第54話 勇者、全ての真実を知る。
マーニの目の前に横たわる魔王の身体は、その目を静かに開いた。
と同時に、謝罪の言葉がその口からあふれ出す……。
「マーニ……。ごめんね、こんな結末で」
魔王の姿になってもすぐわかる。その口調は明らかにソフィだ。
マーニは横たえたままの魔王の身体をすぐさま抱き起こすと、その中身のソフィを叱りつけた。
「何をしてるんだ、ソフィ。確かに僕は五代目を救いたいとは言ったけど、ソフィが身代わりになって三百年の眠りに就く必要なんてないんだよ」
魔王の身体をきつく抱きしめるマーニの隣からも、呼び掛けの声があがる。そんなソフィの身体の中身は五代目らしい。
「俺と入れ替わってくれたのか、感謝する。だけど俺はその気持ちだけで充分だ。それに俺にだってプライドはある。この身体は戻させてもらうよ」
五代目はそう告げると、自分の頭に被されている勇者の兜を脱いで被り直そうとする。しかしそれを、ソフィの叫び声が阻害した。
「姉さん! お願い。このままわたしを葬って。そうしないと、この悪夢は未来永劫繰り返され続けるのよ……」
「姉さん? 何を言ってるのかつら?」
「誰かと思い違いをしているのであろうか?」
事の成り行きを心配そうに見守っていたルシアとリックが疑問の声をあげた。
マーニの腕に抱かれたまま、ソフィはか細い声でそれに答える。
「思い違いじゃない、これが本当のわたし。そして二千年の長い時間を生き続けたその身体は、わたしがここを抜け出すために身体を入れ替えた初代勇者なのよ」
ソフィによって語られたその言葉は、この場にいる全員に驚愕を与えた。
その告白はあまりにも突飛すぎて、誰もすぐには信じることができなかった。
「本当に? 本当にソフィが魔王だったっていうのか?」
「信じられないのよね」
「この身体を姉と呼ぶなら……。魔王と初代勇者は血が繋がっていたのか?」
「吾輩も知り得なかった、驚愕の真実なり……」
魔王の姿では表情がわかりにくいものの、ソフィは苦笑いを浮かべている。
そしてマーニの目をじっと見つめながら、ゆっくりと謝罪を始めた。
「ごめんねマーニ、騙すつもりはなかったんだよ……。でも、わたしが魔王ですなんて言い出しても、信じてもらえなかったでしょ?」
「いや、今だって信じてなんかないよ。国の人口を半減させたなんて、ソフィにそんなことができるわけないだろ」
「そう、あれはわたしじゃない。あれはたぶん、各地に現れた魔物の仕業。マーニは信じてくれる?」
そう言ってソフィは、目を潤ませながらマーニに訴えかけた。
涙ぐむほど気持ちのこもった訴えは、その場にいる誰も疑う余地を持たない。
「もちろんだよ、それなら納得がいく。だけど僕がそんな報告をしても、国王も国民も誰も信じてくれないかもしれないな……」
「いいよ、ここにいるみんなが信じてくれるなら、それで……。でも姉さんは信じてくれなかったよね。わたしが正体を告げても、何もしてないって言っても!」
そう言ってソフィは悲しそうな表情を浮かべると、五代目をじっと見つめる。
もちろん身に覚えのない五代目は、その美しい顔を引きつらせて困惑した。
「えっ? 俺に言われても……。でも、ここは謝っておくべきか……?」
「ああ……ごめんなさい。もう本物の姉さんなんてどこにもいないのにね。意識が朦朧としてきて……混乱してるみたい」
「ソフィ、無理しなくていい。それよりも回復を……」
ほんのわずかながらも回復した魔力を使って、マーニはソフィを癒そうとした。けれど突き出したマーニの手のひらに、ソフィは自分の手を絡めてそれを制する。
ソフィはマーニと手を組み合わせたまま、古の真実を語りだした。
「姉に突き落とされたわたしは魔王となって蘇った、人々の悲しみの化身として。そして姉はわたしを討伐しに来た、勇者として。わたしの訴えは聞いてもらえず、殺し合いになってしまった。後はさっきの五代目さんの言った通り。わたしは姉さんと身体を入れ替えて、ここを出たの」
