第七話 フェイスマン

 そしてカトウは、隣に座るマハートを見てから話し出す。


「この研究は性別を変えたのでややこしいですが、同性で行えば、若い肉体を手に入れられる。しかも生体電波やDNAは自身のものとなる。と言うことです。時間は費やしますがね」


自立型脳支援ブレイン・スタンディングに肉体を提供できるってことかっ!」


「その通りです。若くて健康な肉体を手に入れられるのです。そしてここからが本題ですが、博士と被験者の男女二名が行方不明になりました。マハートにも危険が及んでいたため、本国に亡命して来ました」


 魂はどこにある? 誰もが一度はする疑問に、未だに答えは出ない。脳科学の分野はこの二十年で大きく進展した。脳にメモリチップを埋め込んで補助記憶装置とすることも、そのメモリチップから情報を取り出すこともできる。そんな時代なのに魂はどこだと騒いでいる。


 フェニクスが観たのはマハートの記憶。被験者の二人と博士の消息が途絶えてしまった。助手だったマハートだけが逃げ切り、亡命してきたわけだが、この内容は直ぐに世の中に広まるだろう。


 綺麗になった世界にもう一度立ちたいと思う富裕層は多い。その肉体を誰が用意するって話になる。人身売買が正当化される世の中になってはいけないと思いつつ、人間は欲望に支配され、金で夢を叶えてしまう生き者だ。


 二〇三三年七月にコールドスリープが発表され、自立型脳支援ブレイン・スタンディングと同時に肉体も保管するのが義務化された。だからその世代は自身の肉体に戻り、また地球の大地を踏みしめることができる。


 だが病気により自立型脳支援ブレイン・スタンディングをした者たち、そもそも肉体を保管しなかった者たちは、他人の肉体を使うことになる。それが可能と証明された研究が、このメモリチップの中にある。


 法が整備されるまでは無法地帯となって、より多くの被害者が出るだろう。世の中に大きな津波が起こるのが分かる。だが対策を講じようにも、どこから手をつければ良いのかなんて誰にも分からない。


「二人には護衛を付けて安全な場所へ案内させる。ちょっと待っていてくれ」


 フェニクスは一課の捜査員を数名呼び、事情は話さず安全な場所へ案内させる。マハートは手を合せ、お辞儀をすると、捜査員に連れられて会議室を後にする。


 この研究はまだ早すぎるが興味はそそられる。二人の被験者は全身の痛みに苦しんで死んだに違いない。きっと目当ては博士なのだろう。研究成果と方法を知りたいと思う者で溢れているはず……。


「第七クラスタ・第十セクタ・エリアCで宝石店強盗が発生しました。四課は至急現場へ向かってください」


 フェニクスは急いで潜深仮想機器ダイブ・ギアに入りダイブインをした。マシューとアビスは既に現地へ行っており、フェニクスもゲートコネクションを開き現地へ向かう。



 ここは富裕層が集まるセクタだ。高級ブランド店が建ち並び、高級車が行き交うメイン通りには、ハイビスカスが植えられて、見事な花を咲かせている。そんな通りにある宝石店が狙われた。現地に到着するとマシューとアビスが店内を見回している。


 赤い絨毯の床には割れたガラスの破片が散らばり、ショーケースの中身は空になっている。この短時間に全て盗むとは手際が良過ぎる。プロの仕業と考え犯罪履歴を確認した方が良さそうだ。店員に訊くと被害総額約三千万とのことだ。


「アビス、犯人の特徴は?」


「はい、店員のメモリチップを確認したところ、犯人は三名。顔はノイズが入り判別不可能です。ジャミングを使った模様」


 マシューは深層接続補助機コネクト・ギアを被りデータの分析をしている。例えジャミングを使用していようと、この店に侵入したログは残されているからだ。根幹のデータベースを見られるマシューにはそれが分かる。


 すると周りには血に染まる大きな壁が現れた。これはマシューのファイアウォールで、犯人を見つけたようだ。これで入退出を規制している。


「足跡をみつけた。犯人は三名でまだ近くに潜んでいる。行くよ」


 と言って走り出すマシューの後をついていく。これがアビスの初仕事かと振り返ると、満面の笑顔だった。フェニクスの初陣はどうだったかなと思い出すが記憶がない。忘れてしまったようだ。


 大通りを抜けて高層ビルの谷間に入った。吹き抜ける風が生暖かく、目の前を走る白い高級車が地下駐車場に入っていく。隠れるとしたら地下駐車場しかない。建物の中はセキュリティーで保護されているため、部外者は立ち入り禁止だからだ。


