第53話 勇者、眠りに就く。

 マーニは目覚めた……。

 無意識に自分の目の前に両手をかざすと、ボーっとした頭でそれを眺める。

 そこにあったのは、白地に金の装飾が施された篭手。

 マーニは勇者の身体を取り戻していた。


「大丈夫であるか?」

「目を覚ましたんだわさ」

「マーニ、無事だったのね?」


 マーニを覗き込む三人の姿もまた、自分の身体を保っているらしい。

 何もかもが夢だったんじゃないかという気分でマーニが体を起こすと、そこには力尽きた魔王の姿。やはり夢じゃなかったんだと、マーニは現実を受け入れた。


「身体……戻ったんだね」

「魔王だったマーニが力尽きたから、五代目の兜が外せたのよね。それでもう一度五代目に被せたら、こうして元に戻ったんだわさ」

「どうして、もう一度五代目に被せたのさ」

「リックは頭が大きすぎるし、あたしは小さすぎるし、魔王は角が生えてるんだわさ。そして、ソフィに被せるのは気の毒だったのよね」

「消去法なのか……。でも魔王と勇者を入れ替える呪いって言ってたしな」


 結果として全員が元に戻ったのだから、ルシアの選択は正しかったのだろう。

 それにしても、目覚めたばかりのマーニはわからないことだらけだ。マーニはその疑問の数々を一つずつ尋ねていった。


「ソフィとルシアは魔力枯渇で倒れてただけだからわかるけど、あんな魔法を食らったのにどうしてリックはピンピンしてるのさ」

「吾輩も雷に打たれた時は覚悟したのだよ、死をな。しかしソフィ殿が吾輩を送り出してくれた時に、どうやら耐雷の魔法をかけてくれたらしくてな、それでなんとか一命は取り留めたというわけだ」

「ほとんど魔力もなかったんだけど、効果があってよかったわ……」


 魔法を習ったことがないって言ってたけど、ソフィはもはや一流の白魔導士だ。『わたしがいて良かったって最後に思わせる』なんて言ってたけど、間違いなくその通りになった。

 そしてマーニは、自分の鎧の胸の部分にぽっかりと空いた穴をさすりながら、さらに質問を続ける。


「一番の疑問なんだけど。どうして、この僕の身体が生きてるんだ? 銅貨で勇者の胸を貫いて、致命傷を負わせたはずなのに……。それにあの時のソフィは、回復ができるほどの魔力は残ってなかっただろ?」


