第42話 勇者、お宝を手に入れる。

現在の中の人

勇者:ソフィ 美女:ルシア 大男:リック 幼女:マーニ

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「ふん、危ないところだった。さぁ、反撃だ。覚悟をするんだな……」


 魔物は立ち上がると、身体をほぐすようにゆっくりと動かし始めた。重力魔法の影響で身体中に違和感が残っているらしい。

 けれど動きを取り戻した魔物は、マーニに向かってゆっくりと歩き出す。


「あの女の剣技は屁でもない。だがお前の魔法は厄介だからな、先にお前から始末してやる」


 一歩また一歩と魔物がマーニに近づく。

 するとその目の前に、カラカラと音を立てて細かい瓦礫が降り注いだ。

 頭上を見上げた魔物は次の瞬間、慌てて後方に飛び退く。


「無念。察知されてしまったか」


 マーニと魔物の間に、巨大な影が落下した。

 背中には大きな両手剣、そして二メートルの巨体、リックだ。

 当然魔物は火弾を放ってくる。

 けれどもリックはそれを、引き抜いた両手剣で易々と弾いてみせた。


「ここからは、吾輩がお相手つかまつる」


 マーニの目の前で、リックと魔物の戦闘が始まった。

 火弾はことごとく両手剣で弾くものの、援護のないリックはなかなか魔物との距離を詰められない。かといって魔物が大技を繰り出そうとすれば、リックも両手剣を振るってそれを阻止する。

 緊迫する一進一退の攻防が当面続きそうだ……。


 ――ガシャン!


 遅れてもう一つの影が金属音と共に降り立った。伝説の武具を纏うソフィだ。

 ソフィはルシアが地面に倒れているのを見つけると、すぐに駆け寄ってその身体を抱き起す。


「キュア、ヒール」


 ルシアにかざすソフィの手から、温かさを感じるほんのりとした光が注がれる。

 みるみると体力を回復していくルシアは、目を丸くしながらソフィに叫んだ。


「ちょっとあんた、白魔法が使えることを隠してたなんて、人が悪いんだわさ!」

「隠してたわけじゃないわよ。この身体になるまで使えなかっただけだってば」

「だからって、あんた――」

「それにわたしは魔法なんて習ったことないから、他にどんなことができるのかもよくわからないし……」


 ソフィは兜の前面を閉じているせいで、その表情が読み取れない。

 けれど必死に弁明をするソフィの口ぶりは、それが嘘じゃないとルシアは感じ取ったようだ。


「おかげで回復したんだわさ。ありがとうなのよね」


 ソフィに礼を告げると、ルシアはリックの元へ駆け寄って戦闘に加わる。

 ルシアを送り出したソフィは、今度はマーニのところへと駆けつけた。


「魔力が枯渇したんだ。マジックポーションはないか?」

「はい、これ」


 ソフィが差し出したマジックポーションを、マーニは一気に飲み干す。

 魔力を回復させてマーニも戦線復帰……とはいかずに、その場にうずくまった。


「うぐぅ……。なんだこれ、どうしたっていうんだよ……」

「どうしたの? マーニ、大丈夫?」

「お腹が……。お腹が、痛い。動けないぐらいに、すごく痛い……」

「キュア! どう? 魔物にやられたの?」

「いや、魔物の攻撃は、受けてないのに……どうして……」


 猛烈な腹痛に襲われて、マーニは腹を抱えてアルマジロのように丸まる。

 腹痛の原因を究明しようとこれまでの行動を振り返ったマーニは、さっきのルシアの言葉を思い出した。


(あいつ……『あたしも始めて見たんだわさ』って言ったよな?)


