第36話 剣士見習い、弱音を吐く。

現在の中の人

勇者:ソフィ 美女:ルシア 大男:リック 幼女:マーニ

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 魔王城へ向けて旅を続けること、さらに二週間。

 時折魔獣と遭遇して熾烈な戦いを繰り広げたりしたものの、なんとか撃退して歩を進める一行。幸か不幸か魔物には遭遇せず、体の入れ替わりもなく旅を続ける。

 陽が落ちれば足を休め、たき火を囲んで食事をとる平穏な毎日。

 ルシアは毎日みっちりとリックにしごかれているおかげで、少しずつ剣術の腕もあげている。

 けれどもついに、ルシアが弱音を吐いた。


「うーっ! もう、こんなの耐えられないのよね!」

「約束が違うではないか。何があっても弱音は吐かぬと――」

「そうじゃないのよね! ご飯は山菜ばっかりだし、ずっとお風呂も入れなくて、身体中が痒いんだわさ。こんな野宿生活が耐えられないって話なのよね」

「確かにそうよね。水浴びしたのが三日前で、温かいお風呂はって言えば……あの集落が最後だもんね」

「でも、これは観光旅行じゃないからなぁ……」


 さすがに旅のほとんどが野宿生活じゃ、ルシアじゃなくても音を上げる。

 リックが進む道は、頑なに『魔王討伐のしおり』の通り。リックももう少し融通を利かせてやればいいのに……。

 ここまでくると『街道から外れた集落の平和も守りたい』なんていう賞賛すべき言葉も、ただの言い訳だったんじゃないかとさえ思えてくる。

 そして今日もリックは、厳しい言葉でルシアの不満を一蹴した。


「仕方あるまい。我々は魔王討伐の命を受けた身。こういうことも覚悟せねば」

「あんたは最初から魔王討伐がお望みだから覚悟してるかもだけど、あたしは完全に巻き込まれたんだわさ。お風呂に入れるまでは、もう一歩も動かないのよね!」

「でもルシアちゃん、動かなかったらすぐそこにお風呂があっても入れないよ?」

「あぁ、もう。そんな揚げ足取るなら、この身体で裸踊りを始めてやるのよね!」

「ちょっと、やめて! やめてよぉ!」


 純白のローブの裾に手を掛けて、本気で捲り上げようとしているルシア。

 自分の身体の痴態が晒されそうなソフィは、死に物狂いでそれを阻止する。

 一気に険悪な雰囲気になってしまったパーティ。

 そんなやり取りを、マーニは真剣な表情で見つめていた。


(うーん、ソフィの身体の裸踊りは見てみたい。自分の身体として見るのと、他人として見るんじゃ趣が違うからな……って、そうじゃなかった)


 マーニはとっくに解決策を思い付いている。だけど気は進まない。

 それでもストレスが爆発したルシアをなだめるためには仕方がないと、マーニは一つの提案をした。


「んー、仕方ない……。気乗りはしないけど、もう少し先に行ったところに僕の実家があるから、そこで一日、二日休養を取ろうか」

「なるほど。確かにしばらく行くと『勇者の里』、吾輩にとっても聖地。『魔王討伐のしおり』の旅程からは外れるが、招いていただけるのであればありがたい」

「『勇者の里』……。なんていう安直なネーミングなのかつら。まぁ、でもこれでお風呂に入れるなら贅沢は言わないのよね。即、出発進行なんだわさ」


 一瞬にしてルシアは機嫌を直した。

 けれども今度は、ソフィが心配そうな表情でマーニに尋ねる。


「マーニの実家なんだよね? それなのにどうして気乗りがしないの? ひょっとして家族仲が険悪とか?」

「そんなことないよ。むしろ愛されてる方だと、自分でも思うよ」

「だったら、どうしてなのよね? どうせ、隠してたエロ本でも母親に見つかって気まずくなってるとか、そんなとこに決まってるんだわさ」

「それはなぁ……お前が国家反逆罪なんていう大罪を犯したからだよぉぉお!!」


 マーニは小さい体でルシアを見上げると、泣き出しそうな勢いで叫んだ。

 まるで姉妹喧嘩で泣かされた妹のようなマーニは、反省する気のない姉のようなルシアに、さらに食って掛かった。


「しかも、いくら尋ねてもその理由は言えないんだろ? まったく、なんであんなことをしでかしてくれちゃったんだよ!」

「あれは、魔法を撃とうとした瞬間に身体が入れ替わったせいで、王様に向かって飛んで行っただけなのよね」


 ルシアがいともあっさりと理由を語った。

 きっと言えない事情があるんだと思い込んでいたマーニは、呆気にとられてポカーンとしている。

 そんなマーニに取って代わるように、ソフィがルシアに疑問をぶつけた。


「え? それだけ? なんで今まで教えてくれなかったの?」

「だって、聞かれなかったのよね」

「いや、聞かれただろ、王の間で。そのせいで僕は、死刑になるんじゃないかってヒヤヒヤしたんだぞ?」

「あぁ、あの時のことだったら、身体が入れ替わってることを知られたくなかったんだわさ。せっかく気持ちよく高威力の魔法が撃てる身体を手に入れたのに、バレたら元に戻されちゃうって思ったのよね」


 判明してしまえば、大したことのない理由。こんなことだったら、もっと早くに問い質しておくべきだったと、マーニは今更ながらに後悔する。

 それでも長期間の謎が判明して、スッキリした表情のマーニ。

 そんなマーニとは対照的に、今度はソフィの表情が曇り始めた。


「ソフィ殿、いかがしたか? 顔色が悪いようだが」

「だって、これからマーニの実家に行くんでしょ? よく考えたら、今のマーニの身体ってわたしじゃないのよぉぉおお!」

「確かにそうなのよね」

「そしたら当然……『なんで王様に向かって魔法なんて撃ったの?』とか、『そのゾロゾロと引き連れてるのは誰なの?』とか聞かれるに決まってる…………そうなったら、わたしはなんて答えればいいの? わたしはマーニじゃないし、模範解答を聞いておいたって想定通りの質問が来るはずもないし……ブツブツ……」


 早口で独り言をつぶやくソフィは、目の前の難題に頭を抱えて悩み始めた。

 やっと自分の苦悩を理解してくれる人が現れたマーニは、少しだけ嬉しい気持ちでソフィを優しく慰める。


「僕が気乗りしない理由がわかっただろ? それに、実家じゃなくても村民はみんな顔見知りだから、『勇者の里』には立ち寄らないでこのまま旅を続けよう」


 すると今度は、マーニの後方から威圧的な声がかかった。


「それは却下なのよね!! お風呂が最優先事項なんだわさ!」


 あちらが立てばこちらが立たず。

 結局、『勇者の里』に行かないならテコでも動かないというルシアの固い意思に折れて、一行はマーニの生家に向かうことになった……。


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