第33話 剣士、再び夢を叶える。

現在の中の人

勇者:リック 美女:ルシア 大男:マーニ 幼女:ソフィ

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 マーニの目の前の魔物の手から、突然炎が消えた。

 どうやらこの魔物には仲間がいて、そいつをリックが倒してくれたらしい。

 属性付与が消えればこっちのもの……と言いたいところだが、そう甘くはない。自己硬化魔法がかかった魔物に、マーニの物理攻撃は封じられたままだ。


「くそぅ、貴様ら……よくも弟のリューンを倒してくれたな。許さん、許さんぞ」

「お前たちだって集落の人たちに危害を加えているだろ? お互い様だよ」


 だけどもう、マーニが魔物の拳を必要以上に恐れる必要はない。

 マーニは両手剣を投げ捨て、殴りかかってきた魔物の右拳を掴んだ。

 魔物は必死に振りほどこうとするものの、リックによって鍛え上げられたその筋力は相当なもの。マーニはその拳を握り潰す勢いで掴んで、それを放さない。


 右手の自由を奪い返そうと、魔物が今度は左拳で殴り掛かる。

 だけどそれも同じこと。待ってましたとばかりに、マーニは魔物の左の拳も見切ってしっかりと捕まえた。

 魔物の両拳を掴んだマーニは、そのままガッチリと組み合う。

 マーニが両手剣を投げ捨てたのは、この力比べの体勢に持ち込んで魔物の素早さを無意味にするためだ。


「力比べではお前に分があるようだが、体力はどうかな? リジェネーション!」


 体力を徐々に回復する魔法を唱えた魔物は、上がっていた息を吹き返していく。

 一方のマーニは力で魔物を押さえ込んでいるせいで、体力を失うばかり。

 そんなマーニを見て、魔物が煽り立てた。


「お前の体力も限界じゃないのか? この手を放すなら、お前たちの命は見逃してやってもいいぞ?」

「この手を放したらお前は逃げるんだろ? 誰が逃がすかよ。この程度の力なら、まだまだ押さえておけるさ」


 マーニは強面の顔で不気味な笑みを作ってみせる。

 もちろんただの強がり。マーニは体力をかなり消耗していて、気を抜けば一瞬で力の均衡なんて脆くも崩れ去りそうだ。


「――むぐぅっ!」


 強がりを吐いたマーニの口に、叩きつけるようにガラス瓶が押し込まれた。

 その瓶をくわえたままマーニが下を向くと、そこには薬品類を入れたショルダーバッグを二つ、左右にたすき掛けにした夜逃げ風の幼女の姿が。

 魔物とマーニのちょうど中間で、ソフィが親指を突き立てていた。

 どうやらソフィは飛び跳ねて、回復薬をマーニの口にねじ込んだらしい。

 両手のふさがっているマーニは、天井を見上げるようにして瓶の中身を口の中に流し込むと、それを一気に飲み込む。

 するとすぐに、腹の底からフツリフツリと力が湧き出してくるのを感じた。


「ありがとう、助かった。これでまだまだこいつを押さえつけておける。きっと、もうすぐ二人も帰ってくるしな」

「うん、もうちょっとだから頑張って!」

「だけどせっかくなら、もう少し優しく飲ませて欲しかったな。口移しとか……」

「冗談を言ってる余裕があるなら大丈夫ね。わたし、二人の様子を見てくる」


 ソフィがマーニに背を向けて駆け出す。

 するとそこにタイミング良く、伝説の武具に身を包んだリックが帰還した。

 リックは戻るなり、威勢よくマーニに声を掛ける。


「待たせたな。ただいま参上つかまつった」


 一歩遅れてルシアも帰還した。

 あちこち擦り切れてボロボロのローブを身にまとったルシアは、色々なものがこぼれだしそうで、魔物と組み合いながらもマーニの目が釘付けになる。


「よくもまぁ、しぶとく生き残ってたのよね。後はもう大丈夫……と言いたいところだけど、この中に裏切り者がいるんだわさ」


 穏やかじゃない『裏切り者』という言葉。そう言い放ったルシアが蔑んだ視線を突き刺しているのは、隣に立つリックだ。


「待て、待て、おぬしが言いたいことはわかっておる。勇者の兜なら今脱ぐゆえ、そう軽蔑するでない」

「まったく……なんだわさ。脱ぐなら脱ぐで、とっととするのよね」


 リックは右手を胸に当てて、気持ちを落ち着けている様子。

 やがて決心したように小さく頷くと、静かな口調でみんなに謝り始めた。


「すまぬ。勇者となった己に未練を感じ、兜を脱ぐ決断が鈍ってしまった。未熟者の吾輩を、どうか許してもらいたい」


 そう言って深々と頭を下げながら、リックは兜に手をかける。

 それを横目で見たマーニは、リックに叱責の言葉を浴びせた。


「脱いでも脱がなくてもどっちでもいいから、早く助太刀してくれよ!!」

