第52話 勇者、死闘を繰り広げる。

 マーニは魔王の体に似合わないレイピアを振るって、五代目に攻撃を仕掛ける。

 だけど、マーニには五代目を倒す術がない。魔法はリフレクションで封じられ、レイピアによる斬撃も勇者の鎧で守られている。

 組み伏せるだけの格闘術を持ち合わせていれば勝負になるかもしれないけれど、それだって五代目の方が数段上手だろう。

 仮に組み敷いたとしても、五代目の魔法を防ぐ手立てもマーニにはない。

 耐性魔法の効果が望み薄なのは、すでに実証済みだ。


「うりゃっ、うりゃっ、てあぁっ……」

「修練……いや、剣技の才能が絶望的にないな。六代目の方がずっと強かったぞ」

「うるさい、そんなことはわかってる。でも僕は姉ちゃんと約束したんだ」

「感情の高まりが能力に力を貸すことは認める。だがな、圧倒的な力量差を埋めることはできないぞ」


 マーニが掴みかかっても簡単にかわされて、斬りかかってもすべて避けられる。隙を見せれば魔法を撃ちこまれ、防御が甘ければ剣で斬りつけられる。

 それでも、今のマーニは五代目に向かっていくしかない。

 魔王となったマーニの最大の長所は、人ならざる体力と皮膚の強靭さ。それを使って休まず攻撃し、精神を集中させる機会を与えないこと。

 ひとたび時間を与えれば、さっきのような強烈な魔法がみんなを襲う。


「力の差ぐらいわかり切ってる。でも今の僕がみんなのためにできることは、これぐらいしかないんだよ」


 マーニはリックが加勢に来ないことを不思議に思っていた。

 けれども五代目との戦いのさなかにチラリと横目で見ると、ルシアと話し合っている姿が見えた。

 きっと何か作戦を立てているに違いない。そう考えたマーニは、五代目の体力を少しでも奪いつつ、二人のために時間を作ることに徹する。


「こんなに弱いなら、俺が魔王のままお前を倒しちゃえば良かったな。そして頭から力ずくで兜を剥ぎ取って、被せ直せば……それじゃぁ、入れ替わる俺の身体がなくなっちゃうか……ははは」


 マーニは本気で戦っているのに、五代目は冗談交じりでその攻撃をかわす。

 屈辱的だが今のマーニは恥も外聞もかなぐり捨てて、ただただ目の前の五代目に向かっていくことしかできなかった……。



「リック、ちょっと話があるのよね」

「この切羽詰った状況で、作戦会議を開いている余裕などないぞ」

「一つだけ、まだ使ってない手があるのよね。それならひょっとしたら、あの五代目にひと泡吹かせてやれるのよね」

「なに? それは誠か?」


 この状況を打開できる作戦と聞いて、リックは加勢に向かいたい気持ちを抑えて足を止める。そして今なお戦い続けるマーニの戦況をハラハラしながら目で追いつつ、ルシアの言葉に耳を傾けた。

 ルシアはソフィを膝枕で寝かせながら、リックに作戦の説明を始める。


「我が家には、代々伝えられてきた古の魔法があるのよね。あまりの威力の凄まじさに詠唱は禁止されてるけど、それを使えばあたしの貧弱な魔力でもあの五代目を倒せるかもしれないのよね」

