駄文の羅列

岸亜里沙

駄文の羅列

鬼島きじまは今日も大量の書籍を、近所の図書館から借りてきた。

ジャンルも様々で、統一性は無い。

活字離れが叫ばれる昨今、鬼島は異質な存在だ。

デジタル書籍を読み漁っていた時期もあったが、やはり紙ベースの本には敵わない。それは、手に取った時の高揚感。年代を重ねる程に増す本の荘厳さ。ページをめくる時の期待感。そして鬼島が何よりも好きだったのは、本の重み。1000ページを越える大長編小説と、100ページ程のエッセイでは、相対的に本の重みは全く違ってくる。内容の重みは、また別問題だが。デジタル書籍では、この感覚は味わえない。

小学生の頃から読書好きだった鬼島は、大人になり就職してからも毎日の読書を欠かさなかった。休日の一日で20冊の本を読破した事もある。もはや読書依存症と言っても過言ではないかもしれない。

いつしか鬼島のアパートの部屋は大量の本で埋め尽くされ、本を読みながら本の上で寝る生活となっていた。乱雑に積まれた本がそびえ立つこの部屋を見たら、誰もが古書店と見間違うのではないか。

給料の殆どを書籍の購入にてていたが、さすがに部屋にも収まりきらなくなってきた為、鬼島は様々な本を図書館から借りてくる事にしたのだ。

今日借りてきた本が、京極夏彦、ヘルマン・ヘッセ、俵万智、深沢美潮、JGバラードといった作家の書籍。

鬼島は読書の為、一畳程のスペースに設けた高級革のチェアーに体を滑りこませ、本を一冊手に取った。そしてページをめくるでもなく、じっと本の表紙を眺める。この瞬間が鬼島には何よりも至福だった。この本にはどんなストーリーが詰まっているのか。想像を膨らませる。そして息を一つ吐くと、表紙を開き鬼島は本の世界へと旅立つ。

脳内を駆け巡るアドレナリンは、様々な化学反応を起こしながら、瞬く間に鬼島の思考を占拠する。インターホンの音にも気づかない程、意識は本の中へとのめり込んでいく。

そして、鬼島は二時間程で一冊の本を読み終えた。大きく息を吐き、天井を見上げ余韻に浸る。

鬼島はおもむろに立ち上がりキッチンへと向かい、冷蔵庫に入っていた缶コーヒーを口にした。一口飲んだ缶コーヒーを冷蔵庫に戻し、また読書部屋へと戻る。借りてきた別の本を手に取り、再び椅子に座って変わらぬルーティーンで読書を始めた。


読書を始めて半日以上が過ぎた頃、鬼島は今日借りてきた本を全て読破してしまった。その為、鬼島はようやく食事を取ることにした。寝食よりも読書を優先する鬼島は、かなりの痩せぎすだ。身長は180cm程あるが、体重は50kgあるかないかだった。

端から見れば、鬼島は不健康そのものだろう。しかし本人は、読書で得た多少の医療知識があるからか、至って落ち着いていた。

「健康、不健康の区別は当人の自己判断による所が大きい。体は不健康かもしれないが、脳が健康であれば何も問題は無い」

これが鬼島の口癖だった。


そんなある日、鬼島は久しぶりに購入した書籍を読んでいる最中、雷鳴のようにある考えが突然閃く。

今まで数多の本を読んできた自分であれば、世紀の最高傑作が書けるのではないかと。

鬼島は読んでいた本に栞を挟み、暫し物思いに耽る。

「もしかしたら、作家こそが俺の天職じゃないだろうか。そうすれば、あんなつまらない仕事を続ける必要もない」

鬼島はゆっくりと立ち上がり、キッチンへと向かう。冷蔵庫に入っていた飲みかけの缶コーヒーを口にし、ケータイを手にした。

「あ、もしもし、鬼島です。申し訳ないですが、私今日付けで退職致します。私がいなくても会社には支障ないでしょう?え、退職届?別にいいじゃないですか。明日からは、もう出社しないので。では、失礼します」