 ハッと気付いたマーニは、転がっていた『ミラケルト』の空き瓶を手に取る。

 さっきは急いで飲み干したから気づかなかったけれど、この瓶はどこをどうみても年代物。それも尋常じゃない骨董品レベル。

 そしてマーニは気付いてしまった。


「ルシアぁ、この『ミラケルト』って、上の白骨死体のカバンに入ってた奴じゃないかぁぁああ!」

「あぁ、そういう腹痛なの……」


 ソフィはカバンから普通の腹痛薬を取り出すと、マーニに手渡した。

 さらに念のために「デトックス」と解毒の魔法を唱えると、マーニをその場に残して前線へと駆け出す……。


 魔物との戦闘は、相変わらず膠着状態が続いている。

 魔物とリックが戦っているところへルシアが加わっても、そこまで大きく戦況に影響を与えることはできなかった。

 そこへ駆けつけたソフィは、何かできることはないかとルシアに尋ねる。


「ルシアちゃん、わたしどうすればいい? どんな魔法を唱えたらいいの?」

「だったらあたしとリックに、魔法のダメージを軽減するマジックバリアを掛けて欲しいのよね。それで一気にこいつを追い詰められるかつら」

「それはどうやれば……」

「掛けたい相手に向かって手をかざして、心の中で魔法の衣服を着せるようなイメージを描きながら『マジックバリア』って唱えればいいんだわさ」

「わかった、やってみるね」


 ソフィはルシアに左手、リックに右手をかざしながら、ルシアに言われた通りに心の中にイメージを作る。そして少し照れ臭そうに、魔法を唱えた。


「マジック、バリア!」


 ルシアとリックの身体の表面が、薄っすらと輝いたように見える。

 ルシアはソフィの詠唱成功を褒め称えた。


「いきなりで二人まとめて成功させるなんてすごいんだわさ」

「ルシア、戦闘中によそ見はいかん!」

「もう遅い、ファイアバレット!」


 ルシアが気を抜いた隙を突いて、魔物が右手を突き出して魔法を唱えた。

 魔物の手のひら灯った火弾は、一瞬で人の頭ほどの大きさに。そして容赦なく、至近距離のルシアに向けて襲い掛かった。


 ――ドゴォーッ!


 ルシアが悲鳴をあげる暇もなく、その火弾はその豊かな胸に着弾した……はずなのに、ルシアは焼き尽くされることなく、火弾の方が無残に砕け散った。


「なにぃ!? 素人の急ごしらえの強化魔法で打ち消した……だと?」


 魔物が驚きの声を上げる。

 それは敵味方に分かれていながらも、ルシアも同じ気持ちだった。


「信じられないのよね。ソフィのマジックバリアは完璧なんだわさ」

「伝説の武具のおかげやもしれぬな。さぁ、参るぞ」


 魔物の魔法を無力化できたことで、拮抗していた形勢は一気に傾いた。

 魔法が飛んでこようとお構いなし。二人はそれを無視して剣を振るう。

 魔物が取れる行動は剣を回避するだけ。けれどそれも、腕に自信のあるリックとその弟子の二人がかりとあっては時間の問題。

 みるみるうちに、魔物はリックによって瀕死に追い込まれた。

 そしてついに魔物は力尽きて、戦意を喪失して地面にへたり込んだ。


「さぁ、ルシア殿。そなたがとどめを刺すが良い」

「わ、わかったのよね」


 唇をきつく噛み締めて、大きく頷いたルシア。

 深く息を吸い込んで手の震えを鎮めると、ルシアはレイピアの切っ先を魔物に向けて鋭く突き出した。

 ついにレイピアの刃は魔物の心臓を貫いた……。


「くそっ。あの日、財宝は山分けだって言ったのに裏切られた哀しみは忘れない。また魔王が復活した際には、必ず蘇ってみせるからな!」


 魔物はそう言い残して霧散した……。



「はぁっ、はぁっ、倒せた、倒せたのよね……」

「でかしたぞ、ルシア殿」

「かっこ良かったよ、ルシアちゃん」


 当然のように兜を脱いだソフィは、それを脇に抱えながらルシアに拍手を贈る。

 魔物に止めを刺したルシアは、やっとみんなの役に立てた実績を喜んだものの、またすぐに意気消沈した。


「魔物は倒せたけど……。あたしがしくじってなければ、もっと早く決着をつけられてたのよね……」

「何言ってんだよ。ルシアがすぐに来てくれてなかったら、僕は魔物に倒されてたかもしれなかったさ。ほんとにありがとうな」


 腹痛を抱えたまま歩み寄ったマーニが、その小さい身体でヒシッとルシアを抱きしめる。どう考えてもどさくさに紛れているけれど、良い雰囲気なこともあって今回は許された。


「しくじりなど、誰にでもあること。その失敗を糧に、さらに剣技を磨けば良いだけの話よ。それにだな、しくじった時にそれを補い合うために仲間というものがあるのだ。必要以上に悔やむ必要などない」

