第9話 夢でみた少女?

 アルドは夢を見ていた。それは、自分がまだ子供だった頃。とあるゲームをプレイしていた。そのゲームの内容の全てを思い出すことができない。だが、その序盤の出来事は覚えている。


 主人公の少年。後に勇者と呼ばれる存在。その勇者の旅を最初期から支える1人の銀髪の女性。勇者よりも年齢が上の大人の女性である。その女性の名前がうっすらと浮かんできた。彼女の名前は「クララ」。


 アルドはそこで目を覚ました。この世界に存在しないはずのゲームというもの。それが何なのか、アルドには理解できない。夢特有の荒唐無稽こうとうむけいの現象なのだろうか。


 アルドがゆっくりと体を起こして目をぱっちりと開く。寝起きに見たのは自分のベッドですーすーと寝息を立てているイーリスの姿だった。そういえば、昨日はイーリスと一緒のベッドで寝たなと思い出す。


 アルドはイーリスを起こさないように、そっとベッドから降りる。娘の愛しい寝顔をもう少し見ていたい気持ちもあるけれど、朝の時間は忙しい。まずはやるべきことをやる。


 イーリスのために朝食を作り、職場に行くために身支度を整える。顔を洗い、寝ぐせをかして、歯を磨く。


 寝ぼけ眼がすっきりしたところでイーリスが目を覚ました。


「お父さんおはよう」


「ああ、イーリスおはよう」


 寝ぼけ眼をこすりながらイーリスがのそのそとアルドに近づいてくる。


「さあ、イーリス。早くご飯を食べよう」


「うん」


 イーリスは、アルドと手を繋いで食卓へと移動した。イーリスはその間、上機嫌に鼻歌をうたった。


「お父さん、今日はダンジョンに行くの?」


 イーリスが食卓の席でふとそんな疑問を口にする。


「いや、今日は真っすぐ帰るつもりだよ」


 アルドはイーリスとの生活のために副業としてダンジョンに潜っている。あまり、副業ばかりしていては、イーリスと共に過ごせる時間が減って、本末転倒になってしまう。だから、ダンジョンに潜る頻度も適度にしようということだ。


「そっか。えへへ」


 イーリスは椅子に座った状態で脚をぱたぱたと動かした。


「昨日のダンジョンで、堀った原石が結構な値がついたからね。しばらくはこれで生活できそうだし」


 アルドがしばらくダンジョンに潜らないことを知って安心するイーリス。そんな会話をしながら朝食を食べ終わり、アルドは職場へと向かおうとした。



 職場へと向かう途中、スラム街で1人の銀髪の少女がいかにも屈強な筋肉だるま2人組に絡まれていた。


「おう、嬢ちゃん。オレたちがスリだって? そんな証拠どこにあるんだよ!」


「へへへ。こいつ、中々良い体しているぜ。奴隷商に売っぱらってやろうぜ」


 明らかに穏やかではない会話が聞こえてくる。アルドは流石に見過ごすわけにはいかないと思って、止めに入ろうとする。しかし………


「がは……」


 銀髪の少女は肘鉄砲を筋肉だるまの1人に食らわせた。その所作はとても速くてアルドには視認することができなかった。


「て、てめえ!」


 もう1人の筋肉だるまが少女に掴みかかろうとする。しかし、少女は筋肉だるまを足払いで転がした。


「がは……」


「うーん。見た目は力ありそうなのに、残念だね。力の使い方が下手っていうか」


 銀髪の少女は人差し指をアゴに当てて視線を上に向けている。戦闘中にそんな仕草を向けられて、足払いされた筋肉だるまは怒って少女にまた掴みかかろうとする。


「だから、その動きが無駄なんだって」


 少女は筋肉だるまの腹部に思いきり蹴りを入れた。この一撃は強烈なもので、あっと言う間にノックアウトしてしまう。屈強な成人男性2人組をあっと言う間に無力化してしまったこの少女……アルドはどこかで見たことがあるような気がした。