その話を聞いたリックは首を傾げ、ソフィを見下ろしながら問い掛ける。
「それでは、ソフィ殿が初代勇者を倒したと申すのか? 正直言うと、それほどの力がそなたにあるとは思えないのであるが……?」
「そう……わたしに戦いの才能なんてない。魔王の魔力と体力で押し切っただけ。三日三晩に及ぶ激しい戦闘なんてしてない。それは姉さんの作り話よ」
ソフィがリックの疑問に答えると、ルシアが魔王のマントに縋りついた。そして今度は、ルシアがソフィに疑問を投げかける。
代わるがわる目を潤ませながらソフィに質問を浴びせるその光景は、まるで惜別の言葉を掛けているようだ。
「でもそれなら、あたしがソフィの身体になったとき、どうして魔法が撃てなかったのよね? 初代勇者だったら白魔法も黒魔法も撃てるはずなのよね」
「五代目さんが話したでしょ? 魔王を閉じ込める結界を張るために、姉さんが攻撃魔法の能力を切り離したって。その時に初代勇者は黒魔法の能力を失ったのよ」
「『リカバー』なんていう聞いたことのない魔法も、古代文字が読めたのも、ソフィが二千年前の人だったからかつら……?」
「リカバーって、当時は普通の治癒魔法だったんだけどな……。古代文字だって日常的に使ってたし……」
みんなの疑問はすべて、ソフィが迷いのない言葉で答えてしまう。それは真実を語っていることの証明だった。
そしていよいよ魔王の身体は力を失い始める。ソフィは力を振り絞るように、マーニを見つめながら最後の思いを伝え始めた。
「今回の魔王復活の噂を聞いて、もう今回で全てを終わらせようとわたしは城下町を訪れた。勇者と一緒にここへ来て、魔王が倒されたらこうやって入れ替わるつもりだったの。予定外にこじれちゃったけどね……」
「そんな……こうするつもりだったってことは、最初から死ぬつもりだったのか?それなのに、どうしてソフィはあんなに明るく振舞えたんだよ……」
「だからこそだよ。最初に出会った時に言ったでしょ? 『これ以上山奥でひっそりと、死んでるみたいに生きたくなかった』って。わたしは討伐に来た姉さんと入れ替わってから二千年の間、誰にも気づかれないように山奥でひっそりと後悔しながら暮らしてきたの。だから、最後ぐらいは……ね」
ここタクティア王国には、二千年の長きに渡り語り継がれてきた伝承がある。
けれどソフィによって語られる物語は、その伝承とは少しばかり違っていた。
その一字一句を聞き逃すまいと、みんな固唾を呑んで見守る。
魔王と勇者の果て無き戦い。その歴史の最後のページがもうすぐ綴り終わる。
「すべての始まりはわたしが原因。幸せそうな姉への嫉妬心と、わたしを討伐しようとした姉への憎悪。そのせいで二千年もの長い間、多くの人たちに迷惑をかけ続けてきた。きっと魔王が死なないのは、わたしが別な身体で生き続けていたから。でもそれもきっと今日で終わる、わたしが魔王として息絶えることで……」
「人々を滅ぼすわけじゃないなら、たとえ魔王でも生きてていいんじゃないか?」
「そうはいかないよ。わたしが蘇ってる間は邪悪な呪力を放出し続ける。わたしが襲わなくても、魔物や魔獣がみんなを襲う。あっ、そうだ……石像壊したの、わたしなんだ……。外見で、バレないようにってね……。謝っておいて……ね」
いよいよソフィの声が細く、消え入りそうになっていく。
残された時間がないと悟ったマーニは、ソフィに向かって必死に呼びかけた。
「ソフィ! 待ってくれ、まだ君とは話したいことが山ほどあるんだ」
「マーニ……約束はしてないけど、お願いを叶えてあげられなくて……ごめんなさい……ね……」
その言葉を最後に、ソフィはマーニの腕の中でそっと目を閉じた。
涙も出ないほどの深い悲しみに囚われたマーニは、失意の中で魔王の身体のソフィを静かに床へと横たえる。
少し微笑んだように見えるその顔にマーニが黙祷を捧げると、ソフィの身体は音もなく朽ち果てた……。
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