鬼島は一方的に電話を切り、ひとつ深呼吸をした。仕事を辞めたという不安は一切無く、自分の天職を見つけたという喜びで満ち溢れている。

「明日から早速執筆に取りかかろう」


翌日の朝、鬼島はのそのそと起き出し、大きく伸びをするとノートパソコンを起動させた。

パソコンの脇にはモンスターエナジーを置き、今日中に3万文字程書ければ良いと思いながら、鬼島はキーボードを叩き始める。ひとまず題名タイトルは後回しで、本文を書き始めた。

書き出しでつまずくかと思ったが、驚く事に鬼島の指は、何かに操られるかの如く、キーボードの上で華麗にダンスを踊る。脳内では様々な言葉が乱舞し、一気に話を書いていく。

一心不乱に、無言でキーボードを叩き、気づけばもう日は傾いていた。充血した目を擦りながら、鬼島はモンスターエナジーを口にし、ひとつ息を吐いて呟いた。

「出来た・・・。完成だ」

処女作にして最高傑作だと鬼島は内心思った。これだけの傑作が書けたのも、自分が得た知識と、読書で培ってきた文章表現の賜物だと。

鬼島はたったの一日で、30万文字を越える作品を書き上げた。

「明日これを出版社に持っていこう。コンクールなどの応募など、面倒な事はしない。いちいち遠回りをしていても、時間の無駄だ」


翌日の昼頃、鬼島は電車を乗り継ぎ、都内の某出版社へとやって来た。100均で買ったクリアケースに昨日書いた小説をプリントアウトした紙を詰め込んで、仕事の際に使っていた鞄にそれを入れてきた。

一階に居た受付係らしき中年の女性に声をかけた鬼島だったが、鬼島の風貌を見た女性は訝しんだ目を向け、担当者が来るまで待つように言われる。そして、数分後にエレベーターから編集者らしき男性が降りてきて、鬼島を一瞥し声をかけてきた。

「こんにちは。私は編集の高梨たかなしという者です。えっと、今日はどういったご用件で?」

「この小説を出版したいのです」

鬼島はそう言って、鞄から小説の紙が詰まったクリアケースを取り出した。

「自費出版ですか?それなら担当の者を呼びますので、少々お待ちください」

「いえ、この傑作を是非御社から出版していただきたいのです」

傑作という鬼島の言葉に、高梨は苦笑した。

「今は持ち込み原稿は、受け付けておりません。当社主催のコンクールなどに応募してください」

「とりあえず読んでみてください。この傑作を他社に渡しては、御社の多大な損失に繋がりますよ」

「余程自信作なのですね。うーん、ただこちらの原稿を今お預かりしたとしても、お返事までに数週間から数ヶ月お時間かかる事もあるかと思いますよ。良いお返事が出来るとも限りませんし」

「私はいつでも大丈夫です。また執筆に取りかかりますので。アイデアが津波のように押し寄せてきて、数日の内にまた新たな傑作が生まれるでしょう。そうしたらまたお持ちしますよ」

鬼島は落ち窪んだ目をギラギラと輝かせながら、ニヤニヤと笑う。

その様子を見た高梨も、鬼島の不気味な気配を感じ取ったようだ。頭をぼりぼりと掻きながら、また苦笑した表情を浮かべる。

「分かりました。とりあえずこの原稿だけお預かりします。連絡はどちらにすれば?」

「中に私の住所と連絡先の紙を同封してありますので、そちらに」

高梨はクリアケースを無言で受け取り、エレベーターに乗って上階へと戻っていった。


それから一ヶ月以上が過ぎた頃、鬼島の部屋は膨大な量の紙に侵蝕しんしょくされていた。出版社に原稿を届けてから、連絡は音沙汰もなかったが、その間も鬼島は執筆に専念し、短編や長編など作品数でいえば既に60作品を越える程の話を書き上げたのだ。

生み出した作品のどれもが傑作であり、歴史に残るであろう名著だと鬼島は考えている。

仕事を辞めた為、僅かな貯金を切り崩しながら生活をしていた鬼島だが、元々読書を優先し、食事もまともに摂っていなかったので、切り詰めた生活には慣れていた。あと数ヶ月はこのまま執筆のみの生活を続けられるだろう。

