第34話 魔法使い、転職する。

現在の中の人

勇者:リック 美女:ルシア 大男:マーニ 幼女:ソフィ

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 さて、魔物を倒したことで予想通りに勇者の兜が脱げた。

 となれば、次はいよいよお楽しみの時間の到来。きっとこれを被り直すことで、再び身体の入れ替わりが起こるはず。

 四人それぞれに様々な思いが去来していることだろう。そんな中でも、ルシアの思いは人一倍強かった。


(お願い! お願いだから勇者に、あたしをもう一度、勇者にして欲しいのよね。勇者になって、またあの高火力の魔法を撃てるようにして欲しいんだわさ……)


 今のルシアはソフィの身体。いかにも大人の女っていう魅惑の体形もまんざらじゃないけれど、ルシアの希望は勇者の身体だった。

 もうすぐリックが勇者の兜を被り直す。

 その瞬間を見ていられないルシアは、目を瞑って顔の前で両手を握り合わせた。そしてただひたすらに、勇者の身体になることを神に祈る。


「では被り直すぞ。皆の者、良いな?」


 全員がうなずいたのを確認して、リックが勇者の兜を自分の頭上に掲げた。

 ルシアは目を瞑り、身体に変化が起こるのを待ち続ける。けれどもいつまで経っても何の変化も感じられない。


(早く被るのよね。まったく、いつまで焦らしたら気が済むのかつら……)


