第49話 勇者、魔王に称えられる。
「――えっ、まさかこれで終わり? んなわけないよね?」
まだとどめは刺せていないけれど、相当なダメージを与えたらしい。
モゾモゾと動き出した魔王は、光弾が命中した腹を押さえながらゆっくり身体を起こすと、マーニを称賛し始めた。
「くそ……今回の勇者がこれほどまでの実力とは。俺は力量を見誤ったか……」
「効いているではないか、でかしたぞ勇者殿」
「こうなったら一気に畳みかけるべきなのよね」
膝を折ったまま、立ち上がれずにいる魔王。
展開が信じられないマーニは、逆に警戒心を高めて魔王に対して身構える。
すると魔王は表情を強張らせ、体を震わせながら怯えだした。
「このままではやられる。反撃だ、悪く思うなよ……ぐぅっ、しまった。魔力が、もうないだとっ!? 俺は事前に警戒しすぎたということか……」
「魔王の魔力は枯渇しておるというのか?」
「マジック・アブソーブ! うん、魔力が吸い取れないってことは、枯渇してる証拠なのよね。三日間もあんなに膨大な魔力を放出し続けてたんだから、魔王と言えども枯渇して当然なんだわさ」
確かに魔王の体からは魔力が感じ取れない。
だけどマーニは、この出来過ぎた展開が罠としか思えない。
「みんな、ちょっと――」
「魔力が枯渇しておるのならば、魔王など恐るるに足りん。覚悟!」
「あたしの黒魔法の標的になってもらうんだわさ」
リックは両手剣を背中から抜くと、容赦なく魔王に斬りつける。けれども魔王の皮膚は固く、そう簡単には傷つけることができない。
ルシアは繰り返し黒魔法を唱える。詠唱に時間がかかるせいで実戦向きじゃない精霊魔法も試しているようだ。けれどルシアの残念な魔力では、魔王にさほどダメージを与えられていない。
それでも塵も積もれば山となる。無抵抗の魔王に休みなく攻撃をし続けた結果、数十分の後に魔王は瀕死状態に陥った。
「……さすがにこれは、おかしくないか?」
マーニはパーティ全員を集めると、小声でみんなに尋ねてみた。
けれども、返ってきた答えは楽観的なものばかり。
「確かに魔王が弱すぎるが、裏を返せば我々が強すぎたという話ではないのか?」
「魔王の事情なんて知らないのよね。魔王でいるのに嫌気がさして、早く眠りに就きたいのかもしれないのよね」
「でもマーニ、まだ油断しないでね?」
相変わらず玉座の前でぐったりしている魔王。流れ出ている青い血液のせいか、今にも体力が完全に尽きようとしている。
その弱々しくなった声で、遺言らしき言葉をマーニにかけた。
「見事だったな、勇者よ。この俺にその顔を良く見せてはくれないか?」
見事と言うには程遠い戦いだったけれど、勝利は勝利。マーニはそれぐらいの願いなら聞き入れてやろうと、勇者の兜の前面を跳ね上げた。
すると魔王は、消え入りそうな声でさらに懇願する。
「そ、それじゃ良く見えないだろ。兜を脱いで、俺にもっと良く顔を見せてくれ」
「脱げるのであるか?」
「外しちゃって大丈夫かつら?」
「わからないけど、魔王は魔力が枯渇してるから回復はできないし、最後の頼みぐらいは聞いてやってもいいかなって」
躊躇したものの、マーニは勇者の兜を脱ぎ去ることに決めた。
マーニは両方の手で勇者の兜を掴むと、ゆっくりそれを引き上げてみる。するとあっさりと勇者の兜は脱げた。
「脱げた、な」
「魔王の魔力が枯渇したから、邪悪な呪力が放出されなくなってるのよね。きっとそれで脱げるようになったんだわさ」
「なるほどね。じゃぁ、魔王に俺の顔を見せに行ってくる」
「マーニ、兜邪魔でしょ? わたしが持ってようか?」
「いや、まだ何があるかわからないから、自分で持っておくよ」
マーニが奥の玉座へ歩み寄ろうとすると、今度は突然魔王がそれを制する。
「ああ、よい、よい。そのままでよい。充分にその顔を見せてもらったぞ。今度はあれだな、兜を被った勇者の勇ましい顔も、もう一度見てみたいものだな……」
