第19話 魔法の練習
大道芸を見終わったアルドたち。イーリスは、上機嫌でクララの後をついていく。人通りがあまり少ないところに来たクララは、ここで止まる。
「よし、この辺りなら広くて人通りも少ないから魔法の練習にぴったりだね!」
「魔法……! クララさん! お願いします!」
イーリスがペコリと頭を下げる。アルドは後方で腕組みしながら愛娘の様子を観察している。
「まずは、魔法の体系を説明するね。魔法は6種類に分類されているんだけど……まあ、人間が使えるのは5種類だけなの」
「え? 使えない魔法もあるの?」
イーリスが残念そうな顔をしている。イーリスのイメージでは魔法使いはなんでもできるすごい存在だと思っていた。でも、その能力に制限があるとなると、ちょっと夢が壊された気分になる。
「まずは、人間が使える魔法を説明するね。炎と大地の力を司る【赤の魔法】。水と氷の力を司る【青の魔法】。風と樹の力を司る【緑の魔法】。雷と光の力を司る【黄の魔法】。そして、精霊と人間が使える【精霊魔法】。この5つが人間が使える魔法なの」
「ふんふん。ねえ、人間が使えない魔法ってなんなの?」
「それは邪霊のみが使える【邪霊魔法】。精霊と人間はお友達みたいなものだから、精霊の力は人間も使えるけれど、邪霊の力を人間が受け入れることはできないの。だから、邪霊専用の魔法はこの世の誰も使えない」
「へー。そうなんだ」
精霊も邪霊も根っこの部分では同じ精神体という共通点がある。人間と親和性があって益になる存在が精霊。逆に人間に害を及ぼすのが邪霊である。
「それでね。ここからが本題なんだけど、私が使える魔法は精霊魔法と青の魔法と緑の魔法だけなの」
「そうなの? 人間は5種類の魔法を使えるんじゃなかったの?」
イーリスが口をぽかーんと開けて呆けている。
「うん、でもね。イーリスちゃん。人によって得意なこと、苦手なことが違うでしょ?」
「うん。私はお掃除が得意だけど、お父さんはすぐにものを散らかすんだよ」
「イ、イーリス!」
イーリスの急な暴露にアルドは恥ずかしくなってしまう。クララはそれを「あはは」と笑って受け流した。
「そう。魔法もそれと同じ。1人の人間が使える魔法は3種類まで。だから、イーリスちゃんは私と違った色の魔法が使えるかもね」
「へー。そうなんだ。私はどんな色の魔法が使えるのかな!」
イーリスは目を輝かせてクララに視線を送った。自分がどの色の魔法を使えるのか、それを知りたくてうずうずしているのだ。
「もし、イーリスちゃんが青か緑の魔法に素質があったら、それを教えてあげられるよ。それに、人間はみんな共通して精霊魔法を使えるの。そっちも私も教えられるから、最低でも1つの魔法は教えられるから安心してね」
「はーい!」
イーリスは無邪気に笑って手を上げた。クララが「くすくす」と口元を抑えて笑う。
「うん、よろしい。それじゃあ。まずは色の検査をしてみるね。イーリスちゃん。両手の手のひらをお空に向けてね」
「うん」
イーリスがクララの言う通りに手の平を上にして差し出した。
「そのまま深呼吸して」
「すー、はー」
「もっと繰り返して力を抜いて」
「すー、はー、すー、はー」
イーリスは吐息を混ぜながら深呼吸をする。その吐息の愛らしさにアルドもクララも内心でメロメロになっているものの平静を装う。
「そう、その調子! 手の平に意識を集中させて。おへその下あたりにマナのエネルギーが溜まっているの。そのエネルギーを手の平に持っていくイメージして、一気に息を吐いて」
「すー……はーーーー!」
イーリスの右手から赤色のエネルギー波が、左手から緑色のエネルギー波がでた。
「お、お!? おぉおおー!」
初めて自分の手から魔法のエネルギーが出たことでイーリスは興奮が抑えられない。目をキラキラと輝かせて、口も開けて「おおお!」と連呼する。