執筆も一段落し、キッチンで菓子パンをかじっていると、珍しくインターホンが鳴った。

「なんだ?」

食べかけの菓子パンをシンクの脇に置き、鬼島は玄関に向かう。

「はい?」

玄関を開けると、郵便局の配達員が立っていた。

「鬼島さんのお宅でお間違いないですか?郵便が届いているのですが、ポストに入らなかったので」

分厚い封筒を配達員は鬼島に手渡す。

「ああ、どうも」

鬼島は素っ気なく受け取ると、そそくさと部屋の中へと戻っていく。

高級革のチェアーに腰かけ、封筒を開けるとそこにはこの前出版社に持っていった自分の原稿が入っていた。

「あ?」

鬼島は一瞬理解が出来なかったが、原稿と一緒に手紙も同封されているのに気づく。


『高梨です。原稿はお返し致します。結果から申し上げますと、今回の作品は出版不可になります。内容が、様々な作品からの模倣になっていますね。ある一節など、村上春樹先生の小説そのままです。パクリと言われても仕方のないレベルです。以上のような事から判断し、この作品の出版は出来ません。改稿をするとしましても、オリジナル性が全く無い為、改稿も不可能でしょう。最後に申し上げておきます。あなたの作品は、駄文の羅列です。文字を組み合わせて単語にし、単語を組み合わせて文章にし、文章を組み合わせて物語となるのです。それを覚えておいてください』


鬼島は手紙を読み終えると呆然とした。

「自分の傑作が誰かの模倣だって?そんなバカな」

送り返されてきた原稿を手に取り、小説を見直してみる。

「そんな・・・。自分はこんなものを書いていたのか」

鬼島は愕然とした。出だしから貴志祐介の小説『新世界より』にそっくりだ。何故今まで気がつかなかったのだろう。そこから三島由紀夫や、アガサ・クリスティーなどの小説内容と酷似している場面もある。

数時間後、鬼島は見直していた原稿を床に放り投げると、頭を抱えてうつむいた。自分では傑作だと思っていたものが、実は全て今まで読んできた名作の模倣だったという事実を突き付けられ、強烈な眩暈めまいに襲われた。

『読む価値のあるものを書くか、書く価値のあることをしなさい』とベンジャミン・フランクリンは言っていたが、自分にはそのどちらもが欠落している。

「結局は、俺の人生そのものも誰かの模倣だったのかもな。反面教師にしていたはずの、ダメな父親そっくりになってしまっていたしな」

鬼島は深い溜め息を吐くと、部屋に積まれた書籍をじっと見つめ、そしておもむろに立ち上がり、マッチ箱を手に取って、中から一本のマッチを取り出すと本に火をつけた。

燃え広がる火を眺め、鬼島はまた考え込む。

「俺の▲□★#、ま*〇¥◎■▲§った」

熱と煙で意識が朦朧としながら、声にならない声を絞り出す。呼吸いきをする度に、喉が焼け付く感じだ。

死の意識が高まる中、鬼島は突如として恐怖に襲われた。こんな場所でまだ死にたくないと。最後の力を振り絞り、床を這いずって玄関へと向かうが、積まれた書籍はまるで炎上する巨大な城壁のように立ちはだかり、鬼島をこの場に閉じ込めようとしている。

「このまま、本に支配されたまま、死ねない。俺は、俺を生きてやる。俺の物語を・・・」

しっかりとした声で鬼島は言った。

そして必死の思いで玄関まで辿り着き、外へと転がり出た。そこでたまたま出くわした隣人が、燃え盛る鬼島の部屋を見て、急いで消防へ通報し、全身火傷を負っていた鬼島は病院へと搬送された。


