第46話 勇者、眠れなくなる。

現在の中の人

勇者:マーニ 美女:ソフィ 大男:リック 幼女:ルシア

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「――やっぱり……明日は僕一人で行く」


 歯切れが悪く、口ごもるようなマーニの口調。

 そんな、明日の予定を根底から覆すマーニの発言に、リックはすぐに飛び起きてランプを灯し直した。


「今さら何を言っておるのだ。マーニ殿が一人で出立しようが、吾輩も勝手についていくだけのこと。一人だけでなど行かせぬぞ」

「そうよ。わたしだってついていくからね?」

「ここまで一緒に来たのに、置いてきぼりはひどいんだわさ。あたしたちは、かけがえのない絆で結ばれてるんじゃなかったのかつら?」


 リックに続いて、声を荒げるソフィとルシア。

 マーニの発言は、圧倒的多数で否決された。

 けれどもマーニだって、軽い思い付きで言葉を発したわけじゃない。


「ずっと前から、もしも道中で身体の入れ替わりが戻ったら、そうしようって決めてたんだ。魔王討伐は勇者の任務、みんなの命まで懸ける必要はないんだよ」

「さてはおぬし、手柄を独り占めしようという魂胆であるか?」

「国王からのご褒美、あたしだって欲しいのよね」

「抜け駆けはさせないよー」


 暗がりの中、マーニは予想していた通りに一斉に非難を浴びる。そしてそれが冗談だということもわかっていた。

 それでも今のマーニは、みんなを思い留まらせようと本気で訴えかける。


「そんなことは絶対にしない。もちろん褒美が出たら山分けでいい。だけど――」

「冗談だ。そなたの言葉は我々を気遣ってのことだとわかっておる」

「そんな真面目な返事されちゃったら、あたしがご褒美目当ての業突く張りみたいなんだわさ」

「マーニ。どうして今になってそんなことを言いだすの?」


 マーニの言葉はあっさりリックに遮られてしまった。そしてさらに押し寄せるみんなの返事で、マーニの説得は完全に機を逸した。

 説得を諦めたマーニは、ソフィに尋ねられたその根拠を答える。


「やっぱり引っかかるんだよ。『魔王討伐のしおり』に書かれてる、『魔王の討伐には勇者一人で向かうこと』っていう一言がさ。僕は伝説の装備品で守られてるからいいけど、他のみんなは……なんてことにでもなったら……」


 マーニは『死』という言葉を口にできなかった。だけど他の三人にも、マーニの言いたいことは充分伝わっているはずだ。

 しばらくの沈黙が続く。

 マーニはみんなの考えを聞きたくもあり、聞きたくもなかった。

 同行すると言われれば責任を感じるけれど心強いし、やめると言われれば安堵と共に寂しさを感じる。とにかく本音の意見を聞きたい、それだけをマーニは願う。

 するとリックが低い声で、穏やかに口火を切った。


「吾輩はもとより、命を賭す覚悟。今さらその心構えは揺るがぬ。無駄に命を散らすつもりは毛頭ないが、魔王討伐のために必要とあらば進んで捧げようぞ」

「命を捧げるなんてやめてくれよ」

「ガハハハ、必要とあらばと申しておる。そして無駄に散らすつもりもないとな。だから明日はマーニ殿のお役に立てるよう、最大限の努力を払わせてもらうぞ」


 期待通りの答えが返ってきて、マーニは安堵した。もしも同行を辞退されたら精神的支柱を失うと、不安に感じていたからだ。

 一緒に来て欲しいとわかってるなら、はっきりとそう告げるべきだろう。

 マーニの問いかけは、目の前に踏み絵を置くような卑怯なやり方だ。けれどリックにそれを踏んでもらったことで、より一層頼もしく感じたのは言うまでもない。

 リックに続いて、マーニの言葉に答えたのはルシアだった。


「あたしは、死ぬつもりなんてないのよね。むしろ生きて帰って、魔王討伐から帰還した初めての同行者として、後世まで名前を残してやるんだわさ」


 ルシアは相変わらずの冷めた口調だけど、その声は時折震えている。明らかに、恐れている死をかき消すための強がりだ。

 あんなに嫌がっていたルシアが、強がってまで同行してくれるのは正直嬉しい。けれどその本心が気がかりなマーニは、改めてルシアに決意を確認した。


「頼もしい意気込みだけど、本当にいいのか? 無理はしないでくれよ?」

「あたしは今まで、いっぱいいっぱい裏切られてきたのよね。だから他人なんて信じられなかったけど、やっと仲間ってものがわかった気がするんだわさ。だから今は、仲間と一緒に戦うのが楽しみで仕方がないかつら」


 ルシアとは思えない出来過ぎた返事。でもさっきとは違う曇り無いその表情は、嘘を言っているようには見えない。死を恐れながらも自分と一緒に戦ってくれるその勇気に、マーニはとても励まされた。

 そして最後の返答はソフィだった。


「わたしはずーっと言ってたはずだよ? ソフィがいて良かったって、最後に思わせてみせるって。明日はその予言を、絶対に本物にしてやるんだから」

「でも死んじゃうかもしれないんだぞ? 怖くないのか?」

「ぜーんぜん。わたしの人生、後悔ばっかりだったからね。最後に魔王を滅ぼすなんて大仕事ができたら、きっと今までの後悔も全部帳消しにできるんじゃないかって思ってるの」

