第41話 勇者、遺跡を探索する。

現在の中の人

勇者:ソフィ 美女:ルシア 大男:リック 幼女:マーニ

--------------------------------------


「痛たたたた……」


 一瞬のこととはいえ、マーニは結構な高さを落下した。

 着地に失敗して打ち付けたちいさなお尻を、マーニが立ち上がりながらさする。身軽なルシアの身体で良かったと、心の底からマーニは思った。

 そして周囲の様子を探ろうと顔を上げた途端に、襲い掛かってきたのは巨大な火球だった。


「ウォーターウォール!」


 慌ててマーニが水の壁を出現させたものの、火球を無効化することはできない。マーニは全身に広範囲の火傷を負った。

 そして休む暇もなく、第二、第三の火球がマーニを襲う。 

 と同時に、頭上から声が降ってきた。


「マーニ殿! 無事であるかーっ!」


 この声はリック。マーニは火球を避けながら、今の状況を手短に報告する。


「無事だけど、無事じゃなーい。気を付けてくれぇ、襲われてるんだーっ!」


 火球が放たれる合間を縫ってマーニが出所を確認すると、そこには人のようなものが立っている。そして手のひらから生み出された火球に照らされて、その姿が詳細に浮かび上がった。

 背はそれほど高くないものの、額からは角が伸びている。

 そしてこれほどの火球を休みなく撃ち出すということは、相当魔力の高い黒魔導士の魔物だとマーニは判断した。


「お前、魔物か!」

「ふん、お前みたいな子供に恨みはないが、この身体で復活を遂げて以来、人に対する憎悪の感情が抑えきれない。人と出会わないようにこの場に留まっていたが、足を踏み入れたお前が悪いんだ。息の根を止めてやるから覚悟しろ」

「なんたる不運ーーっ!」


 周囲の壁に等間隔に並んだ灯りのおかげで、この空間が思った以上に広いことがわかる。そんな薄暗い空間の中、魔物と対峙したマーニは自分の不運を嘆いた。

 その直後……。


 ――ドサリ。


 さらに追い打ちをかけるようにマーニの真後ろに、大きな影が降ってきた……。




 一方の地上では……。

 マーニが落ちた穴を、リックが慌てて覗き込む。

 すると割れたランプの灯りが、三メートルほど下でユラユラと揺れていた。底がそれほど深くないことに安堵したリックは、穴に向かってマーニに呼びかける。


「マーニ殿! 無事であるかーっ!」


 リックの呼び掛けに、緊急事態を告げるマーニの声が返ってくる。


「無事だけど、無事じゃなーい。気を付けてくれぇ、襲われてるんだーっ!」


 下ではマーニが物々しい気配。その騒々しい音に搔き立てられて、リックはすぐさまマーニが落ちた穴にその身を滑り込ませる。


「マーニ殿、待っておれ。今すぐ参上つかまつる!」


 しかし残念。その穴はリックの身体には小さすぎた。

 逆に穴にはまってしまって、リックは抜け出せずにもがく。崩落した部分以外は頑丈そうで、これは当分身動きが取れそうにない。


「あーっ、もう、肝心なところで役に立たないのよね!」


 ルシアは呆れた声をリックに叩きつけると、他の崩落した穴を見つけてそこに飛び込んだ……。




「マーニ、大丈夫なのよね?」


 マーニの背後から聞こえてきたのは、甘くまったりとした優しい声。けれどもその中身は、毒舌魔法使いのルシアだ。

 見事な胸を震わせながら見事に着地したルシアは、すぐさまショルダーバッグに手を突っ込む。そして回復薬の小瓶を取り出すと、次々と飛んでくる火球を避けながらマーニに向かってそれを放り投げた。


「これを飲むといいのよね」

「ありがとう、助かる。うぇっ、酸っぱ!」


 マーニは受け捕った瓶の蓋を開けると、急いでその中身を一気に飲み干した。

 味は酷かったものの、火傷で負ったダメージがみるみると回復していく。しかもそれだけじゃなく、いつも以上に魔力が高まっていくのをマーニは感じた。


「なんだこれ、不味いけどすごい薬だな。こんなの初めてだよ」

「『ミラケルト』っていう幻の特級回復薬なのよね。あたしも始めて見たかつら」

「おー、幻の特級回復薬。よし、今度はいっちょこっちから仕掛けてみるか」


 沸き出す魔力を信じてマーニは足を止めると、魔物へ向けて右手を突き出す。


「アイスウォール! フォトンバレット! こいつはすごい」


 マーニは大きな氷壁を出現させて身を隠し、隙を見て光弾を撃ち出す。

 無敵ではないものの、数発なら耐えられる盾を手に入れたマーニは、一気に劣勢を挽回する。


「そういえばリックはどうしたんだ?」

「あの役立たずなら、あそこでもがいてるのよね」


 マーニの隣で氷壁に身を隠しながら、ルシアは天井を指さした。

 するとその先では、まるで煙突にはまったサンタクロースのように、リックが足をジタバタさせている。


「フォトンバレット!」


 マーニは、もがくリックの足の周辺に光弾を撃ち込んでみたものの、床が崩れる様子はない。これではリックの応援は当てにならなそうだ。

 ならばと、マーニは咄嗟に思いついた作戦をルシアに伝えた。


「魔物に攻撃してると見せかけて、僕があちこちにアイスウォールを立てる。ルシアはそれを利用して魔物に接近してくれ」

「確かにこのまま突撃しても魔法で牽制されちゃうけど、その方法ならコッソリ魔物のそばまで行けそうなのよね。そして二面攻撃に持ち込めば、きっと優位に戦えるに違いないんだわさ」