数週間後、病院で入院治療をしていた鬼島の元へスーツを着た一人の男がやって来た。

「鬼島さんですね?体調はいかがです?自分は◯◯警察の栗田くりたです。2つ、3つお聞きしたい事があるのですが、よろしいですか?」

栗田と名乗る警察官は、警察手帳を見せながらベッドで横になっている鬼島に話しかける。

「ああ、聞きたい事は分かってます。火をつけたのは、私ですよ。部屋に積んであった自分が書いた原稿の束に、マッチで火をつけました」

鬼島は自ら話し出す。

「えっ、火をつけた?」

栗田は唖然とした表情を見せる。

「そうです。自分で、火をつけたんです」

鬼島が病院の天井に視線を向けながらゆっくり喋ると、栗田は困惑したような表情に変わっていた。

「・・・放火の件は、また後日窺います。鬼島さん、私が今日聞きたかったのは、高梨さんの事です」

「高・・・梨?ああ、あの出版社の人ですか。彼が何か?」

「火事の焼け跡から遺体で発見されました。あなたの部屋で亡くなっていたんです。何か事情をご存知でしょう?」

栗田の言葉に、鬼島は驚き、顔を栗田の方に向けた。

「死んでた?私の部屋で?どうして・・・」

「心当たりはないんですね?」

「もちろんです」

「鬼島さん、あなたの部屋が火事になったあの日の昼間、あなたは出版社に居た高梨さん宛に、電話をかけていますよね?あなたの電話の通話履歴にも出版社の番号が残っていましたし、電話で口論をしていた高梨さんの姿を出版社内の人間が目撃しています。その後、高梨さんは何処かに出かけていったそうなのですが、あなたの部屋に行ったのではないですか?」

「私は電話なんかかけていませんし、その日、高梨さんとも会っていません」

「・・・そうですか。分かりました。傷が治る頃に、またお話しを聞きに来ます。お大事に」

栗田は一礼をして帰っていったが、鬼島はまた病院の天井に視線を向け、あの日の出来事を思い返す。しかし原稿に火をつけた事しか思い出せない。

「俺が高梨を殺した?どうして何も記憶がないんだ?もしかしたら、これは何かの陰謀かもしれない。・・・あっ!!」

鬼島はベッド脇に垂れたコードを手繰り寄せナースコールを押す。

「はい、どうしましたか?」

数十秒程で看護士がやって来た。

「すみませんが、紙とペンを貸してください」

「紙とペンですか?」

「そうです。書きたいんですよ。自分が体験した奇妙な出来事を。ある意味、これは自叙伝でもあり、場合によっては極上のミステリーになるかもしれない。間違いない。紛れもない傑作だ」

「はぁ・・・少し、お待ちください」

呆気にとられた看護士は、そう言い残し病室を出ていった。

鬼島は目を瞑ったまま、頭の中では既に物語を紡ぎ始めている。

「これこそ、俺が書くべき物語だ」



栗田は病院から出ると、ズボンのポケットからタバコを取り出し、強力なジッポライターで火をつけた。

セブンスターの煙を肺に含ませ、ひとつ息を吐き、緑豊かな街路樹に目を向ける。枝先では雀たちが、数匹で微笑ましくじゃれあっている。

感傷に浸っていた栗田だったが、上着の内ポケットに入れておいたケータイが振動しているのに気がつく。

「はい、栗田です」

「お疲れさま。彼にはきちんと伝えてくれたかな?」

「ええ。あなたが仰った文言そのままに」

「驚いていたでしょう?」

「はい。混乱していましたね」

「そうだろうね。だけどそれで良いんだ」

「しかし、あの火事は彼が起こしたそうですよ」

「それは分かっていました。多分、絶望をして原稿に火をつけたんでしょう」

「えっ、知っていたんですか?」

「なんとなくね。でもとりあえず、彼が無事で良かった」

「ですが高梨さん、何故彼にあなたが遺体で見つかったという嘘を伝えなくてはいけなかったんです?」

「彼が私の所に持ってきた原稿は、確かにオリジナル性の無い駄作でした。しかし私は直感的に、何かを感じ取りました。彼には目に見えない大きな可能性があると。だから敢えて彼に苦悩と混乱を与えてみたかったんですよ。そうすることでインスピレーションが生まれ、今度こそ素晴らしい作品を書いてくれるのではないかとね」

「そういうものですか?」

「長年編集をやってきた私の勘と、後はまあ賭けだよね。そればかりは神のみぞ知るって感じだけど」

高梨の言葉を聞いて、栗田はふと鬼島の病室の方を見上げる。

その時、栗田は言葉を失った。

そこには病室の窓から身を乗り出している鬼島の姿があった。上半身は既に8階の窓から飛び出している。

「おい、危ないぞ!!」

栗田は大声で叫んだ。

だが鬼島は無理矢理小さい窓に体を捻り込み、躊躇いなく重力にその身を任せた。

栗田の周囲にいた人たちは、叫び声を上げる。栗田は鬼島の体が独楽こまのように回転しながら落下していく様子を呆然と眺めていたが、ドシャッという鈍い音が聞こえると、手に持っていたタバコを投げ捨て、急いで鬼島の元へと駆け出す。