 イラついたルシアは、左目だけを微かに開く。

 ルシアの視界はやっぱりなんの変化もない。

 それなのに……他の三人はそれぞれに奇声を上げ始めた。


「うおぉぉおお、吾輩の、吾輩の身体がついに吾輩の元へ!」

「わたしに勇者なんて務まるのかしら……」

「う、うぉ、目線が低い……」


 ルシアが驚いて刮目すると、勇者の頭にはすでに兜が被されていた。

 そしてどうやら身体も入れ替わっていて、今回はソフィが勇者になったらしい。

 リックは自分の身体を取り戻して、マーニはルシアの身体に。けれどもルシアだけは前回と変化なく、ソフィの身体のままだったようだ。


「……はぁ。欲の深さと、手に入る物は反比例するって本当なのよね。いにしえの言葉で言う『物欲センサー』ってやつなのかつら……」





「あたしは大勢の人の役に立てる、立派な大魔法使いになりたいですのね」

「素晴らしい志ね、ルシアさん。じゃぁ、次の人」


 魔法学校入学時の自己紹介で、ルシアはこう語った。

 両親ともに魔法のエリート。入学するなりその噂を聞きつけた生徒たちが、休み時間にルシアを囲む。


「お父さんは軍の魔法部隊の将校なんでしょ? すごいね」

「お母さんも魔法医療の権威なんだってね。私の親なんてただの魔法技官だけど、仲良くしてね」

「え、ええ、こちらこそよろしくお願いするのよね。あたしの魔法なんて大したことないけど、お手柔らかにお願いするんだわさ」

「ふふふっ、またまた謙遜しちゃってー。私もよろしくね」

「ルシアちゃんの言葉遣いかわいいわね。あたしも真似しちゃおっかなー」


 ルシアのことをチヤホヤしていたクラスメイトだったけれど、その態度は最初の魔法実技の授業を終えた途端に一変する。


「……ねぇ、あれ見た? あれじゃ魔法っていうより子供のいたずらだよね……」

「……あんな魔技でよく入学できたな。あぁ、あれか、親のコネってやつか……」

「……『だわさ』なんて、変な言葉遣いよね……」


 あっという間にクラスメイト達からヒエラルキーの最下層に位置付けられたルシアは、その待遇が日に日にひどくなっていく。


「今日の授業で習った魔法の復習したいからさ、的になってくれない?」

「おう、俺も、俺も。やっぱり土人形相手じゃ張り合いがないからな」


 ルシアは改めてチヤホヤされ始めた、ただし魔法の練習相手として。

 反撃されても痛くも痒くもないから敵としては好都合。そして魔法の練習という名目をつければ、多少力加減を誤っても許される。要は、体の良いイジメだった。

 一方的にやられるのがわかっているから、ルシアだって応じるつもりはない。

 休み時間にの度に、逃げ回ったり、身を隠す日々。逃げ足が速くなったことや、回避の敏捷性が上がったのは、その副産物かもしれない。


 それでもルシアは耐えて魔法学校に通っていた。学校で学び続ければ、いつかは強力な魔法が撃てるようになるはずだと信じて。

 でもその期待は、日を追うごとにしぼんでいった。

 何も変わらない。

 考えれば当然の話。エリートと呼ばれる両親に小さい頃から手ほどきを受けてもこの程度なのに、それが今さら開花するはずがない。

 入学の自己紹介で口に出したあの言葉も、ルシアはとっくに忘れかけていた。

 そんなある日、ルシアに転機が訪れた……。


「ルシアちゃん。今度のチーム対抗戦、私のチームに入ってよ」

「え? でも、あたしの魔法力じゃ、きっとみんなの足を引っ張っちゃうのよね」

「そんなことないよ。ルシアちゃんって足が速いし回避も上手いから、チームに入ってくれたら嬉しいんだけどな。ダメかな?」

「あ、あたしで良ければ、ぜひともお願いしたいんだわさ」

「じゃぁ、決まりね! 来週の対抗戦、頑張ろうね!」


 学級委員長から掛けられた、自分を肯定する初めての言葉。

 忘れかけていた自分の願望が呼び起こされる。そしてルシアは学級委員長の役に立とうと、放課後も居残って必死に練習に励んだ。

 魔法威力は上がったような気もするし、全然変化がないようにも思える。それでもルシアは、自分の精一杯を学級委員長に捧げた。

 そして一週間。対抗戦を翌日に控えた学校からの帰り道、自分以外のチームメンバーが雑談している場面に出くわす。

 向こうはまだルシアに気付いていない。ルシアは明日の作戦を相談しようと、みんなに呼びかけた。


「あのあの、明日は――」

「ねぇ、委員長はなんであんな子をチームに入れたのよ。間違いなく明日は足引っ張られるよ?」

「そうよ。あなたがルシアは絶対役に立つって言うから従ってたけどさ。私は断言するわ、ルシアは絶対役になんか立たないって」

「今からでも遅くないよ。ルシアにはチームから外れてもらおうよ」


 語気の粗い自分への非難を耳にして、ルシアは思わず言葉を飲み込んだ。

 そして物陰に隠れる。ルシアを誘った学級委員長の真意を聞くために。


「そんなことないよ。ルシアちゃんはきっと役に立つ。んーん、実はもう既に役に立ってるんだよ」

(学級委員長さん……)


 学級委員長の言葉に、ルシアは胸の奥が熱くなった。

 その温かい言葉に嬉しくなって、ルシアの目には涙が溜まっていく。

 けれどその涙の意味が変わったのは、その直後のことだった。


「私さ、学級委員長じゃない? 先生に頼まれちゃったんだよね、仲間外れのルシアをチームに入れてやってくれってね。その代わり、チームメンバーにはたっぷり加点してあげるからってさ」

