第50話 勇者、真実を語る。

「いったいこれは、どういうことなのだ?」

「納得のいく説明をしてもらいたいんだわさ」


 リックの手によって玉座に縛り付けられたのは、伝説の武具たちを纏った勇者。その上、ルシアの魔法によって動きも封じられている。

 逃走を試みた勇者の正体は、マーニと身体が入れ替わった魔王だった。

 その周りを取り囲むのはパーティの面々。二メートルの大男のリック、背の低い幼女のようなルシア、容姿端麗なソフィ、そして黒いガウンに角の生えた魔王となったマーニ……だ。

 結局あの瞬間、入れ替わったのはマーニと魔王だけ。

 取り囲んだ全員は今回の不可解な行動の説明を求めて、シュンとしている勇者の姿をしている魔王を問い詰めた。

 そして魔王は観念したのか、静かに口を開く……。


「わかった。真実のすべてを話すとしよう」


 マーニたちが取り囲む中、勇者の姿をした魔王はしんみりと語りだした。


「お前たちは勇者の冒険譚を知っているか?」


 魔王のその言葉に、マーニたちは一様に驚く。魔王の口から『勇者の冒険譚』なんていう単語が出てきたからだ。


「そりゃぁ、もちろんだよ。タクティア国民なら、誰だって知ってる」

「そうか、今でも語り継がれているのか。だが、あんなものは嘘っぱちだ。いや、ほとんどの部分は本当なのかもしれない。それでも、最後の部分は嘘だ」

「最後が嘘って、どういうことだよ」

「初代勇者はな……魔王に敗北したんだ……」


 語られた魔王の言葉に、一同はショックを隠せない。

 特に、聖書と呼べるほどに崇めているリックにとっては、冒涜ともとれる魔王の発言は我慢ならなかった。


「たわけたことを言うでない。ならばいったい誰が魔王を討伐したというのだ!」

「それはもちろん、『魔王』……だ」

「何をわけのわからぬことを……」


 魔王はなぞかけのような、とんちのような、不可解な言葉を吐くと、憤るリックをなだめるように『勇者の冒険譚』の真実を語り始める。


「初代勇者は確かに結界を張った、魔王をこの地に繋ぎ止めるために。しかしそのために力を使い果たした初代勇者は、そこで力尽きたんだ……。そしてその後に起こった真実を、お前たちに教えてやろう……」