「あ、いっけなーい。遅刻……あ、そうだ。そこの人」


 銀髪の少女はアルドの方を見て、手を振った。


「助けようとしてくれてありがとうね」


「あ、ああ……」


 アルドは小さく手を振り返した。銀髪の少女はそのまま走ってどこかへと消えてしまった。


「なんだったんだ……あの子は……」


 アルドはそう呟いた後に何事もなかったかのように、気を取り直して職場へと向かった。


 職場に向かい、仕事をするアルド。親方や同僚に絡まれながらなんとか仕事をこなしていく。最初の頃に比べたら仕事に慣れてきたものの、まだまだベテランに比べたら動きがぎこちない。


 なんとか仕事を終えたアルド。鉱山の裏にあるダンジョンを少しだけ様子見してみる。


 そこのダンジョンから昼間出会った銀髪の少女が出てきた。


「あっ……」


 少女はアルドの顔をみて固まった。少女の赤色の瞳はアルドをじっと見据えている。そして、指を指した。


「えっと。昼間会いましたよね?」


「ああ。こんなところでまた会うなんて偶然だね」


 なんか気まずい空気が流れる。少女はまさかスラム街であった人と同じ日に別の場所で再会するとは思ってもみなかったのだ。


「ああ、僕はこの近くの炭鉱で働いているんだ。このダンジョンの裏に採掘所があってね」


「ああ、それで……でも、ダンジョンに何の用があって来たの?」


「んー。ダンジョンに用があるって言うか。ちょっと様子を見に来ただけかな。今日は潜る予定はないけれど、副業でディガーをやっていてね。だから、ちょっと気になっただけ」


 アルドは本当のことを話した。別に副業でディガーをやっていることを隠す理由もない。


「ふーん。そうなんだ。ディガーかー。じゃあ、同業者だね。私の名前はクララ。まだまだ若手の駆け出しだけどよろしく!」


「ああ。僕はアルド。駆け出しの駆け出しさ」


 アルドの言葉にクララは「ぷっ」と吹き出した。


「あはは。なにそれ」


「まあ、昨日ダンジョンに潜り始めたばかりだからね」


「そっか。じゃあ、アルドさんは私の後輩になるのかー。なるほどなるほど」


 クララは、なぜか得意気な顔でアルドを見つめる。人によってはマウントを取られたようでイライラしそうな感じはするが、アルドは寛容な精神でクララを受け入れた。


「じゃあさ、アルドさん。今後、一緒にダンジョン潜ろうよ」


「僕と一緒に? でも、僕はそんなに強くないよ」


「大丈夫大丈夫。実は、私はディガーなのに、発掘があまり得意じゃないんだよね? アルドさんは炭鉱夫だからそういうの得意でしょ?」


「うん。まあ、仕事柄そういうのは得意な方だと思う」


 記憶はないけれど、ある程度体で覚えている部分はある。だから、ダンジョンでの発掘作業はアルドは得意な方なのだ。


「私が戦闘して、アルドさんが発掘して素材を稼ぐ。そういう流れでいこう!」


 クララがニカっと笑う。アルドとしては年下の少女に戦闘を任せるのは少し情けない気もする。だが、アルドはこのクララの強さを知っている。少女だからと決して侮ってはいけない実力者なのだ。


 それに、仲間がいた方がイーリスも安心すると思う。1人で潜るよりも2人の方が生存率が高くなるのだ。そう考えると、アルドにとってはクララの提案は魅力的なものがある。


「わかった。クララさん。僕と一緒に組もう」


「うん。そうこなくっちゃ。でも、さんはいらないかな。いくら私の方がちょっと先輩でも、なんか年上の男の人に、さん付けされるとなんかむず痒いよー」


「そ、そうか。クララ」


 こうして、アルドはクララと組むことになった。このクララという少女。今は駆け出しのディガーではあるが、とんでもない素質を秘めている少女である。それこそ10年以上鍛錬を積めば、勇者の素質があるものと肩を並べられる程に。


「それじゃあ、明日。ここで待ってる」


「あ、明日?」


「うん。仕事終わりでいいから、ここに来てね」


 強引にダンジョンに潜る約束を取り付けられたアルド。しばらくはダンジョンに潜る予定はなかったが、やる気があるクララの誘いを断るのも彼女に悪い。その誘いを受け入れることにした。

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