとがんばる!」
「ふふ、それは良い心がけだね!」
イーリスもまた、1人で心細くて怖い想いの生活を経験したからこそ、精霊を助けたいと思ったのだった。
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