第7話 娘のためにダンジョン潜る

 アルドは仕事の昼休憩中に親方にあることを相談することにした。


「親方。なんか稼げる副業とかないですか?」


「んー? まあ、あるにはあるが。どうした? ギャンブルか? 女遊びか? それとも酒場のツケが溜まってるのか?」


 親方はニヤニヤとしながら、アルドの肩を組んだ。


「違いますよ。イーリスがいるのにそんなことをするわけないじゃないですか!」


 記憶をなくす前に自分はそういうことをするイメージなのかとアルドは少し落胆してしまった。


「はっはっは。そう拗ねるな。良い情報を教えてやる。ここの鉱山の裏。そこはダンジョンになっているんだ」


「ダンジョン?」


「ん? ああ。お前は記憶喪失になっているんだったな。いいぞ。教えてやる」


 親方は得意気にダンジョンについて語ろうとした。


「良いか? この世界には精霊と邪霊と呼ばれる存在がある。この2つの本質は同じ。違うのは、人間にとって益があるのが精霊、害があるのが邪霊と区別される」


「ふむふむ」


 アルドは発酵と腐敗の関係を思い出した。この2つの本質は同じで、人間にとって害があるかどうかが違いになっている。


「そして、精霊が邪霊を封じ込めた場所。それがダンジョンだ。精霊は自らの身を犠牲にして大量の邪霊をダンジョンへと封じ込める。邪霊をダンジョンに封じ込めるためには、精霊も一緒にそこの土地に封印される必要がある。ここまではいいか?」


「はい」


「このまま放置しておいても一見、人間に害がないように思える。しかし、精霊と邪霊では邪霊の方が数が圧倒的に多い。要は精霊の数が足りないんだよ。だから、人間がダンジョンに潜って邪霊を退治して精霊の封印を解いてやる必要がある。そうすれば、精霊がまた人間に益をもたらすようになるし、新たなる邪霊の脅威にも対応できる」


 親方が人差し指を立てながら説明した。


「それで、そのダンジョンが、どう副業に繋がるんですか?」


「ああ。そうだな。実はな。ダンジョンをクリアして精霊を解放すると国から、ディガー協会から報奨金が出るんだ。ああ、ディガーって言うのはダンジョンに潜る奴らの総称みたいなもんだ。それに、邪霊も精霊も根は同じ。邪霊が多く集まる場所には、不思議な"素材”が取れることもある。その素材を売り払えば、ある程度の金にはなるだろう」


「そうなんですね」


「まあ、ディガーは命の危険がある仕事だ。当たればでかいけれど、やめておいた方がいいぞ」


「まあ、この炭鉱夫だって事故で亡くなる人もいるんで、危険なのには違いないですよね」


 アルドのその言葉に親方は一瞬黙って考えてしまう。そして、「ガッハッハ」と笑いながらアルドの背中をバシバシと叩いた。


「ちげえねえな! どうせ危険なら、ディガーも目指してみるか? ん?」


「はい」



「ただいまー」


「お父さん、おかえりー」


 鉱山から帰って来たアルドを出迎えるイーリス。今日もアルドはイーリスに会うために真っすぐ家に帰って来た。


「お父さん。ご飯できてるよ。食べる?」


「おお、ありがとうイーリス」


 アルドは食卓へとついた。イーリスが作ってくれた料理。ぶつ切りになった野菜炒め。ちょっと不格好ながらも、アルドへの愛情が感じられる。


「おお。これをイーリスが作ったのか。凄いな」


「へへん。早く食べて! 早く速く」


 イーリスがぴょんぴょんと跳ねてアルドが野菜炒めを食べるのを待っている。


 アルドはそれを微笑ましく思い、横目でイーリスをチラッと見ながら、野菜炒めを口に運んだ。少し味付けにつたない部分はあるが、十分美味しい。なにより、イーリスがアルドのために作ってくれたもの。それは、アルドにとってはそれが世界一のご馳走である。