 ――わずかばかりの体力と魔力を残して、魔王は僅差で勇者に勝利した。


 けれどその代償として、魔王はこの地に永遠に繋ぎ止められることとなった。

 扉からの脱出も壁の破壊の企ても、結界の力によってすべて阻まれた。

 一方の勇者は、息を切らす魔王の目の前で、体をピクリとも動かせずに床に転がっている。その命が尽きるのも時間の問題だ。

 けれど敗れたことに悔いはなく、その表情には笑みさえ浮かぶ。魔王をこの地に封印したことで、その脅威から人々を救うことができたのだから……。

 それを見た魔王は諦めの表情を浮かべてため息をつくと、足元で動かなくなった勇者から兜を剥ぎ取って、こう言った。


「この魔王を追い詰めた者の顔を良く見せてもらうとしようか……。なるほどな、人の子もなかなかやるものだ。その気概に免じて貴様は助けてやろう、勇者よ」

「そんなことをすれば、今度こそお前を倒すだけだぞ、魔王」

「好きにするがいいさ」


 魔王はつかつかと部屋の奥まで進むと、その玉座に座り直す。

 そして勇者に向けて手をかざして、回復魔法を唱え始めた。

 勇者は半信半疑だったが、確かにみるみると体力が回復していく。一方の魔王は勇者を回復することで、わずかに残っていた魔力も体力も消耗していく。

 やがて、魔王によって体力を充分に回復された勇者は立ち上がる。そして足元に転がっていた剣を手に取り、こう言った。


「まさか本当に助けてくれるとはな。だが結界を解くわけにはいかない。そして、さっきも言ったようにとどめを刺してやるから覚悟しろ」


 さらに勇者は、さっき魔王が投げ捨てた兜を拾い上げる。

 そしてそれを被り直した時、異変は起きた。


 ――なぜか玉座に座る勇者。そしてその正面には、剣を持つ自分自身の姿。


「では、さらばだ。もう貴様と会うことは、二度とないだろう」


 そう言い残して勇者は背中を向けると、そのまま扉に向かって歩きだした……。間違いない、あれは魔王だ。

 立ち去っていく魔王を、勇者が慌てて追いかける。けれども回復したはずの体力は衰え、勇者は思うように身体が動かせない。

 それでもなんとかドアに這い寄ったところで、勇者は愕然とした。

 ドアを開こうと伸ばした手は紫色で、爪も鋭く伸びている。この姿は魔王。

 魔王は被ることで中身を入れ替える呪いを、さっき勇者から兜を剥ぎ取ったときにかけておいたのだった。

 そして魔王の姿となった初代勇者は、自らが張った結界によって部屋から出られなくなっていた……。



 ――魔王復活。


 魔王となった初代勇者は、自らが張った結界の中で三百年ほどの時を過ごして、ついに力を取り戻した。

 中身が初代勇者とは誰も知らず、続々と討伐隊が襲来してくる。

 元々勇者だったところに、無尽蔵ともいえる魔力を手に入れたら鬼に金棒。まともにやり合うことなく、討伐隊を一蹴してしまう。


 一度は初代勇者も考えた、魔王として無抵抗のまま討伐隊に倒されようと。

 しかし三百年の歳月は、初代勇者にはあまりにも長すぎた。

 もしもここで討伐隊に打ち倒されても、きっとまた蘇る。そうしたら、また更に三百年もの長い歳月を、ここで孤独に積み重ねなくてはならない。

 そんな地獄よりも永遠の眠りを願った初代勇者は、討伐隊に向かって言った。


「この魔王を倒したくば、先代が討伐した時に用いた勇者の武具を用いるのだな。そしてそれは、初代勇者の血を引く者でなければその力は発揮しないはずだ」


 あの勇者の兜さえあれば、きっとこの身体を入れ替えられる。そうすればここを出て、人として天寿を全うすることができるだろう。

 討伐隊を追い払うと、初代勇者は待ち続けた。自分の子孫が、あの忌々しい勇者の兜を持ってやってくるその日を、ただひたすらに……。




 元魔王が一通りを語り終えると、現魔王となったマーニが口火を切って尋ねた。


「なんてこった。それじゃあんたは魔王じゃなくて、初代勇者だってことか?」

「お前はちゃんと話を聞いてたのか? 俺は初代じゃない、五代目だ」


 こんな話をマーニが簡単に信じられるわけがない。しかも語っているのは、さっきまで魔王の姿をしていて、今は自分の姿をしている人物だ。

 けれど魔王なら、『勇者の冒険譚』をこんなに詳しく知っているとは思えない。

 判断に迷ったマーニは、みんなに問いかけてみた。


「みんなはどう思う……?」

「…………」

「…………」


 みんな神妙な顔で無言を通す。誰もその真偽を見極められずにいるのだろう。

 静寂が続く中、がんじがらめの縄とルシアの拘束魔法で身動きがとれないまま、自称五代目勇者は昔話の続きを補足した。


「初代勇者は二代目が討伐に来た際、さっきの俺と同じ手口で身体を入れ替えた。魔王と勇者の身体を入れ替える呪いがかけられた、その勇者の兜を利用してな」

「そうか、結界に繋ぎ止められるのは魔王だけだから……」

「二代目勇者の身体を得た初代は、魔王の身体となった二代目を倒し、その身体のまま魔王城から抜け出したというわけだ」

「それで初代勇者殿は、いかがされたのか?」

「簡単なこと。二代目勇者としてそのまま生涯を終えたのさ。『また魔王が復活した際は、この伝説の装備品を使って倒しに行け』と遺言を残してな」


 ここまでの話を聞いて、内容は理解したマーニ。

 もちろん口から出まかせの可能性もある。けれどもその話の出来の良さは、真実を語っているとしかマーニには思えなかった。

 けれどその真実を認めたくないのも確か。マーニは五代目をさらに問い詰める。


「それじゃ今なお残るその伝承は、魔王と入れ替わる生贄をここに向かわせるための方便だったってことなのか?」

「俺も国王から、勇者を拝命されたときは手が震えたよ。腕には自信があったが、俺に魔王が倒せるのか……ってね。それが、たどり着いてみたらこの結末だ。本物の魔王なんてここにはいなかった。そりゃぁ討伐に失敗することもないわけだ」

