第44話 魔法使い、再び転職する。

現在の中の人

勇者:マーニ 美女:ソフィ 大男:リック 幼女:ルシア

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「あ、あたしなんて食べたって、美味しくないのよね!」


 言葉が通じないことぐらいわかっているのに、少しでも威嚇になればとルシアは魔獣を怒鳴りつける。けれども、力で勝る魔獣は意にも介さない。

 魔獣は、じりじりとルシアとの距離を詰めて射程距離に捉えると、前足の鋭い爪を素早く繰り出してくる。

 ルシアは短剣を引き抜いてはみたものの、その扱いは習っていない。

 闇雲に振り回したところで短い刀身が魔獣に届くはずもなく、威嚇の効果すら発揮できない。

 結局ルシアは俊敏性を頼りに、魔獣の攻撃を身体でかわすしかなかった。


「はぁ、はぁ、いい加減、諦めることを……はぁ、おすすめ、するのよね……」


 そのおすすめを魔獣が鵜呑みにしてくれるほど、ルシアの信用は高くない。

 全身で避けるルシアと小手先で軽くあしらう魔獣じゃ、体力の消費は雲泥の差。ルシアだけが一方的に体力を失っていく。

 動きが鈍くなれば、魔獣の爪がルシアをかすめだす。頬、腕、脇、胸……増え続ける傷は徐々に深くなり、ルシアの動きをさらに鈍くする。

 懸命に魔獣の攻撃を回避していたものの、ルシアの足腰もそろそろ限界。五代目勇者の石像を背にして、ルシアはついにへたり込んでしまった。


(お父様もお母様も偉大な魔法使いなのに、その血を受け継げなくてごめんなさいなのよね……。だけど……人の役に立つどころか、並の黒魔導士でも勝てそうな魔獣にやられちゃうなんて……やっぱりちょっと悔しいんだわさ)


 ルシアは短剣を両手で握りしめたまま、唇を噛みしめて血を滲ませる。

 それを睨みつける魔獣はより一層姿勢を屈めて、とどめの一撃を放つ機会をうかがっているように見える。

 そしてルシアが詰まらせていた息を小さく吐いた時に、その瞬間はやってきた。

 ルシアを目掛けて、魔獣が口を開いて飛び掛かる。

 その鋭い牙が狙っているのはルシアの喉元。仮にルシアが迎え撃つように短剣を突き出したところで、魔獣の牙が手首を食い千切る方が先だろう。


(何か、何か手はないかつら……)


