第38話 勇者、幼女を口説く。
現在の中の人
勇者:ソフィ 美女:ルシア 大男:リック 幼女:マーニ
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風呂と食事を済ませると、各自の自由時間。
とは言っても、ソフィは家族との対話を恐れて「疲れてるから寝る」と、マーニの部屋に引き籠ってしまった。
リックは魔王討伐の作戦立案に役立てるためと、マーニの父親に説明を受けながら文献を読み漁る。本当は、貴重な古書に触れたいだけみたいだけど……。
そしてルシアは、リックに指示されている課題を自習。庭で一人、黙々と剣術の稽古に励んでいる。
それを感心しながら眺めていたマーニは、ルシアの鍛錬が終わる頃合いを見計らって誘いをかけた。
「あのさ、大事な話があるんだけど、ちょっと来てくれないかな?」
「わ、わかったのよね」
いつもだったら適当にあしらうルシアだけれど、マーニのいつにない真剣な雰囲気に押されて緊張しながら返事をした。
マーニは勝手知ったる室内を、スタスタと二階へ上がっていく。
ルシアはどこに連れていかれるのか不安になりながらも、声をあげればすぐに誰か駆けつけるだろうと、黙ってそれについて行った……。
「ここだ」
マーニはボソリとつぶやいて部屋のドアを開く。
中は真っ暗で、誰もいない。そして、この部屋が永らく使われていないことは、少しカビ臭い室内の空気でルシアも感じ取った。
身体が入れ替わって使えるようになった黒魔法で、マーニが部屋のランプに火を灯す。そしてルシアに優しく囁いた。
「そこのベッドに腰掛けてくれるかな?」
「ベ、ベッドって……い、いったい、な、何をするつもりなのかつら?」
「だから言ったろ? 大事な話があるって。でもその前に、ちょっとだけ待っててくれないか?」
マーニはルシアにそう告げると、室内をガサゴソと漁り始めた。
ちょっとだけと言いながら、思った以上に待たされる。いや、本当はそれほど時間は経ってないのかもしれない。
ルシアは得体の知れない緊張感を高めながら、その大きな胸に手を当てて呼吸を落ち着かせる。
けれども極限まで高まった緊張は、もうルシアには耐え切れない。
「こ、こんな人気のないところに、あた、あたしを連れ込んで、何するつもりなのかつら? 今のあたしはソフィの身体だけど、中身はあたし……ルシアなのよね」
「わかってるよ。ルシアだからこそ、ここに来てもらったんじゃないか」
「だけど、その……こういうのは、なんだか抜け駆けみたいで、えーっと、気が引けるんだわさ……」
「いいじゃないか、僕が選んだのは君なんだ。ルシアが一番相応しいってね」
「だけど……きゅっ、急すぎて、あたし、その……心の準備も、身体の準備も……あの、できてないのよね」
「緊張しなくていいよ。でも心の準備はともかく、身体の準備ってなんなんだ?」
「お、乙女には色々あるの、よ! もう、焦らさないで、早くして……よ」
「それもそうだね、ごめん、ごめん。それじゃぁ、目を瞑ってくれるかな?」
「こ、これでいい? ……………………あ」
目を瞑るルシアの太ももに、軽く圧し掛かる心地のいい重み。
次はどうなるのかと、ルシアは少し突き出した唇を震わせながらジッと待つ。
するとマーニが耳元で囁いた。
「さぁ、目を開けてごらん」
「え? でも、まだ……」
目を開けたルシアの太ももの上にあったのは、細長い木製の箱。
ルシアがその箱を静かに開けると、その中には味わいのある色味で鈍く光る細身の剣が収められていた。
レイピアと呼ばれる細身の剣。ルシアは恐る恐る、それを箱から取り出す。
「これは……」
ルシアは、そのレイピアの美しさに息を呑んだ。
鞘や柄の部分には凝った装飾が施されていて、一見して高級そう。鞘からスルリと引き抜くと刃の部分は少し短めで、持ち主のこだわりが感じられる。
ルシアはそのレイピアを高く掲げて、今度はランプの灯りに照らしてみた。
その刀身の艶やかさに、魂が吸い寄せられるような錯覚に陥るルシア。
そんな、目を輝かせているルシアを見ながら、マーニは優しくつぶやいた。
「それ、使ってやってくれるかな? ずっと剣の鍛錬を頑張ってるし、そろそろ木刀は卒業してもいい頃だろ?」
「でもこれ、なんだかとっても高そうだし、大事なものなんじゃないかつら? それをあたしなんかが使って、壊しちゃったりしたら大変なのよね」
「いいんだ。こんな部屋の奥にしまわれてるよりも、絶対君に使ってもらった方がそのレイピアも……そして、持ち主も喜ぶはずだから」
「持ち主って……いったい誰のものかつら?」
「僕の姉貴だ。三年前に亡くなった」
遠い目で虚ろな感じのマーニは、きっとその姉を思い出しているに違いない。
そう感じ取ったルシアは、レイピアをそっと箱に収めてマーニに突き返した。
「やっぱり、あたしはもらえないんだわさ。そんなに大事な剣なら、きっともっと相応しい人がいつか現れるに違いないのよね」