「最後とか、縁起でもないこと言わないでくれよ……」


 ソフィの言葉は確かに以前にも聞いた。だけどソフィに対しては特別な感情がある分、マーニは複雑な心境だ。

 一緒にいてもらいたいけど、命を懸けるような真似もしてもらいたくない。

 そんな感情が極まったマーニは、勇気を出してソフィに告白した。


「――なぁソフィ、もしもみんなで無事に魔王の討伐を果たせたら、その時は……僕と結婚してくれないか!」


 マーニが思わず求婚の言葉を口に出す。

 ずっと口に出そうとして、言えなかった言葉。

 一度は口に出しかけたけれど、言わせてもらえなかった言葉。

 これが最後のチャンスだろうという、マーニの一世一代のプロポーズだった。

 けれども当然のように、ソフィは即断即決でそれを拒む。


「だから何度も言ってるじゃない、わたしは誰とも結婚するつもりはないって」

「ソフィ殿。ここで振ってしまったら、マーニ殿が明日実力を発揮できぬかもしれぬぞ? 討伐に失敗したら、ソフィ殿のせいかもしれぬなぁ」

「ちょっと、それはズルくない? 魔王討伐が失敗したらわたしのせいって……」

「ははは、なにも結婚を約束せよとは言わぬ。せめて、考えてやっても良い程度の返事をしても、バチは当たらぬのではないか?」

「はぁ…………なんだか罠に嵌められた感じだけど、わかったわよ。検討ぐらいはしてあげるわよ」

「本当か!? ありがとう、ありがとう、ありがとう、ソフィ。そしてリック」


 承諾の言葉ではないけれど、大きく前進した返事をもらってマーニは夢心地で喜んだ。もっとも、その場凌ぎでしかないのだろうけど……。

 そして、浮かれているマーニを、ルシアがたしなめる。


「こういうのって、遠い東の国の言葉で『死亡フラグ』って言うらしいのよね」

「あぁ、その『死亡フラグ』っていうのは、事前に言葉にしておくと回避できるっていう話も聞いたことがあるよ?」

「一体何の話をしてるんだ?」

「ははは、もう話はこのぐらいにして、そろそろ眠りに就こうではないか。明日の出立は早いぞ」


 リックの言葉で、何を話し合ったのかわからない話が打ち切られた。

 そしてそれぞれにモゾモゾと寝る姿勢を作り、室内がシーンと静まり返る。

 けれども今は、魔王との命懸けの決戦を控えた前夜。そんなに簡単に割り切って眠りに就けるはずがない……。

 やっぱりすぐに、独り言をつぶやく者が現れた。ルシアだった。


「そう言えば、魔王ってどうして現れたのかつら」

「そりゃぁ、三百年ごとに復活を――」

「そうじゃなくって、初代魔王の生誕の話なのよね」

「それについては諸説あるが……吾輩が一番信憑性が高いと思っておるのは――」

「まだ話し足りないの? 明日は魔王城に行くんでしょ? いい加減に寝た方がいいんじゃない?」


 盛り上がり始めた魔王談義をソフィがたしなめた。

 けれどもルシアはそれに反論する。


「だってだって、目が冴えちゃって寝付けないんだわさ。小声で話すから許して欲しいのよね」

「もう、しょうがないなぁ。わたしは寝るよー?」

「小声も結構耳障りだから、ほどほどに頼むぞ?」

「わかってるのよね。それで? 魔王の起源ってどんななのよね?」


 ソフィは諦め、マーニも注意した。けれどもこの様子じゃ、話は当分終わりそうにない。

 機嫌の悪そうなソフィに気を使って、マーニは話に参加しない振りで聞き耳だけを立てることにした……。



 ――遥か二千年前、この世界は悲しみに包まれていた。

 中でもここタクティア王国は恵まれた土地ということもあり、隣国から常に攻め込まれ、戦火が絶えることがない。そして多くの命がその業火に焼かれた。

 タクティア王国を中心に形成された悲しみの渦は、全世界からさらなる悲しみを吸い寄せる。そして形作られる悲哀の塊は、その大きさを次第次第に膨らませていく一方だった。


 そんな時代に、とても仲の良いきょうだいがいた。

 快活な姉と、引っ込み思案な弟。ある日二人は山へキノコを採りに出かける。

 二人は仲良く山を駆け回ってキノコを集めていたが、弟が谷底へと転落してしまった。

 けれどもそれは、仕組まれていたことだった。

 姉は優秀だったのに、弟がいるせいで自分は愛情を注いでもらえない。当時のタクティア王国は、長男が家督を継ぐのが当然だったからだ。

 それを妬んだ姉が、弟を谷底へと突き落としたのだった。


 大好きだった姉に突き飛ばされた弟は、悲観に暮れつつ谷底へと転落していく。そしてそのまま、地面に叩きつけられた。

 即死は免れたものの、その身は大鳥によって巣に運ばれ、ついばまれ、そして朽ちていく。

 その幼い命は、短い生涯を山の奥深くでそっと閉じた……。


 ある日、山の奥深くで邪悪なるものが目覚める。

 朽ち果てたと思われた亡骸はちょうど悲しみの渦の真下にあり、その悲しみは亡骸を媒介して具現化していく。

 やがてその存在は魔王として、この地に生誕した……。



「というのが、吾輩が一番もっともらしく思っている話だ」

「…………」

「やれやれ、寝てしまったのか……。なんだか、娘に読み聞かせでもしている気分であったな……」


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エピソード終了時の中の人

勇者:マーニ 美女:ソフィ 大男:リック 幼女:ルシア

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