「美味しい。さすがイーリス」


「えへへへ」


 アルドはむしゃむしゃと野菜炒めを食べた。アルドに喜んでもらえてイーリスは満面の笑みで頷き続ける。


「あ、そうだ。イーリス。僕は仕事を増やそうと思っているんだ」


「え? 大丈夫なの? お父さん」


 イーリスの笑顔が消えて真顔になった。それほどまでにアルドの話がイーリスにとって重要なのだ。


 当然、イーリスはアルドの心配をした。もちろん、アルドの仕事が増えれば一緒にいられる時間が減る。それはイーリスにとっても嫌なことであったが、それよりも仕事のしすぎでアルドの体調が悪化することの方がイーリスとしては嫌だったのだ。


「大丈夫だよ、イーリス。無茶はしないから」


 アルドはイーリスの肩にぽんと手をおいた。イーリスは少し不安げな表情を浮かべるもアルドの微笑みを見て、心を落ち着かせた。


「仕事って言うと、また炭鉱夫の仕事なの?」


「いや、違う。副業でディガーを始めようと思うんだ」


「ディガー……? あのダンジョンに潜る人?」


 その程度の知識ならば、子供のイーリスでも一般常識として知っていた。精霊と邪霊の関係は子供向けの絵本にも載っている内容。おとぎ話としてこの世界の原理を子供の教えているのだ。


「ああ。ダンジョンを踏破して、精霊を救出すればすごいお金が貰えるんだ。そうすれば、こんなスラム街暮らしもしなくて済むかもね。ははは」


 アルドは笑い飛ばした。しかし、イーリスは眉を下げて困った表情をしてアルドに抱き着いた。


「イーリス?」


「大丈夫だよ。私、ここの暮らしを気に入っているから。だから、無理をしなくても……」


 嗚咽おえつを少し漏らすイーリス。ダンジョンに潜って亡くなる人は毎年後を絶たない。それだけ危険な仕事なのであることは、イーリスも知っていた。そんな仕事、できればアルドにして欲しくない。それがイーリスの本音なのだ。


 そんなイーリスの背中をアルドは優しく撫でた。イーリスはそっとアルドの方向に寄り添う。


「大丈夫。そんな無茶なことはしない。イーリスに2度と会えなくなることを僕がするわけないだろう。だから、心配しないで、ね?」


 アルドは気づいていた。イーリスは本が好きな子であることに。前回、本屋に行った時も児童書コーナー以外の本にも目移りをしていた。イーリスは本当はもっと色んな本を読みたい。けれど、本は高くてイーリスが望むものばかりを買い与えていては、生活ができない。


 アルドはイーリスに我慢をさせたくなかった。これまで不幸だった分、イーリスには不自由な生活をさせたくないのだ。


「本当だよ。お父さん……私を置いてどこかへ行っちゃやだよ」


 イーリスの潤んで赤くなった目。アルドはこの子をこれ以上泣かさないように、しっかりしなければならないと思った。イーリスが自分を安心してダンジョンに送り出してくれるように強くならねばと。


「ああ、大丈夫。絶対にイーリスを独りになんかしない」


 アルドはイーリスをぎゅっと抱きしめた。イーリスはアルドの温もりを感じて、どことなく安心する。



 それから、しばらくして、アルドがディガー協会で諸々の手続きを行い、ダンジョンへと潜る資格を得た。これからダンジョンに潜ろうと家を出ようとした時、イーリスが玄関まで付いてきた。


「お父さん……」


「ああ、イーリス。行ってくるよ」


「これ……」


 イーリスがアルドにある物を渡した。それは、イーリスが綿で作った人形だった。手の平に収まる程度のそのサイズの人形はどことなく、アルドに似ている。


「これ、お父さんの人形……お守り代わりに持っていて」


「ああ。ありがとう。イーリス。嬉しいよ」


「お父さん! 邪霊なんかやっつけちゃえ! お父さんが邪霊に負けるわけないんだ!」


 イーリスが拳を突き出して、アルドにエールを送った。


「ふふ、ああ。そうだな。じゃあ行ってくる」


 アルドは人形を大切に受け取り、鉱山の裏にあるダンジョンを目指した。

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