「ルシアはかけがえのない仲間じゃないか。それ以上に相応しい人物がいるか?」
「え? 仲間?」
「だって、そうだろ? お互いに助けたり助けられたりしながら、ずっとここまでやってきたんだ。仲間以外の何物でもないじゃないか」
「…………そ、そこまで言うなら……ありがたく、使わせてもらう、のよね」
ルシアは、何やら思いつめた様子でレイピアを再び箱から取り出すと、優しく、そして力強くギュッと抱きしめた。
まるで、マーニの姉を抱きしめるかのように……。
「ところで……さっき言ってた、身体の準備ってなんだったんだ?」
マーニの問いかけに、ルシアは一気に顔を赤らめた。
「…………うるさい、うるさい、うるさい、黙ってそこに直るのよね! このレイピアの錆にしてくれるんだわさ!」
レイピアを大事に抱えるルシアと、頬に真っ赤な手形を付けたマーニ。
二人が客間に戻ってみると、それを待ち構えるようにリックが腕組みをして座り込んでいた。
「その手形は如何いたした?」
「さぁ、僕もよくわからなくて……」
「乙女心を弄んだ天罰が下ったのよね」
「まぁよい。少々大事な話があるので、マーニ殿の部屋に参るぞ」
リックはそのまま二人を引き連れて、ソフィが引き籠るマーニの私室を訪ねる。
そして四人が集まると、早速リックが興味深い話を持ち掛けてきた。
「実は先刻、倉庫にて古い書物を拝読させていただいたところ、勇者の財宝にまつわる記述をみつけたのだ」
「あぁ……僕も聞いたことがあるよ。だけど、ない、ない。そんなものがあるなら僕の家はもっと豪邸だろうし、毎日もっと良い物食べて暮らしてるよ」
「そんなもの、ありがちな都市伝説に決まってるのよね」
せっかくのリックの夢のある話を、マーニもルシアもまったく信じない。
けれどソフィだけはその話に乗ってきた。
「でも魔王を討伐すれば莫大な報奨金がもらえるでしょ? だったら、財宝ぐらいあってもおかしくないんじゃないかしら?」
ソフィの言葉にルシアが突然目を輝かせる。
「莫大な報奨金って……本当なのよね!? そんな話、全然聞いてないんだわさ。さてはマーニ、あんたちゃっかり独り占めするつもりだったんじゃないかつら?」
「いや、いや、いや、いや、ない、ない、ない。勇者なんてただの名誉職で、報奨金なんて一銭ももらえないってば」
「本当かつら?」
「信じられないわねー」
いくら否定しても、マーニの言葉を信じないルシアとソフィ。
マーニは疑いを晴らそうと、自分の置かれている環境を正直に打ち明ける。
「確かにうちの一族は、職に就かなくても身分と生活は保障されてるから、無報酬とは言えないかもしれない。だけど贅沢できるほどじゃないし、剣術や魔術の鍛錬を怠るわけにはいかないから、割に合わない暮らしだってば」
「必死に言い訳するところが、なんだか怪しいんだわさ」
「うん、うん、怪しいわ」
「信じてくれってばぁ……」
否定しても信じないルシア。正直に打ち明けても信じないソフィ。
ちっとも信じてもらえないマーニを救ってくれたのは、リックの言葉だった。
「ソフィ殿の言葉も、マーニ殿の言葉もどちらも誠だ。かつては莫大な報奨金が出されていたのだが、一時期国が財政難に陥って以降はマーニ殿が言うように、一族の生活を保障する代わりに魔王復活の際は討伐に向かうこととなったらしい」
「ちぇー、なのよね……。あ、でも待つのよね。かつてはもらえたんなら、財宝の話は本当かもしれないってことなのよね?」
「左様、だからこそ皆をここへ集めたのだ。そしてマーニ殿の父君とも話はついておる。もしも財宝を見つけた暁には、我々にもそれなりの分け前をくださると」
「うっひょーっ、だわさ! 国から報奨金がもらえない分、ここできっちりいただいてやるのよね!」
ルシアが、その容姿にそぐわない奇声を上げて、ギラギラと目を輝かせる。
財宝を見つけるつもりでいるルシアに冷ややかな視線を向けながら、マーニは冷静にリックに声を掛けた。
「親父だって、どうせそんなものは無いって分かってるから許可したんだろ?」
「ははは、まぁそうであろうな。だが吾輩は分け前など不要なのだ。もしも遺構や宝物の類があるのであれば、それをこの目に焼き付けたいというだけで」
財宝の存在をを信じていないマーニ。
勇者に関する探求欲しかないリック。
財宝に興味はありそうなソフィ。
そして、財宝に埋もれる姿を夢見るルシア。
各自それぞれの思いを胸に秘めて、勇者の財宝探しは明日の朝食後に出発することに、あっさりと決まった……。
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エピソード終了時の中の人
勇者:ソフィ 美女:ルシア 大男:リック 幼女:マーニ
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