「お、そうであった。すまぬ」


 慌ててリックは勇者の兜を脱ぎ、脱ぎ……脱げない。

 いくら力任せに引っ張り上げようとも、左右にねじり上げようとも、相変わらず勇者の兜はリックの頭と一体になったまま、外れる気配はなかった。


「もたもたしてるから、また脱げなくなっちゃったのよね! 身体を入れ替えてあたしが勇者になったら、そんな雑魚ッピーなんて瞬殺してあげてたんだわさ」

「いや、そもそも魔物を倒したとて、脱げていたのかどうかも――」

「とにかく早く助太刀をぉぉ……」


 魔物と組み合うマーニが渾身の声を絞り出すと、やっとリックとルシアも言い争いを中断した。

 そしてルシアは火のついた松明を握りしめて魔物ににじり寄り、リックは転がっていた大きめの岩石を抱え上げて魔物の背後へと詰め寄る。


「とぅあっ!」


 リックが魔物に岩石を投げつけたものの、やはり自己硬化魔法で守られた身体には傷一つつかない。

 それならばと、ルシアが松明を魔物に押し付けて炙り始めた。


「レジストファイア!」

「ぐぬぬ……なのよね。このっ! このっ!」


 ルシアの松明も耐火魔法を唱えられて即無効。悔し紛れに松明で殴りかかる。

 リックも転がっていた両手剣を掴んで、関節を狙って殴りかかる。

 けれど、どちらも自己硬化魔法の前では無力。物理攻撃に対しては鉄壁だ。

 人数は四対一だって言うのに、攻撃する手立てが見つからない。


 逆に魔物の方は不気味なほどに、魔法の詠唱以外は黙ったままだ。

 その姿は、来たるべき反撃のタイミングをうかがうように、力を温存しているように見える。

 そしてその瞬間を迎えたのか、魔物はニヤリと笑いながら口を開いた。


「体力も充分回復したし、そろそろこっちから行かせてもらうぞ」


 リジェネーションの魔法で体力を回復した魔物は、言葉と共に反撃に転じた。

 魔物は組み合っている両腕を頭上に掲げると、マーニとの距離を一気に詰める。

 そしてすぐさま左足を一閃。マーニの膝の辺りに蹴りを食らわせた。

 魔物の硬い足の甲が、マーニの脚の骨をミシッと軋ませる。

 マーニは蹴られた方向へと脚を跳ね避けて力を受け流したけれど、上半身に意識を集中させていたせいか対処が遅れた。


「くそっ、折られたか……」


 右膝から下の力を失ったマーニは、バランスを崩してその場に転がった。

 魔物は隙を逃さずマーニに馬乗りになると、肩辺りを押さえつけながら右の拳を振り上げる。


「その顔、叩き潰してやる!」


 大きく振りかぶった魔物の拳が、マーニに向けて振り下ろされる。

 マーニも覚悟を決めたその瞬間、魔物の動きがピタリと止まった。


「そうはさせないわ!」


 魔物の動きを止めたのは、小さな身体で背後から飛びかかったソフィだった。

 ソフィは薬品の詰まったショルダーバッグの肩紐を魔物の首に巻き付けると、そのまま後ろに向かって全体重をかけて引っ張る。

 そこにリックとルシアも加勢した。


「くそっ、邪魔するな。貴様ら!」


 三人がかりで魔物をマーニから引き剥がしたものの、できるのはそこまで。

 バッグの肩紐を首に巻き付けようが、自己硬化魔法で硬くした魔物の首は全然締まらない。

 そんな三人を振り払おうと、魔物は右に左に身体を捻り始めた。

 魔物の背後にぶら下がる、薬品入りのバッグも左右に振り回される。その重量物はまるで武器のように、リックやルシアの身体を打ち付ける。


「ぐわっ」

「痛ったーい、のよね」


 重いバッグに打ちのめされて、リックとルシアが振り解かれる。

 ただ一人、身軽な体格を生かして、バッグの肩紐で魔物の首を締めあげているソフィだけが居残った。


「しぶとい小娘だ。ならば、クイック! どうだ、最初の威勢はもう終わりか? ほら、とっとと手を離せ。子供と遊んでる時間は俺様にはない」


 加速の魔法を自身にかけた魔物は、その場で高速に回転し始めた。

 父親が娘を振り回して遊んでやってるように見えなくもない。けれどもその回転の勢いは、遠心力でソフィの身体が地面と平行になるほどだ。

 今にも振り飛ばされそうなソフィ。それでもソフィは懸命にしがみついたまま、バッグの肩紐を意地でも放さない。


「マーニのおかげで距離を詰めたこのチャンス、絶対に逃さないんだから!」


 ソフィはバッグの肩紐に腕を絡ませて振り解かれないようにすると、その中の薬品を取り出して、次々と魔物に振りかけ始めた。


「クックック、なんだ? 毒薬か? ならばデトックス!」

「じゃぁ、これよ!」

「今度は麻痺薬か? ならばディスパラだ!」

「もう、次はこれでどう!?」


 弱体効果のある薬品を次々に魔物に振りかけるソフィ。