 マーニがその質問をすると、待っていたかのようにルシアがニヤニヤし始める。そして小さな空き瓶を、マーニの目の前に突き出して見せた。


「それが、あったんだわさ。体力の回復手段は、他に残されていたのよね」

「それは……まさか、魔王が飲んだ『ミラケルト』…………うっ」

「空き瓶の底に、飲み残しがほんのちょこっと残ってたんだわさ。たったあれだけで命を吹き返すなんて、さっすが伝説の秘薬なだけのことはあるかつら」


 マーニを、激しい腹痛が再び襲う。その姿を見てルシアが冷ややかに笑った。

 ソフィとリックもそれを見て笑い出す。そんな和やかなムードの中、背後から呻き声が上がった。



「ぐ……うぅ……」

「貴様、まだ生きておったのか」

「そんなに顔色が悪いのに、まだ生きてるなんて信じられないな」

「言っただろう、魔王は死なないと。それに顔色は元からだ」


 ゆっくりと目を開く魔王。その中身はやはり五代目らしい。

 するとルシアがレイピアを鞘から引き抜いて、魔王に向けて突きつけた。


「あたしはあんたが許せないんだわさ。止めを刺してやるから覚悟するのよね」

「まて、まて、もう抗う力は残っていない。それに身体は魔王でも、俺だって元々は五代目勇者だ。こうして倒された以上、潔く負けを認めるさ」


 魔王に戻った五代目は、肩口から脇腹に向かう深い袈裟斬りの傷から、青い血液がとめどなく流れ出している。

 それでもまだ命の尽きない五代目に向けて、ルシアは仲間の命を奪われかけた怒りを、容赦ない言葉で叩きつける。


「勇者の財宝を奪われた恨み、忘れてないのよね。あの時襲ってきた魔物だって、きっとあんたが裏切った仲間だったんだわさ」


 怒りはそっちか……。

 あの時を思い出したのか、悔しそうな表情を浮かべるルシアに、五代目は納得のいかない様子で言葉を返した。


「勇者の財宝を俺が奪った? 仲間を裏切った? 何の話だ? 俺が宝箱を開けた時にはもう空っぽで、悔しかったから五代目参上って名前は残してやったけどな」

「この銅貨を一枚だけ残して、残りはあなたが持ち去ったんじゃなかったの? 仲間まで裏切って」


 ルシアに借りて、ソフィが例の銅貨を五代目の目の前にかざしてみせる。

 すると五代目は何を思ったのか、「くくく……」と忍び笑いを始めた。


「これは、さっき俺を貫いた銅貨……。次に宝箱を開けた奴が空っぽじゃ気の毒だと思って、手持ちの金を投げ込んだやつか……」

「じゃぁ、この銅貨は五代目さんのだったってこと?」

「ふ、ふはは、まさか、俺が気まぐれで投げ込んだあの銅貨で、六百年後に自分が倒されることになるとはな……」

「ふ、ふん、だわさ! あたしがとどめを刺すまでもなく、勝手に死にそうだから放っておいてやろうかつら……」


 五代目の言葉で、ルシアの怒りの矛先が行き場をなくしたらしい。ルシアはレイピアを鞘に納めると、五代目に背を向けた。

 そしてマーニは気になっていた質問を五代目に尋ねてみた。


「そういえば、どうして六代目との入れ替わりに失敗したんだ?」

「あいつか、あいつは俺の最後の願いなど聞き入れることなく、容赦なくとどめを刺してすぐさまここを後にした。人の血の通わぬ、冷酷なやつだったよ……」

「魔王がそれを言うか? でも、願いを素直に聞いてやった僕の方こそ、結構なお人好しだったのかもしれないな……」


 マーニはここに来た直後の五代目とのやり取りを思い出す。あの下手くそな演技を思えば、六代目が容赦なくとどめを刺した理由もわかる気がする。

 それにしても、魔王と語り合うなんて奇妙な光景だ……。

 けれど、いつまでもこうしているわけにもいかない。五代目との別れの時間が、刻一刻と近づいてくる。


「これで本当にいいのか? 何か救う方法はないのか? 魔王、いや五代目勇者」


 マーニの最後の問い掛けに、魔王に戻った五代目はニヤリと笑いながら答える。


「勇者の最後の仕事さえキッチリ全うしてくれれば、俺はそれで充分だ」

「最後の仕事?」

「『魔王は倒したが、三百年後に復活する。だからそのときは、この伝説の武具で再び魔王を打ち倒してくれ』と、後世に語り継ぐのが勇者としての最後の仕事だ。そうすれば三百年後、また俺には八代目勇者に成り代わるチャンスが訪れる」

「わかった。必ずその言葉を語り継ぐよ」

「そうそう、『魔王の討伐へは必ず一人でくること』っていうのも忘れずにな」


 魔王の手を固く握りしめ、マーニは神妙な顔で微笑みかける。

 そんなマーニに向けて、五代目の言葉はもう少しだけ続いた。


「腕には自信があったから、まさか俺が真っ向勝負で倒されるとは思わなかった。しかし俺はつくづく運がない。勇者の血を色濃く感じられる者が、こうして四人も揃って向かってきたんだからな……」


 語りながら声を細めていく五代目。打ち倒された魔王は、力を取り戻すために永い眠りに就くという。どうやらその時が訪れたようだ。


「行くがいい、勇者たちよ。俺は再び、三百年の眠りに就くとしよう……」


 そう言い残すと、五代目は魔王として静かに目を閉じた……。


「……え? 四人が勇者の血を色濃く持ってるっていうのか?」

「それでこの四人が、玉突きのように身体を入れ替えたのであろうか?」

「じゃあこの四人は、みんな初代勇者の血を引いてるってことかつら? 最後の最後に気になることを言って、勝手に眠りに就くとか許せないのよね。ムキー!」


 驚くリックは頭を混乱させ、憤るルシアは魔王に怒号を浴びせている。

 そしてマーニは、後悔の念に囚われる……。


「本当に五代目を救う方法はなかったのかな? 魔王を倒して僕たちは満足かもしれないけど、これじゃ五代目が救われないんじゃ……」

「大丈夫だよ、マーニ。彼を救う方法はちゃんとある……」


 ソフィはそう言ってマーニの隣に寄り添うと、優しく微笑みかけた。

 とても穏やかで全てを悟り切ったような、清らかに澄んだその瞳。

 そしてそっと、マーニの頭から勇者の兜を掴み上げる。


 ――そしてソフィは勇者の兜を、自ら身に着けた……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る