第35話 剣士見習い、弟子入りする。

現在の中の人

勇者:ソフィ 美女:ルシア 大男:リック 幼女:マーニ

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「無事魔物は討伐しましたからご安心ください。きっと魔獣も徐々に数を減らしていくことでしょう」

「ありがとうございます。これで私どもも、この集落に住み続けられます」


 集落に戻ったマーニたちは、世話になった一家に魔物討伐の報告をした。

 そんな中、ルシアは少し不満気に語気を荒げる。


「あんたらの情報が中途半端だったせいで、こっちはひどい目に遭ったんだわさ。魔物は一体じゃなくて、二体いたのよね。名前は、確か……ダースとリューンって言ってたかつら」


 魔物たちの名前をルシアが口にすると、奥さんが突然目に涙を浮かべた。

 マーニは慌てながら、その理由を尋ねる。


「ど、どうしたんですか? 大丈夫ですか?」

「すみません、取り乱して。魔物は二体で、ダースとリューンと言ったのですか。今回の魔物は、この集落に伝わる悲劇の双子の兄弟だったのですね……」

「その言い伝えとやらを、聞かせてはもらえぬか?」


 リックが尋ねると、奥さんは涙を親指で拭いながら静かに語り始めた。


「昔々、この集落が豊かだった頃に、村はずれで牛の乳を搾って細々と暮らしていた双子の兄弟がいたのです」

「あっ、ちょっとルシアちゃん。なんでそこで自分の胸を見てるのよ!」

「えっ? ご、誤解なんだわさ……」

「これ、話の邪魔をするでない! 仲間が失礼をした。話を続けてもらえぬか?」


 リックに一喝されて、シュンとするソフィとルシア。

 奥さんは苦笑しながら話を再開した。


「ある日、弟の方が牛に蹴られて大怪我を負ってしまったらしいのです。そこで村にいた唯一の白魔導士に相談したのですが、法外な治療費を請求されました。それでも一刻を争う状況だったので、兄は泣く泣く飼っていた牛を手放して治療費を捻出したらしいのです」

「ひどい話なんだわさ」

「だけど、今でもそれに近い話はよく聞くよ? で、それで? 弟さんは助かったんですか?」


 マーニが続きを尋ねると、奥さんは再び涙を浮かべて首を横に振った。


「弟さんは大怪我でしたが、並の白魔導士でも治せる程度のものでした。ですが、その白魔導士のいい加減な処置のせいで、弟さんはすぐに亡くなったそうです」

「すまぬ、吾輩にはわからないのであるが、魔法での治療というのはそこまで複雑なものなのか? 吾輩には同じ呪文で治しているようにしか見えぬのだが……」


 魔法についての知識がさっぱりなリックは、話がよく見えていないらしい。

 奥さんはリックの疑問に答えながら、悲しげな表情で逸話の続きを再開した。


「治癒魔法というのは、人体の自然治癒力を急速に高める魔法ですから、難易度はありません。魔力に応じて、その速さと効果の大きさが変わるだけです」

「ほほう、なるほど」

「ですが、その白魔導士は双子の家を訪ねた際に、売られていく牛に後足で土を掛けられたらしいのです。それに腹を立てて、わざと治癒を怠ったとか……」

「牛は白魔導士のせいで自分が売られたって、わかったのかもしれないわね」

「ひどい話なんだわさ」

「それに腹を立てた兄は、その白魔導士に復讐しようとしましたが、逆に捕らえられて処刑されたというのが集落に伝わる悲劇の双子の伝承です」


 話を聞き終えたマーニたちは、全員黙り込んでしまった。

 さっき討伐した双子の魔物にそんな過去があったと知って、みんな同情心が沸いてしまったのだろう。

 そんな重い沈黙の中、奥さんがさらに言葉を続けた。


「実はその話を小さい頃に聞いたのが、私がここに留まって治療を続けている理由なんです。私がこの地で白魔法を使える体で生まれたのは、きっとこの地の人々を癒すため。双子のような悲劇を繰り返さないようにって、神様が力を与えてくださったに違いないんです」