「そうよねー。そもそもルシアちゃんよりも先に、リックさんがしくじってなければこんなに苦労せずに済んでたわよねー」

「穴に嵌ったことは、その……済まなかった。吾輩も慌てていたゆえ……」

「だけどルシアちゃん、迷いも無く飛び降りていったわよね。勇気あるなーって、わたし感心しちゃった」


 リックもソフィも賛辞を贈る。

 ルシアはその言葉に、顔どころか首筋までも真っ赤に染め上げた。

 それでもルシアはバレていないと思っているらしく、いつも以上にツンとした態度で感情をごまかす。


「そ、それほどでも、ないのよね。それよりも、さっき魔物が財宝の話を口走ってたんだわさ。やっぱりここには、お宝があるんじゃないかつら」

「確かにこの部屋は、なんか雰囲気があるな。よーし……インフェルノタワー!」


 腹痛が治まってきたマーニは、魔法で部屋の中央に細々とした火柱を上げる。

 するとその明かりで、部屋の全様が照らし出された。


「あ、あそこ、あれは、もしかして……なんだわさ」


 奥の壁には彫刻が刻み込まれ、祭壇のようなものがある。

 そしてそこにはルシアの身体がすっぽり収まりそうなほどの、煌びやかな装飾の施された箱が鎮座していた。

 一斉にみんなが駆け出す。そして祭壇への階段を息を切らしながら上り切ると、その頂点にそれはあった……。


「やった! やったのよね。あたしたち、ついに財宝を見つけたのよね!」


 真っ先にたどり着いたのはルシア。絵本に描かれているような形の宝箱に、その大きな胸をギュッと押し付けながら頬ずりをしている。


「さぁ、開けてみるのよね。一番乗りのあたしが開けるのよね。いいかつら?」

「別にいいけど、鍵もないのにどうやって開けるんだ?」

「あっ、開く。開くんだわさ……」


 あっさりと開く宝箱。鍵はかかっていなかった。

 そしてそのまま、ルシアが重そうな宝箱の蓋を持ち上げて開く。

 すると、そこには……。


 ――五代目勇者参上!


 宝箱の底には、インクをぶちまけたような殴り書きが。

 そして当然、中身は空っぽだった……。


「ムキーー!! どこまでも忌々しい奴なのよね、五代目勇者!」

「これこれ、そう言うでない。しかしながら、少しばかり残念であったな」

「まったく、頭の悪そうな自己主張なんだわさ。これに比べたら、石像もしおりもマシに感じるのよね。これじゃぁ、ただの目立ちたがりでしかないかつら」

「あはははは、それに今回は五代目に捧げないんだね。笑えるー」


(五代目さーん。またあなたのせいで、子孫の僕が肩身の狭い思いをしてまーす。これ以上、世界に名前を残してないことを祈りまーす……)


 宝箱には金銀財宝が……そんな、みんなが期待した夢はあっけなく散った。


「六百年以上もここにあったのなら、五代目殿が持ち去らずとも、きっと誰かが持ち去っていたに違いないな」

「それもそうね。わたしたちでも辿り着けたぐらいだもんね。でも楽しかったー」

「あ、でも待って、ここに、ほら……」


 マーニが宝箱を覗き込むと、そこには嫌がらせのように銅貨が一枚だけ残されていた。小さな身体を転げ落ちそうなほど乗り出して、マーニはそれを拾い上げる。


「収穫はこれだけか……。だけどこれは、四人で力を合わせた成果だよ。僕たちの絆の結晶ってやつだな、これは」

「ふん、あたしらの絆の価値は銅貨一枚分しかないってことかつら?」

「なに言ってんだよ、この銅貨はどんな金銀財宝よりも価値があるっての」

「ほほう、ならばマーニ殿の目の前に金銀財宝を積み上げて、その銅貨との交換を申し出てみたいものだな」

「マーニだったら即決で金銀財宝取るわよね、きっと」

「そ、そんなことないさ。だったら金銀財宝を持ってこいってんだ。きっと、きっと耐えてみせるさ!」

「くくくく……。『耐える』って時点で、価値を下に見てる証拠なのよね」

「くぅ……」


 言いくるめられてマーニは言葉を詰まらせる。

 言い負かしたルシアは勝ち誇ったように高笑いを始めた。


「これは完全にマーニ殿の敗北であるな」

「マーニの本心がバレちゃった瞬間ね」


 リックとソフィも釣られて笑い出し、戦闘から解き放たれた安堵を実感する。

 けれどもソフィの一言で、すぐに次の緊張が始まった。


「――じゃぁ、そろそろ……勇者の兜を被り直すわよ?」


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エピソード終了時の中の人

勇者:ソフィ 美女:ルシア 大男:リック 幼女:マーニ

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