舗道に横たわった鬼島の体は原形を留めていなかった。頭は潰れ片方の眼球は飛び出し、手足は明後日の方向を向き、皮膚は所々裂けて、骨が剥き出しになっていた。目を背けたくなるような惨状。栗田は吐き気を催し、その場で嘔吐した。

騒ぎを聞いて駆けつけた医師も、現場を見るや「こりゃダメだろうな」と小声で呟いたのを栗田は聞いていた。

警察が到着した後、現場検証に立ち合った栗田は、ありのままを証言した。高梨に頼まれて、鬼島に嘘の情報を吹聴した事。そしてその後すぐに鬼島が身を投げた事。

警察官からは、鬼島を放火容疑の件で捜査する矢先だったので、栗田と高梨あなたがたの行動は看過出来るものではないと言われたが、詳しい話をする為に、後日再び高梨と共に警察署へ出向く事となった。


数日後、高梨と栗田は事情聴取の為、警察署へと向かった。到着し警察官と話している内に、鬼島が入院していた病室から直筆の遺稿が発見されていた事を知る。

高梨は不謹慎にも目を輝かせ、座っていた椅子から身を乗り出し、その遺稿を是非読ませてほしいと警察官へ頼み出たが、警察官は顔をしかめた。

「あなたは彼の死が、ご自分の言動により引き起こされたかもとは、考えていないのですか?」

高梨は頭を掻きながら、渋い顔をして答える。

「一人の人間としては、非常に心苦しく思い、慚愧ざんきの念に堪えません。しかし一編集者としまして、彼の遺稿には大変興味があるのも事実です」

警察官は少し呆れたような表情を見せる。

「彼の死を、売り物にする気ですか?」

「出版社はそういうものです。常にセンセーショナルな話題作品ネタを探し求めているんです。それに彼も、自分の作品を世に出す事を望んでいたはずですから」

高梨が言うと、警察官は首を振った。

「いいえ、文章の最後にはこう書かれていました。『これは俺だけの物語だ。誰にも渡さない。特に高梨には』と」

「高梨には?彼の中では、私は死んでいるんですよ」

「理由については分かりません。しかし文章にはきちんと書かれていました。それにこれは、放火容疑の被疑者の証拠品でもありますし、何より故人の意向を無視するわけにはいきません」

「では、せめてどのような内容が書かれていたかだけでも教えてはいただけませんか?」

高梨は食い下がらない。

「私も、今まで読んだ事のない、初めて読んだような内容の作品です。数千字程度の短い話ですが、独特なものでした」

警察官の言葉を聞いて、高梨はますます目を輝かせた。

「それを聞いて、尚更彼の最後の作品を読んでみたいという欲が出てしまいました。お願いします。なんとか読ませていただく事は出来ませんかね?」

「こちらでは、出来ません。原稿は彼の遺族にお返ししますので、遺族の方と交渉をしてください」

「そうですか・・・。分かりました」

高梨は渋々引き下がったが、納得はしていない様子だ。

「今日はもうお帰りいただいて結構です。また何か聞きたい事がありましたら、こちらから連絡しますので」

「分かりました。高梨さん、行きましょう」

栗田が言うと、高梨もゆっくりと椅子から立ち上がり、一礼をし無言で警察署を後にした。


それから数日後、高梨は交通事故によりこの世を去った。鬼島に言った通り、本当に命を落としてしまったのだ。救急搬送される際も、うわ言のように「傑作を、世に出すんだ」と何度も呟いたそう。

だがこの高梨の願いは、思いもよらない形で叶う事となる。

鬼島の死から一年後、ある書籍が出版され、注目をされた。それこそが鬼島ののこした最後の原稿。

しかし、作者は鬼島ではなく、若林晃一わかばやしこういちとなっていた。

若林は高梨と栗田に、事情を聞いていたあの警察官。彼は鬼島の作品を、自分の作品として発表したのだ。そして彼はインタビューで、こう答えていた。


「これは、私自身の物語です」




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駄文の羅列 岸亜里沙 @kishiarisa

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