 魔獣の体が宙にあるその刹那、ルシアは使える魔法がないか必死に模索する。

 それはまるで、ルシアの頭の中の魔法辞典を猛烈な勢いでめくるように……。


「見つけた! イメージング! ロングブレード!」


 ルシアが声を張り上げると、途端に短剣の刃が一瞬にして伸びた。

 それは、属性付与の魔法によって作り出された刀身。その伸びた刃先が、飛び掛かってきた魔獣の大きく開かれた口へと突き刺さる。

 次の瞬間、魔獣は霧散して漆黒の欠片がルシアの足元に転がった。

 ルシアが唱えたのは、現代魔法学から置き去りにされた遺物。双子の魔物との戦闘経験が役立った瞬間だった。


「はぁ、はぁ、はぁ……。倒せた……倒せたのよね、魔獣を、あたし一人で……」


 無我夢中だったルシアが我に返ると、改めて全身が恐怖で震え出す。


「あは……あはは、あはははは……」


 震える足、震える手、そして震える唇。

 ルシアが空を見上げながら放った乾き笑いもまた、途切れ途切れに震えている。そしてそれはやがて泣き笑いに変わり、嗚咽を伴った号泣になった。

 ひとしきり泣いたルシアは立ち上がると、漆黒の欠片と銅貨を拾い上げる。

 そして満足げに笑みを浮かべながら、その場を後にした……。




「あいたたた……。まいったな、また落ちるなんて……」


 崩落した穴に足を取られたマーニは、なんとか岩盤に手を掛けて留まっていた。

 そしてやっとのことでよじ登り、息を切らしながら通路へと這い上がる。

 そこにソフィとリックの姿はなかった。


「なんだよ、先に行っちゃったのかな?」


 マーニは二人を追って出口へ急ごうとした。

 けれどマーニには、その前にやっておかなければならない大事なことがある。

 そしてそれは、誰もいない今が絶好のチャンスだ。


「まったくさぁ、ソフィは女だから気にならなかったのかもしれないけど、これだけは左に向けておかないと落ち着かないっつーの……」


 マーニは鎧と鎖帷子を脱ぎ捨てると、パンツの中へと手を突っ込む。

 そして覗き込みながら、モゾモゾと位置の調節を始めた。


「ちょっと……。あんたはレディの前で、一体何をしてるのかつら?」


 ふいに掛けられた声に、マーニはあんぐりと口を開いたまま顔を上げる。

 すると目の前には、マーニに軽蔑の眼差しを向けるルシアの姿があった。

 よりにもよって最悪のタイミング。けれどもマーニの頭の中はそんな事態も吹き飛んで、ルシアに向けて歓喜の言葉をかけた。


「ル、ルシア……。戻ってきてくれたのか!」


 マーニの歓喜の出迎えの言葉に、ルシアは一瞬で頬を赤く染めて視線を背ける。

 そして握り締めていた右拳を革鎧のポケットへ突っ込むと、言い訳がましくマーニの言葉に答えた。


「……その、やっぱり仲間を見捨てるわけには……いかないかつら……」


 ルシアは頬をポリポリと掻きながら、目を泳がせ始めた。

 マーニは何事もなかったように、そんなルシアを迎い入れる。


「そっか、そっか、ありがとう。おかえり、ルシア」


 普段通り振舞うのが一番の優しさ。そんなことはわかっていながらも、心の底からホッとしたマーニの顔は思わずほころんだ。

 そして右手を差し出して、ルシアに握手を求める。


 ――パーン!


 けれどもルシアは、差し出したマーニの右手を激しい勢いではたく。

 さらにルシアはきつい口調で、マーニに向かって怒りの声をあげた。


「その右手はたった今、何を握ってたのかつら!?」


 ルシアの怒鳴り声が石造りの通路に反響する。

 すると奥の方から大きな足音と、激しい息遣いが迫って来た。


「その声は、ルシア殿であるかぁーっ!?」

「マーニもいるのー? 下に降りたけどいないんだもーん、探したじゃなーい!」


 駆けつけたリックとソフィも合流して、これで無事四人パーティ復活。と言いたいところだけれど、ソフィの目はマーニをキッと睨みつけていた。


「ちょっと、マーニ。その格好は一体なに? どういうことなの?」


 ソフィの詰問に、横からルシアが答える。


「あたしを見つけるなり、マーニが服を脱ぎだして迫ってきたんだわさ」

「ちょ、ちょっと、何を言い出すんだよ、ルシア」

「マーニぃ? あなた、なんてことをするの! 大丈夫だった? ルシアちゃん」


 ソフィはルシアを抱きしめると、かばうようにしてマーニから遠ざける。

 その様子があまりにも本気そうなので、ルシアは早々に弁明した。


「冗談、冗談なのよね。だけどあたしがここに来た時に、マーニがこの格好だったのは確かなんだわさ。あんた、一体何してたのかつら?」

「それは男にしかわからない事情ってやつだよ。なぁ、リック?」

「いや、吾輩にも、この状況だけでは理解できぬな」


 リックにも理解してもらえなかったマーニは、そそくさと鎧の装着を始める。

 そしてルシアは、みんなに向かってペコリと頭を下げた。


「さっきは飛び出してごめんなさいなのよね。もう帰るなんて言っちゃったけど、改めてあたしを魔法剣士として仲間に加えて欲しいのよね」

「何言ってんだ。僕たちが出会った時から、一瞬たりともルシアが仲間から外れたことなんてないぞ」

「うん、うん、引き続きよろしくね、ルシアちゃん」

「ルシア殿とは生涯の仲間だと思っておるぞ」

「なによそれ、ひょっとしてプロポーズなのかつら? それなら申し訳ないけどお断りなのよね」

「誤解にもほどがある。しかしながら、ルシア殿の相変わらずの毒舌ぶりに少し安堵したぞ」


 マーニたちは、勇者の財宝よりも素晴らしいものを手に入れたようだ……。


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