 すると高層ビル街が渓谷と化し、砂埃が舞う。黒いコアが現れ砂や土が集まり手となり足となり五メートルほどのゴーレムが出来上がる。


「ログでは目の前だね。光学迷彩の類かな?」


「それなら、ぶん殴るまでよ」


 と前に出るフェニクスは、その剛腕の拳で空間をぶん殴る。すると何かが吹き飛び転がる姿が見える。


 するとガトリングガンが現れ、甲高い金属音と共に弾丸が発射される。しかしマシューとフェニクスの目の前で無数の弾丸は止まり、回転し続けている。アビスはと思って振り返ると、両手を前に出し壁を作り出したようだ。


 そして一斉に転がり落ちる弾丸。すると辺りは一変して灰色と化した。山は噴火し火山灰が飛んできた。真っ赤な溶岩流が木々を薙ぎ倒し、足元から蒸気が立ち燃やされていく。


 しかしマシューもフェニクスも動じず立ったままでいる。振り返るとアビスは水を作り出し溶岩流の侵攻を防いでいる。


「大丈夫かアビス?」


「俺はエリートです。これくらい何ともないですよ」


 ゴーレムは走り出し、ガトリングガンを奪うと犯人に向けて撃ち始めた。無数の弾丸が放たれ、肉体に風穴を開けた男が姿を現し屈み込む。


 残りは一人となり逃げようとするが、渓谷の出口が滝に変り行く手を塞ぐ。こいつはアビスの分だと言わんばかりに見ていると、立ち上がり景色が一変してグランドキャニオンに変る。犯人は岩場ギリギリに立ち、温まった風が吹き抜け、結んでいた髪が解けて風になびく。


 アビスの両側に黒いローブを纏った骸骨顔の死神が二体現れた。大鎌を持って犯人に近づくと、翼を生やして高く舞い上がり、そのまま逃げ出そうとする。しかしグランドキャニオンの岩場が高くそびえ立ち空を貫いた。


 すると天に金色の龍が現れ雷を落とす。その轟音は内臓に響き渡り避雷針を建てるアビス。空は黒い雲で覆われて、無数の雷が大地に落ちる。斬りかかる二体の死神に対して炎を吐く金龍。


 アビスが戦っている間に大地が盛り上がり、アイアン・メイデンが一体現れる。その扉が開くと中から無数の鎖が飛び出して、犯人を拘束し始める。そのまま引きずられて中に入ると無数の針が付いた蓋が閉じた。

 断末魔の叫び声が響き渡り、アイアン・メイデンから血が流れ出す。


 もう一人は棺桶の中でもがき、墓穴に生きたまま埋められる。土をかけられ光を失い、骨と皮だけになって、その肉体が腐り朽ち果てるまで出られない。これでどちらももう動けない。識別コードを取得して転送を開始する。


「アビス。幻覚合戦じゃない。目的を見失うな」


「はい、分かりました」


 と言って犯人を捜すが、姿を消したようだ。


「自力で捜してごらんよ」


 とマシューの課題に辺りを見回しているが、犯人は上手く隠れたようだ。犯人はここから逃げられないので、アビスの教育と思って見守ることにした。


「マユミさん。双眼鏡の転送をお願いします」


「認識コードを確認しました。アビス巡査の装備を転送します」


 すると首から双眼鏡を提げて、手に持つと双眼鏡を覗いている。サーマルイメージャー機能付きの双眼鏡なのだろう。温度の変化で犯人を捜すことができる。本来なら道具を使わずに犯人を捜し出して欲しかったが、初陣だから仕方があるまい。


 犯人を見つけたアビスは、黒いローブを纏う骸骨顔の死神を二体放ち、犯人の元へと飛ばす。大きな鎌の下に付いている縄が伸びはじめ、犯人の両腕と両足に絡みつく。すると木の十字架が大地をえぐるように姿を現し犯人を磔にする。


 大きな鎌が喉元を斬り裂き血が溢れ出ると、もう一体の死神が大鎌を振り下ろし、首が斬り落とされて飛び散る血飛沫と共に大地に転がった。顔は大地の上に立ちこちらを見て笑い始めると、振り下ろされる鎌が脳天直撃、脳脊髄液ぶちまけて白目になって舌を出す。


「転送要請して来い」


 と言うとアビスは非武力化装置ディザーム・デバイスを使い識別コードを送る。


「四課のアビスです。転送をお願いします。宝石店強盗です」


「こちら四課です。確認が取れました。転送を開始します」


 これで事件は片づいた。三名の犯人を逮捕し、盗まれた物も取り返した。最近、若手グループによる犯行が増えているという。犯行は増えるが捜査員は増えない現状を、打破する知恵はないのか……。


「初陣としては上出来だな」


「だね、直ぐに死にそうだけどね」

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