「三百年ごとに入れ替わり、あんたが五代目。あれ、でも僕は七代目のはず……」

「それは俺が三百年前の前回、入れ替わりに失敗したからだ」


 マーニは頭の中が真っ白になり、次に何をすべきなのかも考えられずにいた。

 さらに五代目は、魔王に姿を変えたマーニに向かって訴えかける。


「俺が五代目勇者になったのは十六の時だった。そしてここに来てみれば四代目勇者に騙され、さらに六代目勇者にも逃げられたせいで、六百年余りをここで一人で過ごした。俺は六百年もの歳を重ねてるっていうのに、人として生きたのは十六年間だけなんだ。だから頼む、これは勇者の宿命だと思って、俺をこのままここから出させてくれないか?」


 あまりにも悲惨な五代目の身の上話に、ついついみんなも同情的になる。


「勇者殿にそんな宿命が課せられておったとはな……。心配するでないマーニ殿、このことは誰にも話さずに、墓場へ持っていくとしよう」

「なるほどなのよね。じゃあ、マーニはあたしたちに倒された後、魔王としてここで三百年の時を過ごすことになるのよね」

「ここで過ごす三百年って途方もなく辛いよね、きっと……」


 五代目の気持ちはわからなくもないマーニ。けれど自分がこれからの三百年を、ここで過ごさなければならないとなると話は別だ。


「ちょっと待ってくれ。みんな僕を見捨てるのか? そりゃぁ確かにこれは宿命なのかもしれない。だけど、他に何か方法だってあるんじゃないのか?」


 マーニは涙ながらに、必死にみんなに訴えかける。

 すると五代目を除くみんなが、クスクスと笑い出した。


「くくく……すまぬ。ちと冗談が過ぎたな。吾輩とて一度は勇者となった身。マーニ殿を見捨てたりはせぬぞ」

「あはは、あたしたちは仲間なのよね。みんなの絆は簡単には壊れないんだわさ」

「マーニだけに可哀そうな思いはさせないからね」

「脅かさないでくれよ……」


 みんなの言葉が冗談だったとわかって、マーニはホッと胸を撫でおろす。

 けれども対照的に、玉座に縛り付けられている五代目の体は、怒りに打ち震えながらメラメラと熱気を帯び始めた。


「三百年前も入れ替わりに失敗した。また三百年なんて、もう沢山だ……」


 ブツブツと独り言をつぶやくと、さらに五代目の体内から抑えきれない力が沸き立っていくのが、マーニにもはっきり感じられた。

 その雰囲気は、内に秘めた力が解放されていくようなとてつもない不気味さだ。


「このまま見逃してくれるなら、同行者の口封じはしないつもりだった。だけど、もう許さねぇ。お前ら全員皆殺しにして、魔王討伐の手柄を俺が報告してやる! うぉぉおおおっ!」


 雄叫びを上げた五代目は、ルシアの拘束魔法を気力だけで解除し、リックが縛り付けた縄も腕力でねじ切った。

 五代目と言えば桁違いの強さと謳われた勇者。その片鱗をさっそく見せ始める。


「口封じって、まさか……魔王の討伐は勇者一人で行けっていうのは……」

「あぁ、俺もここへ来て、初めてわかったよ。この秘密を外へ漏らさないための、口実だったってわけだ」


 五代目の言葉には驚かされるばかり。

 けれどその言葉は、これまでの話を裏付けるように辻褄が合う。きっと五代目が語ったのが、『勇者の冒険譚』の真実なのだろう。

 でも今のマーニたちはそれどころじゃない。目の前で殺気の炎を燃やし続ける五代目を倒さなければ未来はない。

 魔王の姿になったマーニを筆頭に、リック、ソフィ、ルシアが身構える。

 五代目もまた、腰に下げた勇者の剣を右手で不器用に引き抜く。そしてさらに瞳をギラリと輝かせると、剣を左手に持ち直して構えた……。

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