 けれども魔物は白魔導士、ソフィの振り掛けた薬品の効果を次々と魔法で打ち消していく。


「遅延薬か。クイック! むっ、硬化魔法が切れたらまずい、スチールボディ!」

「まだまだあるんだから!」

「フ、静寂薬か。それはとっくに耐性魔法をかけてあるわ! って、熱つっ」


 魔物に攻撃を仕掛けているのはソフィだけじゃなかった。

 ルシアも火のついた松明を魔物の身体に押し当てて、ソフィを支援する。


「だから、そんなものは効かん。レジストファイア!」

「吾輩も黙っておれぬ。食らえっ」


 リックは回転を続ける魔物の足元を、重量のある両手剣で何度も斬りつける。

 その斬撃が硬化した魔物に通用しないことは百も承知のはず。それでもリックは手を痺れさせながら、跳ね返されても跳ね返されても一心不乱に剣を振るう。

 きっと、何もせずに指を咥えて見ていることができなかったんだろう。


 けれどもその攻撃も無駄ではなかったらしい。

 軸足に衝撃を受け続けた魔物はバランスを崩した。

 動きを止めた魔物に向かって、三人は休まずに攻撃を畳みかける。


「今度は……なんだ、毒か? デトックス! 次は遅延薬だな、クイック! 無駄、無駄、そんなことをしても薬品の無駄だぞ」


 両手剣で殴りつけるリック。

 メラメラと火の揺らめく松明で殴りかかるルシア。

 カバンの中身を空にする勢いで次々と薬品を振り掛けるソフィ。

 けれどもそれら攻撃は、すべて魔物の白魔法によって無効化されてしまう。

 そしてついに、魔物の首に掛けたバッグの弱体薬をすべて使い切ってしまった。


「もう、どうすればいいのよぉ!」


 薬品攻撃をすべて防がれた失意のソフィは、魔物の首にぶら下がったまま泣きべそをかく。そしてヤケクソになると、たすき掛けにしていたもう一つのショルダーバッグを振り回して魔物の頭に叩きつけた。

 バッグに詰め込まれていた薬瓶が粉々に砕ける。と同時に、様々な薬品がまとめて魔物の頭に降りかかった。


「毒薬にはえーっと、デト、デ、トッ、いや、こ、これ、これは……」


 弱体効果を解除しようとする魔物の口が、突然もたつき始める。


「魔物が麻痺ってるんだわさ。ソフィ、今がチャンスなのよね!」

「うん、わかったたたた、わ、わ、わわわわ……」

「あぁ、なんてことかつら。ソフィも麻痺ってるのよね……」


 ルシアは薬品でぐちゃぐちゃになっているカバンを拾い上げると、割れていない弱体薬を取り出しては次々と魔物に振り掛けた。

 魔物は慌てて無効化しようと魔法の詠唱を試みるものの、麻痺のせいでちっとも唱えられない。


「くっ、ディス、ディス、、、あぁ、こ、硬化のほ、方が……。ス、ス、スチー、スチール、ボ、ボ、ボ……ぐえぇっ」


 魔物の硬化魔法が途切れると、一瞬にしてバッグの肩紐が首に食い込む。

 喉を締め上げられた魔物は、目を剥きながら呻き声をあげ始めた。

 硬くなくなった魔物など、もはや敵ではない。


「何という難敵。吾輩の未熟さを痛感させられた好敵手であった。だが、硬化魔法の解けたおぬしは藁人形も同じ。吾輩が一太刀で冥界へ送ってしんぜよう」

「だから、早くとどめ刺してくれよ!」


 リックが勇者の剣を振り上げた……はずが、既に振り下ろされていた。

 魔物は断末魔の悲鳴を上げる暇もなく、黒いモヤを漂わせながら霧散する。

 ドサリと尻もちをつくソフィ。その傍らには漆黒の欠片が転がっていた……。



 苦戦したものの、なんとか魔物の討伐を終えた。

 リックは満足そうな表情を見せると、両手を勇者の兜にあてがう。どうやら兜を脱ぐ決心がついたらしい。

 けれどもそれを、マーニが慌てて制した。


「待て、待て、本当にそれでいいのか? リックは兜を脱ぎたくなかった理由があったんじゃないのか?」


 マーニが呼び掛けてもリックの動きは止まらない。そして躊躇することなく、勇者の兜を頭上に向けて引っ張り上げる。すると、音もなくスルリと兜が脱げた。

 兜を取り去ったリックは、憑き物が落ちたような晴れやかな顔をしている。

 けれどもリックのその表情は、どことなく憂いも含んでいるようにも見えた。


「これで良い。魔法を使えぬ吾輩には、勇者の荷は重すぎた。吾輩は勇者殿のお供をし、魔王討伐の手助けをするとしよう。そう、それが吾輩の夢なのだから……」


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エピソード終了時の中の人

勇者:リック 美女:ルシア 大男:マーニ 幼女:ソフィ

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