第43話 魔法使い、自由を手に入れる。
現在の中の人
勇者:ソフィ 美女:ルシア 大男:リック 幼女:マーニ
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「これなら……これだったら、魔王とだって戦えるぞ、きっと!」
一瞬の静寂の後で、そんな頼もしい言葉を力強く吐き出したのはマーニだった。
目を開いたマーニの眼前にあったのは、籠手を装着した両手。マーニは確認するように、その両手を何度も結んだり開いたりした。
伝説の装備品たちを身にまとい、マーニは今までに味わったことのない魔力が身体の奥底から湧き上がるのを感じ取る。
そして壁に向かって右手をかざすと、マーニは軽く攻撃魔法を放ってみた。
「フォトン・バレット!」
――ドゴーン!
軽く放っただけなのに、壁を大きく抉ってちょっとした瓦礫の山が出来上がる。
魔法の威力でこんなに手ごたえを感じたのは、マーニにとっては初めてだ。マーニは姉に負けない魔力を手に入れて、勇者の兜を撫でながら思わずつぶやいた。
「やっぱり伝説の装備品の力は本物だったんだな」
「正直なところ、本当に魔王を倒せるのか不安であったが、これならば必ずや国王陛下に良い報告ができそうであるな」
「マーニって本当に勇者なのか疑わしかったけど、やっぱり本物だったんだね」
「信じてなかったのかよ……」
リックとソフィの言葉遣いと姿にも違和感がない。
どうやらリックは入れ替わりもなく、自身の身体のまま。そしてソフィも、その言葉遣いがしっくりくる魅惑的な身体に戻ったらしい。
ソフィの冗談にマーニは少し不貞腐れながらも、元に戻ったその完全体に少し表情を緩める。そして改めて、そのソフィの美しい容姿にポーっと見とれた。
そんな談笑の輪から少し離れて、ルシアだけは神妙な表情を浮かべている。
自分の身体を取り戻したのはルシアも同じ。ルシアは再び放てるようになった攻撃魔法の威力を確かめるために、ひっそりと右手をかざして魔法を放ってみた。
「ダーク・バレット」
――コツン……。
寂しい音がルシアの耳に返ってくる。
ルシアの手から放たれた漆黒の弾は、小石ほどの大きさ。
あの日、トイレのドアに放った時と何も変わらない。
(ひょっとしたらって期待したけど……やっぱりあの勇者の兜がなかったら、あたしはあたしのままなのよね……)
ルシアは傍らに置いていたランプを手に取ると、取り戻した自分の身体で祭壇の奥にある階段を上りだす。
それに気づいたマーニが、慌ててルシアに声を掛けた。
「おいルシア、どこに行くんだ? 出口を探すなら、みんなで一緒に――」
「あたしはもう、お家に帰るのよね! 身体も元に戻ったんだし、これ以上付き合ってあげる義理はないんだわさ!」
ルシアが突然発した別れの言葉に、リックとソフィも慌てて振り返った。
そして二人ともに、必死な遺留の声を掛ける。
「どうして? せっかくここまで旅してきた仲じゃない。ねぇルシアちゃん、せめて魔王城まで一緒に行こう?」
「うむ。ルシア殿がいなければ、ここまでだって来られていたのかさえわからぬ。そなたの力を、もうしばらく貸してはもらえまいか?」
だけどその言葉たちではルシアを繋ぎ留められない。
ルシアはさらにヒステリックに言葉を返す。
「ここまで一緒だったのは、たまたま巻き込まれただけなのよね! そんなあたしが戦闘に混ざったら、またみんなに迷惑かけるのがオチなんだわさ!」
みんなに背を向けると、ルシアは再び階段を上りだした。
引き留めに失敗した二人は、慌ててマーニにすがる。
「ちょっと、マーニも何か言ってあげてよ」
「うむ、このままではルシア殿が……」
そしてマーニが大きな声でルシアを呼び止めた。
ルシアも今一度足を止めて、ゆっくりと振り返った。
「ルシア! 僕は無理に引き留めはしない。でもな、僕たちはかけがえのない仲間だって、ずーっと思ってるからな」
「…………」
「ルシア! これはお前に預けておく!」
そう言ってマーニはルシアに向けて、さっき拾った銅貨を指で弾く。
空中をクルクルと回転しながら放物線を描いた銅貨は、ルシアの足元でチャリンという甲高い音を立てた。
ルシアは拾い上げた銅貨をしばらくジッと見つめていたけれど、やがてそれをギュッと握り締めて階段を駆け上がっていった……。
「はぁ、はぁ……。これで、いいのよね……」
ルシアが駆け上り切った階段から続く通路は、そのまま少し広い平坦な石畳へと続いていた。
この景色は、地下へ踏み入った時と同じ雰囲気。このまま進めば、きっと入り口に戻れるに違いない。
「あたしがいても、迷惑なんだわさ……。そして魔法を撃って、失望されて……」
床に空いた大穴を、ルシアは慎重に避けて進む。これはさっきルシアも飛び降りた崩落現場、やっぱり道は正しそうだ。
さらに歩いて白骨死体を左に見ると、通路の先から光が差し込む。