勇者の兜を脱がせておいて、今度はまた被せようとする。
どう考えても不自然な魔王の言動に、マーニはみんなの意見を求めた。
「……なぁ、みんな、おかしいと思わないか? これ」
「明らかに不自然なり」
「それに兜を被ったら、またあれなのよね」
「頼む! お願いだから、もう一度被ってみせてくれ。勇者が兜を被った姿をこの目に焼き付けなければ、死んでも死にきれないんだぁ」
警戒するマーニに、魔王は必死に懇願を始めた。
けれども、その必死さが胡散臭さをさらに強める。魔王に対して、この上ないほど不信感を高めたマーニは、躊躇することなく討伐を決断した。
「完全に怪しい、もうとどめを刺そう」
「心得た」
「最大火力でぶっ放してやるのよね」
「みんな頑張って!」
マーニの意見にみんな賛同する。
その一つにまとまった意思を声に変えて、マーニが先陣を切って号令を掛ける。
「みんな、行くぞ。リフレクション!」
魔法の詠唱と共に、マーニの身体が薄っすらと光に包まれた。その背後にリックが回り込み、特攻の陣形を形作る。
ルシアはやや後ろで精霊魔法の詠唱開始。ソフィは魔王の反撃に備えるために、耐性魔法や強化魔法をみんなに掛ける。
そしていよいよ、マーニが魔王に向けて特攻を仕掛けようとした時だった……。
――魔王が懐から小瓶を取り出して、その中身を一気に飲み干す。
見る見るうちに体力を回復する魔王。そして魔王は元気よく立ちあがる。
それを見て、マーニは慌てて特攻を中止した。
「ちょっと待って、攻撃中断だ。迂闊に飛び込むのは危険かもしれない」
「はぁ、今代の勇者もひねくれ者か。せっかく穏便に済ませようとしたのに……。そっちがそういうつもりなら、こっちだって本気でいかせてもらうから覚悟しろ」
魔王は完全に息を吹き返した。
しかも今度の魔王の気迫は、手抜きなんて許されない雰囲気だ。
「みんな、これはちょっとやばそうだ。気を引き締めないとやられるぞ」
「承知した」
「どんとこいなのよね」
本気を見せた魔王を相手にどこまで通用するのか試そうと、マーニは右手を突き出して一番得意な魔法を放ってみせる。
「フォトン・バレット!」
マーニの手から光弾が撃ち出される。けれどその大きさは握り拳程度だった。
光弾は魔王を直撃したものの、声を上げさせることすらできずに霧散した。
「くそっ、兜を脱いでるから威力が……」
兜を被れば、また身体が入れ替わってしまうかもしれない。
けれどもこの貧弱な魔力のままじゃ、リフレクションだって魔王の魔法を跳ね返しきれないだろう。
切羽詰まったマーニは、リスクを承知で勇者の兜を被り直すことにした。
マーニは脇に抱えていた勇者の兜を再び両手で掴む。
「本気でかからないとやられそうだ、兜を被るからみんな覚悟してくれ」
「心得た」
「やむを得ないのよね」
「マーニ! 兜はやめておいた方が――」
ソフィの忠告も聞かず、マーニは勇者の兜を被り直す。
被り直しても入れ替わらないかもしれない、入れ替わってもまた自分の身体のままかもしれない、そんな一か八かの賭け。
けれど、マーニの賭けは裏目に出たらしい。
兜を被った瞬間に目の前が真っ暗になり、再びマーニの身体は入れ替わった。
一体誰に変わったのかと、マーニは咄嗟に眼前に手を差し出して確認をする。
すると黒いガウンに、両手の肌は紫色、そして鋭い爪。これは……魔王?
「――どこへ行くつもりか、勇者殿!」
聞こえてきたリックの声に、慌ててマーニは顔を上げる。
その目に映ったのは、こちらに背を向けて逃亡を試みる勇者の姿。それをがっしりと、リックが腕を掴んで阻止していた。
「なにしてるのよね。最終決戦なのよね」
(あの勇者は……いったい誰だ……?)
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