「そういうこと。じゃぁ、早速始めるぞ。ルシアは魔物に気付かれないように、上手いことやってくれよ」

「わかったのよね」


 作戦を告げ終えると、マーニは氷壁から飛び出して魔物の注意を引き付ける。


「魔物め、覚悟しろ! フォトンバレット! アイスウォール!」


 駆け出したマーニは光弾を撃ちながら、自分の目の前に氷壁の盾を作る。

 そしてさらにマーニは、魔物の頭上に氷の塊を生成する。


「アイスブロック!」

「ふははは、どこを狙っている。それにだな、そんな大きな氷塊など生成中にかわせるから当たりはしないぞ。所詮子供の考えることじゃ仕方がないか。それでも容赦はしないから覚悟しろ」


 マーニが落下させた大きな氷の塊は、あっさり魔物にかわされてしまう。

 けれどもそれは命中を狙ってのものじゃない。魔物の死角を作っておくことで、ルシアの移動を悟られにくくするためだ。


「アイスウォール! フォトンバレット!」


 魔物からの火弾をしのぎながら、マーニはルシアが身を隠すための氷壁を立てていく。もちろん魔物に察知されないように、光弾での攻撃も欠かさない。


「アイスウォール! フォトンバレット!」


 マーニはルシアと反対回りで移動しながら、魔物への攻撃を続ける。

 魔物がマーニの姿を追うために身体を回転させる毎に、ルシアの潜伏場所が視野から外れていく。

 やがて充分に距離を詰めたルシアが、ついに魔物へと襲い掛かった。


「だわさぁ!」


 リックから指南を受けているとはいっても、ルシアの剣技はまだまだ初心者。

 それでも持ち前の俊敏性を活かして、手数で魔物へ圧力をかける。

 マーニから譲り受けた細身で軽量なレイピアは、ルシアの戦闘スタイルに合っているかもしれない。


「フォトンバレット! フォトンバレット!」


 マーニも光弾でルシアを援護する。

 ルシアは回り込ませないように剣を振るい、マーニも魔物の左右への動きを牽制するように光弾を撃ち込む。

 ルシアとマーニで魔物を挟み撃ちにする形の二面攻撃。魔物は両方の攻撃を同時には防げず、ジワリジワリとその体力をすり減らし始めた。


「くそっ、こうなったら……」


 魔物が起死回生の大技を繰り出そうと、大きく息を吸い込む。

 それを待っていたかのように、マーニも大技の魔法を唱えた。


「グラビティ・バインド!」


 それは対象に重力を掛ける魔法。一瞬なら転ばせて終わりだけれど、持続させることでその場に縛り付けることができる。

 マーニは右手を突き出したまま、魔法を持続させて魔物を地面に張り付かせることに成功した。


「ルシア。早く、とどめを! そう長くはもたないから……」

「わかってるのよね!」


 光弾のような瞬発系魔法の魔力の消費量はそれほど多くない。それに引き換え、持続型の魔法は絶えず魔力を消費し続けるので、瞬く間に魔力が枯渇してしまう。

 そんなことは、魔法に詳しいルシアには説明するまでもなかった。


「だったら早く、頼む……」


 ルシアの手が震えている。

 後は、仰向けに地面に張り付く魔物に剣を突き立てるだけだというのに……。

 急がなければマーニの魔力が枯渇して魔法が解けてしまう。

 けれどもルシアにとっては初めての剣での戦い。心が乱れて、とどめの一突きがなかなか繰り出せない。


「わ、わかってる、のよね。やってやる、のよね」


 ルシアは乱れる息を無理やりに整えて、気持ちを一点に集中させる。

 そしてマーニの姉の形見のレイピアを振り上げると、魔物の心臓目がけてルシアはそれを突き刺した。


「ぐふっ……」


 魔物が呻く。

 そのまま絶命するかと思えた魔物は、しぶとく言葉を絞り出した。


「教えておいてやろう。とどめの一突きというのは、しくじれば形勢が逆転するものなのだよ」

「とどめを……刺し損なったんだわさ……」


 ルシアが魔物の胸に突き立てたレイピアの刃は、心臓を貫いてはいなかった。

 慌ててとどめをさし直そうと、ルシアは心臓を逸れたレイピアの刃先を魔物から引き抜……けなかった。魔物が刃の部分を掴んでいたからだ。


「ライトニングショット!」


 魔物が放った雷撃が、金属製のレイピアを伝ってルシアに衝撃を与える。

 その衝撃で、後方に勢いよく跳ね飛ばされたルシア。遠く飛ばされたルシアは、身体を痺れさせたまま立ち上がることができない。

 そして間もなく、マーニの魔力も底をついた。

 魔法の呪縛から解き放たれた魔物が、ムクリと身体を起こす。


「ふん、危ないところだった。さぁ、反撃だ。覚悟をするんだな……」


--------------------------------------

エピソード終了時の中の人

勇者:ソフィ 美女:ルシア 大男:リック 幼女:マーニ

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る