「その色が見えるでしょ? それが、イーリスちゃんの魔法の色。イーリスちゃんは赤の魔法と緑の魔法が使えるんだね。緑は私も使えるから、それは教えてあげられるよ」
「うん! それじゃあ、早速、魔法を教え……あうぅ」
イーリスはふらふらと立ち眩みをしてしまう。
「イーリス!」
アルドはすぐにイーリスのところに駆け寄って彼女の体を支えた。その速さは【疾風の刃】を持っていないのに、それくらいに速さに補正がかかっているようである。
「うん。お父さん。ちょっとくらってしちゃった」
「大丈夫? イーリスちゃん。魔法を使うことに慣れてないとマナで酔っちゃうことがあるの。別に体に害があるとかでもないし、使い続けることで慣れるから気にしなくても大丈夫だよ」
「うん」
「イーリス。あんまり無茶はしないようにな」
イーリスはアルドの腕の中で目を細めて安心した表情を見せる。そして、そのまま……寝てしまった。すやすやと寝息を立てるイーリス。アルドは面を食らってしまう。
「外で寝るのか」
「くす……お父さんの腕の中だから安心しちゃったのかもね。マナを使いすぎて眠気が襲ってくるってことはよくあることなの」
「うーん、イーリスにまだ魔法は速いじゃないのかな? 子供だからこういう影響を受けたとかじゃないのか?」
魔法のことには詳しくないアルド。そう思ってしまうのも無理はない。14歳のクララが平然と魔法を使っているのに対して、体が小さい9歳のイーリスが使いこなせないのは年齢の問題ではないかと疑っているのだ。
「大丈夫。大人でもこうなっちゃう人はいるから。年齢は関係ないよ。それに、マナで酔う体質の方が最終的には強い魔法使いになるって俗説もあるくらいだから。イーリスちゃんは凄い才能を秘めていると思うよ」
「そうなのか! 今の話は本当か?」
アルドは食い気味にクララに質問をする。
「うん。まあ、魔科学的な根拠はないけどね」
「それでもいい。イーリスが凄い才能を秘めているなんてな。ははは!」
娘が才能を持っている可能性があると知って、喜ぶアルド。完全に親バカである。
事実、イーリスはとんでもない才能を秘めている魔法使いである。その力を正しい方向に向くか、そうでない最悪の道を向くか。イーリスの運命を握っているのは父親のアルドである。
だが、当のアルドはそのことを知らない。知る必要もない。そんな最悪の結末を知らなくても、イーリスに愛情を持って接しているから。
「クララ。今日はごめんな。せっかくイーリスに魔法を教えてくれたのに」
「ううん。大丈夫だよアルドさん。イーリスちゃんが悪いんじゃないからね」
イーリスが眠ってしまっては、解散せざるを得ない。アルドは眠っているイーリスを抱っこしながら自宅へと戻った。
◇
「ねえ、お父さん! 次はクララさんといつ会えるの!」
両手をぐっと握ってアルドに詰め寄るイーリス。朝の仕事に行くまでの時間、アルドはいきなり詰められて戸惑っている。
「ええと。次に会うのはいつだったかな?」
「私、もっとクララさんと仲良くなりたい。だって、あの人はいい人だもん! 私に魔法を教えてくれるなんて、悪い人なわけない!」
クララに対する警戒心がすっかりなくなったイーリス。嬉しい反面、そんな理由で簡単に人を信用しすぎるのも危ういと思うアルド。
「まあ、クララに相談してみるよ。僕が日中、仕事でいない時に面倒をみてもらう。そういう形でもいいかな?」
「うん!」
結果的にイーリスはクララと打ち解けることができた。やはり、人間というものは、共通の趣味や話題があれば打ち解けるものである。イーリスが魔法に興味があったからこそ。それがとっかかりとなって、少しずつクララと仲良くなっていく。
そんな幸せな未来がようやく見え始めた——
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