「ならば、なぜ今まで使わなかったのだ?」

「その魔法は、詠唱を開始した時点で雷を落とす場所が限られてしまうんだわさ。それにその詠唱はとても長いから、誰でも簡単に避けられてしまうのよね」

「ふむ、一長一短のある魔法というわけか」

「だけどもしも、あいつをずっと同じ場所につなぎとめておけるのなら……」


 マーニと五代目の戦闘に改めて目を移すリック。

 マーニの攻撃で多少は五代目の体力を奪えているみたいだが、剣技の差は歴然。傷を負わせるには至っていない。

 リックはルシアに向き直り、その覚悟を示した。


「心得た。その一点につなぎとめる役目、この吾輩が必ずや果たしてみせよう」

「リック…………」


 ルシアの膝の上でソフィが目を開いた。

 しかしこの短時間で回復するはずもなく、力なくリックの布鎧に手を当てるのが精一杯。何かを言っているようだけど、その声もリックには届かない。


「無理をするな。声を出さずとも気持ちは確かに受け取った。静かに休んでおれ」

「気を……つけて……」


 再び目を閉じて眠りにつくソフィ。

 リックは闘志を内面にしまい込むように静かに、そして強くうなずくと、その大きな身体で立ち上がった。

 見送るルシアは心細そうな声で、リックに声をかける。


「でも発動の瞬間は避けてもらわないと困るのよね。リックにまで雷が落ちたら、命の保障はできないのよね」

「無論だ、吾輩の反射神経を見くびるな。絶対に避けてみせよう。なにしろ……」


 五代目に視線を向けたまま、表情をこわばらせるリック。けれど一瞬振り返ったリックは、ニヤリとルシアに笑いかけた。


「――吾輩は雷が苦手なのだよ」


 リックは静かに、五代目に向けて足を踏み出した……。



 身体中を斬り刻まれ、魔法を浴びせられ、マーニの身体はボロボロだ。

 そこにリックが両手剣を構えて、肩を並べた。


「長らく待たせた。すまぬ」

「ごめん。僕の力じゃ、かすり傷程度しか、負わせることが……できなくて……」

「いや、マーニ殿のおかげで、五代目の体力にも陰りが見え始めた。これで吾輩の任務も、遂行しやすくなったというものだ!」


 そう言って、五代目に挑みかかるリック。続けてマーニに指示を出す。


「ここからは吾輩が相手をする。マーニ殿は下がって、休んでいるがよい」


 フラフラになったマーニは、ソフィとルシアのいる扉の横で壁に身体を預けた。

 そしてマーニは自分の身体に手をかざしかけたけれど、魔法での体力回復を躊躇する。薬品のない今、魔力の回復手段は休息のみ。マーニは魔力の温存を優先することにした。

 肩で息をするマーニに、ルシアが声をかける。


「マーニ、ソフィをお願いなのよね」


 感情がメラメラと燃え出しているような、力強い決意が感じられるルシアの声。その声と共に預かったソフィの頭を、マーニは投げ出した自分の太腿へと乗せた。

 ルシアは険しい表情で、リックと五代目の戦闘の成り行きを見守り続ける。

 ソフィの頭に手を添えてやることぐらいしかできないマーニもまた、朦朧とした視野でその光景をじっと見守った。


 しばらく睨み合いが続いていたリックと五代目。やがて息の上がりかけた五代目の隙を突いて、両手剣を投げ捨てたリックが飛びかかる。

 リックはそのまま上手く関節を極め、五代目の動きを封じてみせた。

 と同時に、マーニの隣ではルシアが両手を固く握り合わせて、聞いたことがない魔法の詠唱を始める。


「……我が名はルシア、森羅万象の神々よ、この脆弱なる黒魔導士の願いを聞き入れよ。尊大なる力により悪しき者に制裁の雷を落とすため、この身に宿りし全ての力を捧げることを誓わん――」


 マーニが戦闘中に垣間見た、リックとルシアの会話の光景。きっとこれがその作戦なんだと、マーニは直感した。

 静かに、強く、その思いを込めたルシアの詠唱。

 その向こうでは、リックがひたすらにその怪力で五代目を組み伏せる。五代目の体力は確かに落ちているようで、ピクリとも動かない。

 そして、この体勢ならば五代目の魔法も封じられる。マーニはそう確信した。


「なかなかいい技だ。だがお前はこんな魔法を知っているか? バーニング!」


 苦しい体勢のまま五代目は、力強く魔法を詠唱した。

 しばらくは何も変化が見られなかったものの、徐々に五代目の周囲の空気が揺らめき始める。

 『バーニング』とは、自分の身体から熱を発する魔法。

 その熱が鎧に伝わり、陽炎を発生させている。

 その熱は次第にリックの布鎧にも伝わる。そして、何やら焦げた臭いがマーニの所まで漂い始めた。


「いい加減放せ! もうお前の身体は焼けただれ始めているはず。死ぬ気か?」

「貴様に七代目を名乗らせるわけにはいかぬのでな。それにあいにく、吾輩は夏の暑さは嫌いではないのだ」

「くそ、放せ。しつこいぞ」


 五代目の周囲の空気が、さらにユラユラと揺らぐ。五代目の発する高温で、リックの布鎧の表面がブスブスと黒く炭化していく。

 それでもなお、リックはその拘束を止めない。歯を食いしばるリックの歯ぎしりが聞こえてきそうな中、ルシアの詠唱は続く。


「――集え、水の精霊たちよ。やがて来たるその時のために。集え、集え、留まることなく集え。その力を計り知れないものとするために。氷の精霊たちよ、さらなる力を貸し給え。水の精霊と共に――」


 リックを信じて詠唱を続けるルシア。ルシアを信じて五代目の拘束を続けるリック。そんな二人を、マーニはただ見守ることしかできない。


「――集いし精霊たちよ、悪しき力の頭上にてその身を躍らせよ。踊れ、踊れ、留まることなく踊れ。混沌の渦をまといて、さらに激しく踊れ。そしてその身に力を蓄えよ。悪しき者に加える制裁の力、遠慮することなく蓄え続けよ。踊れ、踊れ、踊れ……」