「そうだったんだね……。その話をさっきの魔物にしてやってたら、ひょっとしたら違う結末があったかもしれないね……」


 出立直前にしんみりした話になってしまったものの、マーニたちは手を振りながら集落を後にした。そして再び魔王城を目指す。

 次にゆっくり風呂に浸かれるのはいつだろうとため息をつきながら、一行はさらに西へと歩みを進め始めた……。



 集落を出て、先頭を歩くのは自分の身体を取り戻したリック。なにやら表情も晴れやかで、迷いも吹き飛んだように力強く足を踏み出す。

 対照的に、伝説の武具をまとっているのに頼りなさげな歩様なのがソフィ。リックのすぐ後ろをついて歩く。

 その隣は、薄手のローブの胸をこれ見よがしに揺らして歩くルシア。ソフィになにやら耳打ちをしているその表情は、悪だくみをしているように怪しい。

 最後尾のマーニは身体が小さくなってしまったせいで、みんなの倍の歩数を繰り出さないとついて行けない。もはや小走りのようにみんなを追いかける。

 そんな隊列で歩き通して日も傾きかけた頃、今日も野宿になりそうな気配を察知したルシアがリックに申し出た。


「今からでも遅くないから、街道沿いの街を巡りながら魔王城へ向かうことを提案するのよね。それなら、ちゃんとした宿にもありつけるんだわさ」

「そうそう、魔王って魔王城に封印されてるから、そんなに急がなくても大丈夫なんでしょ? だったら、もう少し楽な道を選んでも、ねぇ?」


 また過酷な野宿の旅になりそうな旅程に、ルシアとソフィの二人が異を唱えた。

 それに対して、リックは頑としてそれを拒む。


「確かに一刻を争う状況ではない。そして今歩いておる道が『魔王討伐のしおり』の影響を受けて、さびれてしまった旧街道なのも確かだ」

「だったら――」

「しかしながら、吾輩が旧街道を進むのには、他にも理由があるのだ」

「いったい、どんな理由があるっていうのよね」

「賑わいをみせる今の街道には多数の兵士も配されており、魔獣や魔物にも対処ができておる。だがそこから少し外れてみれば、先の集落のような有様。吾輩はそのような民を一人でも多く救いたいのだよ」