そしてルシアは階段へとたどり着いた。これを上ればいよいよ地上だ。
(今ならまだ……。いいえ、これでいいのよね……)
階段を上りきると、陽の光がルシアを歓迎する。
けれどルシアを出迎えたのは、それだけじゃなかった……。
――グルルルルゥゥ……。
低く響く唸り声。
額には漆黒の角。
口は大きく裂けていて、目には赤黒い眼光。
「魔獣だわさ!」
ルシアが気づいた時には、既に魔獣の標的にされていた。
リックが四つん這いになったほどの大きさの魔獣は、ルシアが身構える暇もなく襲い掛かってきた。
ルシアは横っ飛びでそれをかわす。黄色地に黒のまだらな縞模様の大きな体が、ルシアのすぐ目の前を横切った。
魔獣はトラが姿を変えたもの。あまりにも相手が悪すぎる。
現状を把握したルシアは、手、足、口と、体中を震わせて恐怖に怯えだした。
「後ろに逃げても、マーニたちに助けを求めに行っても、どっちにしても一瞬で追いつかれてお終いなのよね。これは、一か八か、戦うしか……ないかつら」
ルシアは魔獣に向けて右手を突き出すと、魔法を撃つためにパッと広げる。
すると、ずっと握り締めて汗ばんだ銅貨が、軽い音を立てて地面に落ちた。
「ダーク・バレット!」
打ち出された弾は、やっぱり小石ほどの大きさ。
しっかりと命中したはずなのに、魔獣は瞬きすらもしない。
なんのダメージも受けなかった魔獣は、今度は反撃の体勢で大きく口を開く。
「あ、しまっ――」
ルシアが反応した時には既に手遅れ。
魔獣の咆哮と共に口から放たれた魔法の衝撃波は、ルシアの身体を二代目勇者の石像へと叩きつけた。
――ぐふっ。
肋骨ぐらいは折れたかもしれない。
けれどルシアには治癒魔法は使えない。そして回復薬も今は持っていない。
ルシアは覚悟を決めた。
「やってやる、やってやるのよね。魔法がダメならリックに教わった剣術で、あたし一人でもあんたのことをやっつけてやるのよねぇえ! ………………っ!」
覚悟を決めたのも束の間、腰に手を伸ばしたルシアは大変なことに気付いてしまった。そして絶望した。
「レイピア……あれは、ソフィの身体が持ってるんだわさ。今のあたしには短剣しか……ないのよね……」
レイピアの間合いなら距離を取って戦える。
けれども短剣の間合いは、体術にも精通したリックやマーニならともかく、教わってもいないルシアには無謀でしかない。
正面には小ぶりながらも獰猛なトラの魔獣。
背後は二代目勇者の石像。
絶体絶命のピンチに、ルシアの足はさらに大きくガタガタと震え出した……。
「ねぇ、やっぱり強引にでも引き留めた方が良かったんじゃない? たぶん、ルシアちゃん泣いてたよ?」
「吾輩もそう思う。あの場は引き留め、もっと話し合った上で結論を出しても遅くはなかったのではあるまいか?」
出口を探して歩き出したマーニは、すぐ後ろのソフィとリックの意見を聞いて少し後悔する。
けれど、マーニにだって言い分はある。
「でもさ、魔王の討伐なんて命懸けの任務じゃないか。だから僕には引き留められなかったんだよ。二人にだって、魔王の討伐に付き合わせちゃ悪いんじゃないかって、今でも思ってるぐらいだし……」
「吾輩のことは心配には及ばぬ。むしろメンバーに加えてもらって感謝をしておるのだ。この日のために鍛えてきた吾輩の剣技が、大勢の民に笑顔をもたらす手助けになるのであれば、これほど幸せなことはない」
「だけどソフィは――」
「わたしだって魔王が居なくなる事を望む国民の一人よ? だから心配しないで。ソフィが居てくれて助かったって、その内きっと感謝させてあげるんだから」
「そっか、ありがとう。二人とも」
二人の言葉に、引け目がちだったマーニの心の荷物が軽くなる。
それと同時に、出口を探索するマーニの足取りも軽くなった。
「ルシアちゃんも、本心はわたしと同じだったかもしれないわよ? だからやっぱりルシアちゃんを探して、もう一回だけ話し合ってみよ?」
「そうだな。そうと決まったら、出口へ急ぐぞーっ、おーっ!」
自分で呼び掛けて、自分でそれに応えるマーニ。
マーニは自作自演の勝どきをあげると、力強くその足を踏み出した。
「ちょっと、マーニ、前!」
「えっ、前? って……下ぁぁぁあああ!」
ソフィの警告は遅すぎた。
マーニは行きに転落した崩落現場で、またしても下の階層に吸い込まれる。
ソフィとリックはため息をつきながら、ここまで来た道を引き返すことにした。
「また落ちるなんてね……」
「やれやれ、マーニ殿は本当に勇者なのであろうか……」
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エピソード終了時の中の人
勇者:マーニ 美女:ソフィ 大男:リック 幼女:ルシア
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