 『踊れ』と言葉を重ねるごとに、大きくなっていくルシアの身体を包む光。きっとこの長い詠唱ももうじき終わる。

 リックはなおも、焼け焦げた臭いを発しながら、その身体で五代目を拘束し続けていた。そしてルシアの詠唱は止まることなく、続けられていく。


「……すまんな、ルシア殿。今避けては、五代目に逃げられてしまうからな……」

「――時は満ちた。充分に蓄えしその力、いかずちの神の名を借りて、余すところなく放出せん! 制裁のいかずち、サンクション・ライトニング!」


 目の前の全てが純白に塗りつぶされる閃光。

 陶器の皿を千枚ぐらい同時に叩き割ったような、耳をつんざく音。

 直接魔法を浴びたわけでもないのに、ビリビリと痺れる皮膚。

 ルシアの唱えた魔法の途方もない威力に、傍観者のマーニまでも脱力した……。




 ……やがてマーニの眩んだ目が、視界を取り戻す。

 そこには、ルシアの古の魔法をその身体に直接浴びた二人の姿。リックの拘束は解かれているものの、五代目もその場で動けずにいる。

 轟音で耳がおかしくなってしまったせいか、辺りは物音一つ聞こえない静寂。

 やっと耳に届いたのは、リックと五代目が二人共に膝から崩れ落ち、そして同時にその身体を床へと横たえた鎧が発した金属音だった。

 まだ立ち上がれずにいるマーニは、リックの名を叫ぶ。


「リーック!」

「……ルシア、おぬしはきっと……我が国最高の大魔法使いに違いない……ぞ」


 ルシアもまた、マーニの目の前で力尽きる。

 倒れかかってくる小さな背中を、マーニは鋭い爪を持つその手で受け止めた。


「当たったのよね? 最大魔力でぶっ放した古代魔法は、最高に気持ち良かったんだわさ……。ふふふ、ちょっとだけ、ちびっちゃった……のよ……ね……」


 だらりと垂れたルシアの手から、何かが転がり落ちた。

 魔法の詠唱のときに固く握りしめていたらしいそれを、マーニが拾い上げる。


 ――マーニが拾い上げたもの。それはあの時の銅貨だった……。


 やっと打たれた終止符。そう思ったマーニの視界の先で、白い鎧がうごめく。

 のっそりと立ち上がったのは五代目。フラフラしながらも、その執念でマーニに向かって歩み寄る。

 魔力の温存を選択していたマーニは、立ち上がる体力も残っていない。

 五代目に抗う手段は魔法のみ。マーニは残された魔力を一気に放出するために、右手を突き出して集中力を最大限に高めていく。

 しかしそんなマーニの行動を察知した五代目は、すかさずその対抗手段に出た。


「リフレクション!」


 伝説の武具をまとった五代目の身体が、リフレクションの光に包まれていく。

 精霊魔法でさえも反射しそうなほどに、その光を強めていく五代目の魔力。その輝きは、マーニに絶望を与えるほどの神々しさだ。

 そのまま五代目はうわ言のように同じ言葉をつぶやきながら、マーニへ向けてゆっくりと歩み続ける。そして、七代目の勇者に成り代わった使命を果たすために、左手で勇者の剣を頭上高く振り上げた。

 魔王マーニを討伐するために……。


「……魔王を討伐して、この俺が七代目勇者として、この城を出るんだ……」

「……僕だって七代目勇者として、倒されるわけにはいかないんだ……」


 残された魔力を、今さら体力回復に充てたところで間に合わない。

 今のマーニに出来るのは、攻撃魔法の威力を少しでも高めること。

 マーニはただひたすらに、突き出した右手に全魔力を注ぎ込んでいく。


「……リフレクションは、あんたが使える単純魔法じゃ貫通できない……のよね。もう、打つ手は残ってないんだわ……さ」


 叫び声をあげながら勇者の剣を振り下ろす五代目と、ルシアのアドバイスにも構わず魔力の全てを右手に集めて魔法の名を叫ぶマーニ。

 その二人の声は同時だった。


「……悪く思うな。今は俺のために倒されてくれぇ! 七代目ぇ!」

「僕には単純魔法しか撃てないからな……。フォトン・バレットォォ!」


 ――チャリン……。


 遠くの壁に当たった銅貨が、軽やかな音をたてる。

 マーニが詠唱に合わせて右手の前にかざしたその銅貨は、渾身のフォトンバレットによって弾丸と化した。

 その一直線に放たれた弾道は、五代目の勇者の鎧を見事に貫いたのだった。

 そして五代目が渾身の力で振り下ろした勇者の剣は、魔王であるマーニの肩口から脇腹へと、見事な袈裟斬りでその身体を深く抉った。

 勇者が金属音を立てて床に倒れ込む。

 そして魔王もまた力尽きた……。

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