「……過去の勇者が歩いた道を、辿りたいだけじゃなかったのね……」

「……勇者マニアが、聖地巡礼してるだけだと思ってたんだわさ……」


 予想外に筋が通っていたリックの言葉に、ソフィとルシアは反論ができない。

 不貞腐れた表情を見せながらも、ソフィとルシアは黙って従うしかなかった。


「さて、日没にはまだありそうだが、今日は早めに寝床をこしらえるとしよう」

「うぇぇ、やっぱり野宿なのよね……」

「ルシアちゃん、諦めよ……」


 木の枝に縄をかけて、そこへ大きな布を吊るせば寝床の出来上がり。

 近くに川でも流れていれば水浴びができるけれど、この辺りにはなさそう。今夜のお風呂もお預けだ。

 そして今日の晩御飯は、周囲で拾い集めた山菜を煮込んだ質素な鍋。昨夜のご馳走が宮廷料理に思えるほどに、落差がひどい。

 うんざりしながら食事を終えたルシアは、黙々と木材を削るリックを不思議に思って尋ねてみた。


「あんた、何やってるのよね?」

「吾輩も、約束したからには使命を果たさねばならぬからな。とりあえず、こんなものであろうか……。今日からこれが、そなたの相棒だ。ほれ!」


 リックが掛け声とともに、削っていた木材をルシアに放り投げた。

 大きな胸を揺らしながら受け止めたルシアは、何だかわからずにそれを眺める。

 それは、手頃な木の枝を削り出しただけの無骨な木剣。けれどもルシアが柄の部分を握りしめてみると、不思議とバランスが良くてシックリきた。


「えーっと、これ、もらってもいいのかつら?」

「無論だ。これより早速、基本である上段よりの垂直の振り下ろしと、斜め下への振り下ろしを教えよう」

「え? え? もう、なのかつら? ゆっくり落ち着いて、明日からでもあたしは別に構わないのよね」

「そなたは少しでも剣技を上達させたいのであろう? ならば、一刻でも早い方が良いに決まっておるではないか」

「うぅぅ、やる、やるのよね! そして一日でも早く、足手まといから抜け出してやるんだわさ」

「うむ、その意気だ。その心意気に免じて、吾輩のことを師匠と呼ばせてやっても構わぬぞ?」

「それだけは、ご遠慮願うかつら」


 向こうで始まった剣術の鍛錬に感化されて、小さなマーニも重い腰を上げた。

 そして手近な岩を標的にして、右手を開いて突き出す。


「フォトン・バレット!」


 マーニの小さな手のひらから打ち出された光弾は、握り拳ほどの大きさ。それは元々のマーニの魔法威力とほとんど変わらない。

 それを眺めていたソフィが、ニッコリ微笑みながらマーニに声をかける。


「マーニ、魔法撃てるようになったんだね」

「うん、ルシアの身体になったらまた撃てるようになったよ。だけど今度は黒魔法だけ……あぁ、攻撃系の魔法ね。白魔法は相変わらず使えないみたいだ」

「だけど、それならこの間みたいな魔物に遭遇しても戦えるわね」

「うん、黒魔法だけでも撃てると、気分的に落ち着くよ。やっぱり日常的に使ってたものが使えないっていうのは、息ができないぐらいに苦しくて辛かったからな」


 マーニは様々な魔法を試して、その威力と力加減を確認する。

 けれど、どうしても発動させられない魔法が一つある。


「――リフレクション!」


 改めて唱えても発動させられなかったマーニは、力なく深いため息をついた。


「はぁ…………ダメか」

「リフレクションて、魔王を倒すための切り札よね?」

「白魔法が使えない今の状況じゃ、リフレクションはやっぱりダメみたいだね。身体が入れ替わる度に試してはいたけど、自分の身体以外じゃ発動しないや」

「そっか……。だけど、リフレクションだけが魔王を倒す唯一の方法……ってわけでもないんじゃない?」

「僕には他の方法は思いつかないよ。ルシアが勇者になった時はすごい魔法威力だったけど、治癒や回復なしじゃきっと身体がもたない。やっぱり僕が自分の身体を取り戻さないと……」

「そうだね。まだまだ魔王城まで先は長いから、マーニが身体を取り戻すチャンスもきっとあるよ」


 ソフィに励まされて、マーニは少し元気を取り戻した。

 気づけば今は、マーニとソフィの二人きり……。

 向こうでは、相変わらずルシアがリックに剣術の指南を受けている。

 マーニは今まで切り出しにくかった質問を、ソフィに投げかけてみた。


「あ、あのさ。ソフィには……彼氏とか、いるの?」

「そんな大事な人がいるなら、一人で王都になんて出てこないわよ。どうして急にそんなこと聞くの?」

「そ、それじゃぁさ、この魔王の討伐が終わったら――」

「あら、あらぁ? まさか、前に嫁として迎えるつもりなんて言ってたけど、あれって本気だったのぉ?」

「実は――」

「だーめ。それ以上は言わせません。その時にも言ったでしょ? わたしは誰とも結婚するつもりはないって。わたしなんかと結婚したって、不幸になるだけよ」

「そんなこと言わずに――」

「あー、あー、あー、聞こえない、聞こえなーい。何にも聞こえませーん」


 回答をもらうどころか告白すらさせてもらえなかったマーニは、ガックリと肩を落としてボソリとつぶやく。


「カティア、元気でやってるかなぁ……」

「うん、元気だといいわね」

「聞こえてるじゃないかよ……」


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エピソード終了時の中の人

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