「へぇ、そうだったんだ」

「でもさぁ、負けちゃったら、元も子もなくない?」


 それでもまだ仲間たちは不満を口にする。

 けれども学級委員長は、さらに得意気に胸を張って語り始めた。


「逆に考えてみなよ。先生だって手を焼くほどの劣等生を仲間に入れて、それでも好成績を収めたら私たちの評価は爆上げでしょ?」

「確かに。ついでにあいつを最後まで生き残らせてやったら、私ら英雄だわな」

「えー、手堅く勝つためにはあいつを囮にした方がいいって。なんなら後ろからやっちゃう? 私たちで。ハハハハハ」


 ――ルシアはチーム対抗戦の当日、学校に退学届けを提出した……。


「うわぁぁん……。魔法学校を辞めたなんて、パパやママになんて説明したらいいのよねぇぇえ!」


 魔法学校を辞めたルシアは、トイレの個室に籠って泣きじゃくる。

 父親も母親も、ルシアの魔法学校入学にはあまり乗り気じゃなかった。きっとこうなることがわかっていたんだろう。

 それでもルシアは両親のように魔法で人の役に立ちたいと、学校への入学を強くねだった。それなのに自ら辞めてしまうなんて、両親に合わせる顔がない。


 トイレに腰掛けて、ルシアは思い詰める。

 目の前の建付けの悪そうなドアに向かって右手を突き出すと、神経を集中させて黒魔法の呪文を唱えてみる。


「ダークネス・バレット!」


 手のひらから撃ち出された豆粒大の赤黒い光弾は、ドアに当たって軽やかな音を立てた。


 ――コンッ。


「うわぁぁん……。本気で撃ったのに、これじゃただのノックなのよねぇ。出来の悪い娘でごめんなさいなのよねぇ」


 悔しさを込めて、ルシアは再度右手を突き出す。

 さらに、まぶたを固く固く閉じて全神経を集中させる。頭の中がグラグラと揺れ出すほどに。

 そしてルシアは、今度は別な呪文を唱えてみた。


「――ファイア・ボム!」


 次の瞬間、ルシアの手から放たれた火弾は、なぜか玉座を吹き飛ばした……。




「…………ルシア? ルシアなんだよね?」


 呼び掛けられた自分の声に、ルシアはハッと我に返る。

 勇者に入れ替われなかった失望感から、嫌な過去を思い出してしまったらしい。

 ルシアの目の前には、心配そうな表情で見つめる自分の顔。確か中身はマーニになったはず。

 虫の居所が悪いルシアは、マーニに八つ当たりをした。


「なんなのよね。あたしがこの身体じゃ不満なのかつら? あんたの方こそ、あたしの身体にいやらしいことしそうで心配なんだわさ」

「なんだよ、それ。不満なんて言ってないだろ。ただ入れ替わりが、四人以外にも増えてないか確認しただけだよ」

「あたしは入れ替わらずにそのまんまだったのよね。これでいいかつら?」

「わかった、ルシアはそのままだったんだな。じゃぁまずは集落に戻って、魔物退治の成功を報告しようか」


 マーニの号令でみんな帰途に就く。

 先頭を歩くのは、ルシアの身体になって身軽そうなマーニ。その後ろには、勇者になってしまって自信なさげなソフィと、逆に自分の身体を取り戻して自信たっぷりに堂々と歩くリックが続いている。

 前を行く三人をぼんやり眺めるルシアは、重い足取りで最後尾を歩きながら、これまでの旅を振り返ってみた。


 勇者の身体を手に入れたルシアを、リックはそのルシアの身体で打ちのめした。

 最初の魔物はルシアが盛大に魔法で討伐したものの、それは伝説の武具が自分の魔力を高めてくれたおかげだった。

 ソフィの身体になってからは、何一つ役には立てずに右往左往してただけ。今回の魔物退治では、ソフィが自分の身体を使って大活躍したというのに……。


「…………はぁ、だわさ」


 ルシアの身体に入れ替わった人たちも、ちゃんとみんなの役に立っていた。

 あの身体でも出来ることはちゃんとあるのに、ルシアは今回も勇者の身体を手に入れたいと望んでしまった。

 ルシアは自己嫌悪で深いため息をつく。

 そして思わず独り言を漏らした。


「……結局、あたしだけが現実から目を背けてるんだわさ……はぁ」


 するとすぐ前を歩いていたリックが歩みを遅め、ルシアと肩を並べた。実際にリックの肩に並んでいるのは、ルシアの頭だけれど。

 リックはルシアに歩幅を合わせながら、頭をポンポンと軽く叩いて言った。


「どうした、悩みがあるなら吾輩に申してみよ。できることであれば力になるぞ」


 ルシアは歩きながらリックを見上げると、以前言われた言葉を思い出す。


「あんた、あたしに剣術を教えて、立派な勇者にしてみせるって言ったのよね」

「確かに言ったな」

「だからあんたは、あたしに剣術を教える責任があるのよね。魔法が使えなくなったあたしでも、みんなの役に立てるぐらいの剣技を教えて欲しいんだわさ!」


 ルシアは真剣な表情でリックに詰め寄る。足を止めて、その胸倉を掴む勢いで。

 リックはルシアの突然の豹変ぶりに戸惑う。


「い、いかがしたか、急に」

「勇者の身体に入れ替われば、あたしだってみんなの役に立てると思ったのよね。だけど、そんな運任せじゃダメだってわかったんだわさ。だから剣術を教わって、どんな身体でもみんなの役に立てるようになりたいのよね!」


 ルシアの必死な形相は、今までになく真剣そのもの。

 目を潤ませるルシアを眼下に捉えて、リックはその熱意に胸を打たれた。


「よくぞ申した! おぬしの望み通り吾輩が剣術を叩き込んで進ぜよう。だが期間も限られておるゆえ、鍛錬は厳しいものとなるぞ? 弱音を吐かぬと誓えるか?」

「ふ、ふん。あた、当たり前なのよね。その代わり、あたしを立派な剣士に出来なかったら許さないんだわさ」

「おぬし、声が震えておるぞ。だがよかろう、おぬしの努力の分だけ確実に強くしてやろうぞ」


 自称大魔法使いが、剣士見習いに転職した瞬間だった……。


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エピソード終了時の中の人

勇者:ソフィ 美女:ルシア 大男:リック 幼女:マーニ

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